表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/57

第三章 実力


 フィアとドット、そしてドットの取り巻きは城の円形闘技場(コロセウム)に向かった。円形闘技場は主に実技訓練や、剣術大会のときに用いる。普段の訓練で使うことは少ないが、こうして決闘をするときなどには使っても良いことになっている。他の部屋より丈夫な造りで、多少強めの魔術を使った程度では壊れない施設だ。こういった決闘には、向いている。尤も、決闘自体、そうそう行われるものではないのだけれど。

 控室でフィアは白い鎧を身につける。そして、実戦用の愛剣を見て、溜息を吐いた。


「これを使うのはまずいな」


 彼はそう呟くと、自身の剣を納め、空間移動の魔術で練習用のフルーレを呼びよせる。自分の手に収まる細身の剣を見て、フィアは青い瞳を細めた。決闘くらいならばこれで充分だろう、というように剣先を弾き、フィアは首から十字架のペンダントをかける。

 そのペンダントはただのペンダントではない。魔力を制限するための装備品である。フィアは他人より強い魔力を持っているため、こういったものをつけずに訓練や決闘をすると、周囲の人間に危害を加えかねないというリスクを負うことになってしまうのだ。幾ら自分に悪質な絡み方をしてきた相手とはいえ、怪我をさせたい訳ではない。あくまでもただの決闘なのだということを忘れてはいけない。

 この世界には、二種類の魔術道具が存在する。形は様々で、ネックレスやブレスレッド、アンクレット、ピアスなどの装身具の形をとっていることが多い。魔力を持つディアロ城騎士団の者たちの多くがそうした魔術道具を身につけている。

 一つは、魔力を増強するための強化系の装備品。ある特定の属性を強化するものもあれば、魔力全体を強化するものもある。主にそれを身につけるのは、魔力の弱い者だ。

 そしてもう一つはフィアが身に着けているような抑制系の装備品。魔力抑制機(リミッター)は、その人物が持っている魔力をある程度押さえつけ、暴走を防ぐためのものであり、これを身に着けるのは、大体が強すぎる魔力を持つ者。傍にいるだけで、周りの人間に影響を及ぼしてしまう者もいるからだ。フィアがまさにこのタイプにあたる。もしフィアがそのまま決闘に挑んだとしたら、手加減を忘れ、ドットを殺してしまうかもしれない。そういう恐れからフィアは自分の力を制限しているのだった。

 騎士同士の決闘は、魔力、剣、体術のどれかを使って、相手の剣を壊す、相手を組み伏せ、首に剣を突き付ける、どちらかがギブアップする……そのどれかで勝敗が決まる。昔は命を懸けて行うものだったらしいが、本当に死んでしまう騎士も多かったため、勢いを殺さず急所を狙うなどの命を狙うような行為が禁止されて、今や一種のスポーツのようになったらしかった。基本的に無暗な決闘は禁じられているのだが、今回の一件に関してはきっと許してもらえるだろう。フィアはそう思いながら、ふっと息を吐き出したのだった。



***



 支度を済ませて、フィアはドットの前に姿を現した。すでに来ていたドットはやや苛立った様子で自分の武器である剣を弄っていた。


「まだ時間前だろうに……」


 やれやれ気の短いことだ、と思いながらフィアは彼の方へ歩み寄り、声をかけた。


「待たせたな」

「おぉ、って、お前、ナメてんのか?!」


 余裕の表情を繕ってフィアの方を見たドットは、彼の手に握られたフルーレを見て、目を吊り上げた。フィアとはノトの時から同じように訓練をしてきた。そのため、フィアが普段使っている武器をドットも知っている。今彼が手にしているのがその魔術剣ではなく、訓練用の剣であることにも、当然気付いた。だからこそ、フィアが本気ではないことを知り、怒っているのである。

