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第二十九章 後悔



「大丈夫です。もう此処は、安全ですから!」

「安心してください。もう、危険はありません、俺たちは、ディアロ城の騎士です!」


 ルカとクオンは目を覚ました女性たちの対応に追われていた。燃える館を見てパニックになる者、泣き出す者。そんな女性たちを慰めつつ、二人は屋敷の方も気にしていた。

 火はまだ燃えている。屋敷を舐めるように広がる火は、既に広がりすぎていて、簡単に消すことは出来そうもない。しかし、恐らく、中にいた人間は大体がロシャの魔術によって外に出されていることだろうと、クオンは言った。ルカよりずっと強い魔力を持つクオンが確認したのだ、間違いないだろう。

 ルカと共に外に追い出された男たちもちらほらと目を覚まし始めている。一体何が起きたのか、というように困惑していることを除けば、大きな怪我をした人間も居ないようで、二人は安堵する。

 しかし、彼らの表情が完全に晴れないのは、無論、まだ外に出てきていない人間の存在を知っているから。まだ、中にいるのは……――

 ルカはふっと息をついてクオンに声をかけた。


「クオン、そっちは大丈夫か?」

「あぁ。俺の方は平気。……あぁそうだ、ルカ、ロックの娘さんは居たか?」


 ふと気付いたようにクオンが問う。ロックの娘……カロン。彼女は恐らく今回の事件のことを知らないだろうが……重要参考人であることに違いはないだろう。

 はっとしたようにルカは辺りを見渡した。金髪の彼女の姿は、見えない。ルカは首を振り、クオンに言った。


「……いない。何処だろう」


 少し、探してくるよ。そう言って、ルカはクオンと別れた。クオンはクオンでまだ状況を掴めていない客への説明や怪我人がいないかなどの確認を行っている。こういった場への潜入任務が多い風隼の騎士らしい素早い対応に感謝しつつ、ルカは姿が見えないカロンを探して、歩き回っていた。



***



 パニック状態だった女性たちも、混乱していた男性たちも漸く落ち着きを取り戻してきた頃。


「ルカ様」


 きょろきょろとカロンの姿を探していたルカを、小さな声が呼んだ。その声に振り向けば、探し人の姿があって。


「カロン様! ご無事でしたか」


 ほっとしたような顔をするルカに微かに微笑むカロン。ルカは表情を引き締め、カロンに事情を説明した。

 彼女の父が最近世間を騒がせていた誘拐の主犯であったこと。女性たちを売った金を使って合成魔獣を作りだしていたこと。それに、人ならざる魔力を持つ者がかかわっていたこと。そして……つい先刻、殺されてしまったことも。

 そんな残酷な現状を説明しながら、ルカは顔を歪めていた。カロンが泣いてしまうだろうと思っていたのだ。実の父親が死んだら、誰だって悲しむ。殊更、女性だ。涙を堪えろというほうが酷である。

どうやって慰めたものか、とルカは悩んでいた。元々他人を慰めるのは、向いていない。他の騎士たちのように気の利いた言葉を思いつかないのだ。

 しかし。


「……やはり、そうでしたか」


 そっと、呟くように彼女は言った。それを聞いて、ルカは大きく目を見開く。


「え?」


 思わず、そう声を漏らす。カロンはまるで、以前から知っていたかのような表情で、眼を伏せる。そして、口元に寂し気な笑みを浮かべながら、彼女はぽつぽつと、語りだした。


「以前から、父の様子が可笑しい事に気づいていたのです。私への優しさは変わっていないのに、その笑顔も何処か怖くて……悪魔にでも取り憑かれているかのような顔をして、嬉々として語るのです。あの合成魔獣とかいう生き物が完成したと。その頃から誘拐事件が起きていたので、まさかとは思っていたのですが……」


 やはり、そうだったのですね。父が、全ての元凶だったのですね。そういって微笑むカロン。彼女の思わぬ強さに、ルカは何度も瞬きを繰り返した。

 父の所業を聞かされても尚、カロンの表情は、変わらない。悲しんではいる様子なのに、真実を知ったことで、何処か吹っ切れたような顔をしているのだ。今まで、このような反応をする女性をみたことがあっただろうか、とルカは思う。


「ルカ様……」


 カロンがそっと、ルカを呼ぶ。そして、そのまま彼女は言葉を続けた。


「私は狡い人間です。ルカ様が私に振り向いてくださらないことも、本当は最初から気づいておりました。勿論、お仕事を一番に考えていることも。それでも、もしかしたら、と期待してこのパーティーにお誘いしたのです。それなのに、アリサ様に嫉妬したりして……本当に、お恥ずかしい」


 本当に、申し訳ございませんでした。申し訳なさそうにそういって、すっと頭を下げるカロン。自分の気持ちを正直に語る彼女を見て、ルカは決まり悪そうに頬を掻いた後、深々と頭を下げた。