 その様子を見てフィアは小さく鼻を鳴らすと、きっぱりと言い切った。


「別に……ナメているつもりはない。ただ、俺が自分の剣を使ってやったら、手加減出来る自信がないのでな」


 そう言って緩く口角を上げるフィア。冷たい視線。鋭い眼光。冷静な声色。そこに宿っているのは、冗談でも虚勢でもなく……本気の色で。

 冷たい声音で平然といってのけたフィアにドットが目を見開く。同時に怒りが湧いたらしく、早くやるぞ! と吠えた。

 二人は闘技場の中央に立つと武器を構えた。カチリ、と一度剣をぶつけてから礼をし、距離を取る。そしてもう一度礼をした。


「どっちから行く」


 ドットが硬い声で、フィアに問う。


「そっちからどうぞ」


 フィアはさらりと言った。相変わらず冷静な表情で。その余裕ぶりに焦ったのか、ドットは闇雲に突っ込んできた。

 大きめの剣が振り下ろされる。風を切る音が重たい。あっさりとそれを躱しながら、フィアは相手の出方を窺った。唇を噛み締めたドットは真剣そのものの表情で、フィアに幾度も斬撃を繰り出す。恐らく当たったら大きなダメージになるのだろうが……当たらないのでは全く意味がない。無駄が多い、モーションが大きすぎる、とフィアは冷静に分析する。大振りは、フィアのような小柄な相手には特に無意味だ、と。

 まるで様子を見るかのように攻撃を躱していたフィアだったが、それにも飽きてきた。無暗に決闘を長引かせるのも悪趣味だし、そろそろ終わりにしよう、そう思ったフィアはあっさりと、ドットの剣先をフルーレで弾いた。力技で押されているとはいえ、弾き方を考えればフィア程度の力でも容易に勢いを相殺出来る。流石に通常のフルーレでは攻撃を受けるだけで曲がってしまうために、魔力で曲がらないように強化はしたが。

 鋭い金属の音。あまりにあっけなく武器を弾かれたことに驚いた顔をするドット。すっとフィアの蒼い瞳が細められる。


「甘いと言っている」


 フルーレで攻撃を防ぐなんて無理だと思って油断したのだろう。フィアは小さく呟いて、ドットの剣の柄に魔力をぶつけた。その刹那、パキパキとドットの剣の柄が凍りつき、その冷たさに驚いたドットの手が緩んだ。その一瞬の隙を突いたフィアはドットの剣を叩き落とした。

 カラン。間抜けな音を立てて、ドットの剣が転がる。闘技場の中はしん、と静まり返った。あまりにあっけない結末に、呆気に取られる観客(ギャラリー)。その静けさの中、フィアは静かに言った。


「……チェックメイトだな」


 次の瞬間にはフィアの剣がドットの首に突き付けられていた。つまり、それはフィアの勝ちを意味するもので。身動きをとることが出来ないまま、ドットは自分に突きつけられた剣と、その剣の持ち主を見つめることしか出来なかった。

 フィアは無言で剣を下した。ドットがその場にぺたりと座り込む。フィアはそんな彼を冷たい目で見下ろして、いった。


「これでもまだ俺が弱いと?」


 凛とした声で問いかけるフィア。がっくりと項垂れたまま、ドットは答えない。その沈黙が全ての答えだった。



***



 フィアが立ち去った後、取り巻き連中がドットを立たせて手加減したのだろう? と訊ねた。ドットは何も言わずに首を振り、まだ凍ったままの剣を拾い上げた。冷気を纏ったままの自分の剣を見て、ドットは呟く。


「全く動けなかった」


 実戦で彼奴が敵なら、俺は死んでいた。そう思いながら、ドットはぐっと唇を噛みしめる。

隙のない動き。体が痺れるほどの冷たい魔力。そして、氷のような、蒼い瞳。動くことを許さないとでもいうような蒼い瞳には美しく、残酷な光が宿っていた。一瞬それに見惚れそうになるほどに。


「強かっただろう?」


 自分の剣を見つめ、フィアのあの瞳を思い出していたドットに声をかけた人物がいた。ドットはそちらを見る。そこに佇んでいたのは、黒髪に赤い瞳の青年。その姿を見て、ドットは目を見開いた。


「ルカ、様」


 フィアの従兄であり、雪狼の統率官である青年、ルカ。彼の名をドットは紡ぐ。

 じっと、ルカの赤い瞳が、ドットを見つめていた。そして、彼はそのまま言った。


「フィアの奴、剣が実戦用じゃなかっただけでなく魔力抑制機も付けてたんだぜ。セラレベル魔力を持つ者が付ける奴だ。それでいてあの魔力だ。……お前はわかっただろう? あの魔力の刺々しさも強さも」


 そんなルカの問いかけに、ドットは静かに頷いた。認めることは悔しかったが、全て事実。先程の決闘で、痛いほどに思い知った。

 彼は強かった。魔術も、剣術も、何もかも。それでも、その実力を驕るような態度は、なかった。あれこそが本当の強さだと、ドットは確かに感じていた。

 落ち込んだ様子のドットを見て、ルカが困ったように笑う。そして、ぽんっと彼の頭に手を置いた。そのまま、彼を慰めるような声色で言う。


「ごめんな。お前を打ちのめそうと思って言ってるわけじゃないんだ。お前自身も解るだろ? 今なら、彼奴……フィアがお前に伝えようとしたこと」


 ルカがそう問いかけるとドットは小さく頷いて、ぼそりと言った。


「……見た目だけで敵を判断することなかれ」

「ご名答」


 それは騎士の鉄則だった。見た目に惑わされ、敵を見くびれば命を落とす。それを言い聞かせるように、ルカはしっかりとした口調で、言った。


「子供の魔獣でも人を殺せるんだ。確かにフィアは俺やお前、他の騎士に比べると体は小さいし、華奢だ。力だって決して強くはない。使ってた武器も一流のものではない。でも、それを補って余りある何かを彼奴は持ってる」


 そこで一度ルカは言葉を切った。それからゆっくりと首を振り、自分の言動を訂正した。


「……嗚呼、違うな、その力も生まれつき持ってた訳じゃない。持とうと努力したんだ。ただがむしゃらにではなく、自分の限界、適性を知った上で、彼奴は確かに、自分を強くしていった」


 そう言いながら、ルカは、自分の従弟を思った。

 今回のこの騒動が何故起きたのかは、ルカも周囲の話を聞いて知っていた。フィアが自分に、統率官である自分を誘惑したのではないかなどという根も葉もない噂。ルカとしては気にかけるまでもない、もはやお笑いにしかならないような戯言だった。フィアは、自分に取り入ったりしない。その必要がないことは、ルカが一番よく理解していたが、例えフィアにその実力がなかったとしても、自分に頼ることだけはしないだろうと、確信していた。フィアが、誰かに頼って力を、権力を得ようとするはずがない。フィアはいつだって……自分の力で強くなってきたことを、ルカは知っていた。

 付け焼刃の強さでは、力では、本当に大切なものを守ることが出来るはずがない。フィアはそれをよく知っているからこそ、本物の強さを身に付けようとしているのだ。剣を握り、振るい、力が無いなりに相手に打ち勝つための手段を考え、実行する。それが出来るようになるまでには、相当な苦労があったはずだ。


「お前にそれが真似できるか?」


 そんなルカの問いかけに、ドットは横に首を振った。やっかみで相手を貶めて嗤うような自分にはそんなことが出来るはずがない、と。さっきの彼のように、ただ冷静に勝つことを考えて戦える騎士になれる自信は全くないと。自分ではフィアに勝つことは出来ないと、認めるように。

 そんな彼の姿を見たルカは静かに頷き、その額を小突いた。そしてにっと笑いながら、言う。


「折角フィアがくれたチャンスだ。ちゃんと生かせよ?」


 ルカはそういって軽く、ウィンクしてみせる。ドットを励まそうとするかのように。


「はい」


 ドットは強く返事をした。凍りついた剣はいつの間にか溶けていた。



***



 ドットとの決闘後……フィアは一人、自室に戻っていた。


「…………」


 無言で剣を置いたフィアは首からさげていた十字架のペンダントを見つめ、愕然とする。十字のペンダントトップについていた魔術石は跡形もなく砕け散り、フレームの形も歪んでいた。


「魔力が……強くなっているのか」


 フィアは、小さく呟いた。

 今まではこのペンダントで抑えられていたのに、それが壊れてしまった。それはつまり、フィアの魔力が強くなったということ。本来なら喜ぶべきことだ。しかし……


「もし、制御装置をつけていなかったら」


 フィアは自分の右手を強く掴んだ。その瞳は怯えているようだった。

 もう既にフィアが持っている魔力は常人のものを超えている。本当なら、十七歳の少女が持つ魔力は抑制機を一つ付けたら消えてしまう程度のものの筈。それなのに……

 と、その時。不意にガチャリ、とドアが開いた。はっとしたフィアが顔を上げる。それと同時に鋭い魔術が放たれていた。


「あ……!」


 まずい、という顔をするフィア。普通の人間なら避けることが出来ない。予想できる惨劇。フィアは思わず、目を閉じていた。

 一秒、二秒、三秒……可笑しい、聞こえるはずの悲鳴が聞こえない。まさか悲鳴を上げるような暇すら与えることなく……?