「……申し訳ありませんでした。貴女の言う通り、私は騎士としての仕事に強い遣り甲斐を感じております。だから、結婚とか、見合いとかはまだ考えてはおりません。

 実のことを言えば、先程紹介したものも、婚約者などではありません。私の従弟で部下の、名をフィアといいます。嘘を吐いて、申し訳ありませんでした」


 白状したルカを見て、カロンは大きく目を見開いた。


「あ、あの方が、男性……?」


 カロンはそう呟く。そして、ハッとしたように辺りを見渡した。……気付いたのだろう。”彼”がいないことに。


「あの方……アリサ様、否、フィア様、は?」


 震える声。カロンの問いかけにルカは顔を歪め、屋敷の方へ視線を向けた。悔しそうな表情を浮かべたまま、彼は掠れた声で言う。


「おそらく、まだあの中に……」


 ルカの返答にカロンが口元を覆う。火は大分治まってきているが、先刻までは激しく燃えていた。普通の人間なら、到底生きてはいられないだろう。その事態は、この場にいる誰もが推測出来てしまうことだった。


「そんな……」


 掠れた声でカロンが小さく呟く。それ以上に言葉を紡ぐことなくルカも俯いてしまった。この状況では、無事でいろ、と祈るほうが難しい。炎が燃え盛る屋敷に閉じ込められ、ロシャのあの言い草だと、合成魔獣だっていたはず。普段のフィアの服装、武器ならいざ知らず、先刻のフィアは着慣れないドレス姿。この会場に来て早々に転びかけたことだって知っている。挙句、フィアは氷属性魔術の使い手。炎に囲まれての戦いは、何より不得意なはず。そんな状況で、フィアが上手く戦い抜けるとは、到底思えなかった。

 何度も何度も屋敷のほうを見つめていたルカだが、やがてそれさえもやめてしまった。期待したって、戻ってこないのならば。早く、早く、その現実を受け入れなければならないから、と自分自身に予防線を張る。そうでもしなければ、みっともなく泣き出してしまいそうな気がして……――

 静寂が支配する闇夜に、燃えつきかけた炎の爆ぜる音と、女性たちの不安げな声だけが響いていた。



***



 それから、暫くして。


「あら、あれは?」


 呆然と屋敷を見つめていた一人の女性が声を上げた。見ないと決めていたルカも、思わずそちらを向いてしまう。そして、はっとしたように息を呑み、目を見開いた。

 先刻までなかった”それ”は、少しずつ近づいてくる。ちらちらと燃えている炎と、青白い月の光に照らされるシルエット。足に傷を負っているのか、ややぎこちない歩みではあるが、真っ直ぐに歩み寄ってきたその影が不思議そうに訊ねた。


「……どうしたルカ。俺の顔に何かついているか?」


 きょとんとした表情の蒼い瞳の少年。破れたドレスの裾が、ひらひらと風に揺れている。至るところに傷を負い、煤で汚れてはいるが、確かに生きているフィアがルカの前に立つ。そして、フィアは、怪訝そうに、首を傾げて、ルカに問うた。


「おい、一体どうしたんだ。ル……!」


 フィアの言葉は、途中で途切れる。ルカが何も言わずにフィアを強く抱きしめたからだ。突然ルカに抱き寄せられたフィアは大きく目を見開いた。無論、今まで十七年間生きてきて、こんな状況に陥ったことは、ない。

 彼の鼓動が、すぐ近くで聞こえる。随分と、速い。体も微かに震えている。相当心配したのだろう、ということがフィアにもよくわかった。


「ルカ……」


 暫し間を空けてから、フィアが口を開いた。微かに躊躇いを滲ませた、彼にしては珍しい声音で。


「……何だよ」


 ルカが彼を抱きしめている腕に込めた力を強くしながら返事をすると、フィアはふうと一つ息を吐いた。

 そして。


「暑い。暑苦しい。離れろ」


 そう、冷たく言い放った。そして、言うが早いか、フィアは自分に抱きついているルカを引き剥がす。心底暑苦しい、そう言いたげな顔をして。

 そんな彼の行動に、ルカはがくりと脱力する。そして、恨めしげにフィアを見つつ、ぼやくように言った。


「お前、少し空気読めよ」


 此処でその反応はないだろう、とルカが抗議する。普通、此処は感動的なやり取りをする所だろう。抱き締め返すとか、せめて、感謝の言葉を述べるとか。尤も、フィアの性格上、感動の再会に感極まって抱き返す、なんてことが起きないことはルカだって理解していたのだけれど。

 そんなルカの抗議にもフィアは表情を変えず、肩を竦めて言った。


「俺は素直な感想を述べたまでだ。暑苦しい。それに……お前が汚れる」


 そう言いながら、自分の服を引っ張った。ルカはその言葉を聞いて、改めて彼の姿を見る。

 合成魔獣の牙と爪であちこちが破れ、泥やら血やら煤やらで汚れているドレス。確かに、そのまま抱き合っていれば、ルカの服も汚れてしまうだろう。


「酷いな……」


 ルカは汚れたフィアのドレスを見て、顔を顰めた。大体は魔獣の返り血や泥だろうが、汚れの中には幾らかフィアの血も混ざっているだろう。命に関わるような怪我をしていないことには安堵したとはいえ、やはり自分の仲間が傷ついているのを見るのは気持ちが良いものではない。