 そんな、と思いながら薄く目を開けたフィアは驚いたように目を見開いた。


「危ねぇな」


 そう呟く声は、聞きなれた従兄のそれ。

 ドアの前に立っていたのはルカだった。咄嗟に抜いたのであろう剣を構えている彼の足元には……鋭い、氷柱。彼の剣に跳ね返って落ちたようだった。無論、それを放ったのはフィア。無意識に、魔術を使ってしまっていた。危険を感じたわけではない。ただ、驚いただけ。それなのに、人を一人殺しかねないような魔術を、反射的に使ってしまったのである。


「……すまない」


 低い声でフィアはそう詫びる。怪我がなくてよかったと、少し安堵したような顔をする。しかし、すぐにその表情が暗くなった。

 ルカはじっとそんな彼を見つめる。そして、ふっと小さく息を吐き出してから、彼を静かな声で呼び、言った。


「フィア、今の無意識だっただろ?」


 掠れた声で詫びるフィアを見て、珍しくルカが真剣な顔で言う。彼の問いかけにフィアは俯いて頷いた。完全に無意識だった。まずいと思ったときには遅かった。そう、認めるように。

 ルカは溜息をついて、フィアの頭に手を置いた。そのままくしゃり、と彼の亜麻色の髪を撫でながら、優しく、けれど確かに彼を窘めるような口調で、言った。


「お前の魔力は強い。多分、この騎士団の中の誰よりも。フィア、お前怖いんだろ? 自分自身が異常だって思ってる」

「そんなこと……ッ?!」


 そんなことないと言おうとしたフィア。しかし、ルカがそれをさせなかった。

 背に走る強い衝撃。手首に感じる痛み。何が起きたのか、フィアは一瞬理解することが出来ず、ただただ大きく目を見開いた。


「な、に……」


 大きく見開かれたフィアの瞳に映るのは、無表情のルカ。彼を見上げるような形に、なっている。それは……不意にルカがフィアの手首をつかみ、床に押し倒したからで。

 怖い、とそう思った。瞬間放たれる、氷の魔力。パキパキッと鋭い音を立ててルカの手に氷が纏わりついた。普通の人間なら、即凍傷になるところだが、ルカも雪狼の騎士。ただ、手が凍っただけで済んだ。


「フィア」

「あ……」


 静かな声でルカに呼ばれ、我に返ったフィアは怯えた顔をした。唐突にあんな行動に出たルカに対する恐怖のためではなく……自分自身に対する恐怖故に。

 ルカはそんな彼を見て、やっぱりな、という顔をして、言った。


「ほら、反射的に魔力が暴走する。お前でもわかった筈だぞ、俺が本気でお前を襲おうとしないことくらい。ちょっと怖いって、そう思っただけなのに……お前、魔力の制御出来なかったろ?」


 ルカが突然あんな行動をとったのは、ちょっとした挑発だった。自分が抱く不安を押し隠そうとした従弟への挑発。流石に少しやりすぎたか、と思いはしたが……これで、隠すことはできなくなったのだからある意味で良かったのかもしれない。

 彼はやはり魔力を制御できなくなっている。その理由を、ルカは知っていた。

 ルカはフィアの手を離し、自分の手についた氷を払った。フィアを責めるでもなく、慰めるのでもない……あくまで淡々とした表情のままに。そして彼はすっくと立ち上がる。フィアを真っ直ぐに見つめながら、言った。


「大丈夫だ。その暴走の理由も抑え方も、ちゃんと説明する。いつか、必ず話さなきゃいけないと……思ってた」


 静かな声で、ルカは続ける。


「今日の夜、オルフェウスの塔に行け。そこに全てを説明してくれる人がいる」


 だから、大丈夫だ。ルカはフィアにそう告げた。柔らかく、けれど断ることを許さない口調で。


「…………」


 大切な家族を攻撃してしまったこと、自分の魔力を抑えられなかったことがショックで動けないフィアを一撫でして彼は部屋を出ていった。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