「大丈夫か?」


 そうルカが問いかければ、フィアはしっかりと頷いて見せる。


「あぁ。傷自体は大したことない。命に関わるようなものでもない。……ただ、衛生的とは言えないから、早く洗うなり消毒するなりはしたいところだな」


 そういって、フィアは溜息を吐き出す。傷は多少痛みがあるものの、酷いものは負っていない。しかし、泥や埃、煤に塗れていては、衛生的ではない。傷が悪化する可能性も考えれば、このままにするのは得策とは言えないだろう。そんなフィアの言葉にルカも小さく頷いた。


「さっさと着替えた方が良さそうだな。……肌、見えてるし」


 そう言いながら、彼はフィアのドレスを指さした。彼が指摘した通り、フィアのドレスにはあちこちに牙や爪による裂け目が出来ている。その隙間から色の白い肌が覗いていて……


「あぁ。大きく裂かれなくてホッとしている」


 フィアは溜息を吐いた。胸元が裂かれて、女であることが露見した場合相当不味いことになっていた。今この場にはクオンもいるのだから。それがなくても、”女性”として、肌を晒し続けるというのは問題があるだろう。現に、男性たちの視線がちらちらとフィアの方に注がれている。

 と、不意に布が肩からかけられた。それは、今までルカが着ていたであろう、ジャケット。ルカらしくない気障な行動に、フィアは驚いた顔をしてルカを見た。彼自身もらしくない、と思っているのだろう。決まり悪そうに顔を背け、ポツリ、と言った。


「……着てろ。寒いだろ」


 何処か言い訳のように彼は言う。フィアは暫し驚いたように目を丸くしていたが、ふっと笑った。そして、少し揶揄うような声音で言う。


「……相手がお前じゃなかったら、ときめいていたかもしれないな」


 そういって、彼はルカの上着をそっと撫でる。ルカは唇を尖らせて、言った。


「なんだそりゃ。俺だと駄目なのかよ」

「駄目だな。シストあたりなら分からないけど」


 ふふんと笑って見せるフィアの額を小突いて、ルカも笑う。


「そんなこというなら、貸してやらないぞ」


 返すか? と片眉を吊り上げて訊ねるルカに、フィアは笑みを向けて、言った。


「まぁ、一応これで肌は見えなくなるし……ありがとう」


 フィアはそう言うと、ルカの上着に腕を通した。……のだが。


「……ぶっ」


 自分の上着を着た彼の姿を見て、ルカは思わず吹きだす。


「笑うな、馬鹿」


 顔を赤くして、フィアはルカの肩をばしりと音がするほど強く叩いた。そんなフィアを見て、ルカはけらけらと笑いながら言う。


「いやいや、だって、お前、本当に成長してないなあ。俺の服、ぶかぶかじゃねえかよ」

「ルカの上着が大きいだけだ。俺は悪くないっ!」


 拗ねた声でそう言うと、フィアはプイッとそっぽを向いてしまった。

 ルカが笑っているのは、自分の上着を羽織ったフィアが、あまりに小さく見えたからだ。普段大人ぶっている分忘れがちなのだが、フィアはまだ十七の少女。十九の男であるルカ……殊に、ルカは騎士団の中でも背が高く、体格も良い方のルカの上着を羽織っているフィアは、袖から手が出せていないのだ。それが、何とも可愛らしい。男女の体格の差はどうしようもないのだからこうなるのも当然の結果なのだが、小さいと笑われたのでは、フィアのプライドが許さないらしく、フィアは暫く、拗ねた顔をしていた。


「フィア様!」


 不意に名前を呼ばれてフィアは驚き、振り向いた。そこに立っていたのはカロンだった。フィア、と自分の本名を呼ばれたことに気付いて、ふっと微笑む。

 フィア、と呼んだということは……ルカに聞いたのか。そう思いながらフィアはスッと騎士の礼をして、跪きながらカロンの手を取る。ぼろぼろの白いドレスの上に男物の上着を羽織った状態で、貴族の女性の前に跪くフィアは、傍から見ればさぞかし滑稽だっただろう。しかし、その優美な動きからは、フィアが持っている気品を感じられた。


「騙すようなことをして、申し訳ありませんでした。私は、ディアロ城城勤騎士、フィア・オーフェスと申します。……ルカに聞いたのですね。私の本当の名を」


 そう問いながら蒼い瞳でカロンを見つめれば、カロンは小さく頷いて、笑った。


「えぇ。驚いたわ。男性だったなんて……こんなに綺麗な男性がいるなんて、思っていなかった」


 すっかり騙されてしまったわ。そう言いながら、クスクスとカロンが笑う。その瞳が一瞬、泣きそうに潤んだ。しかし、その涙さえも押し殺し、カロンは頭を下げた。突然の表情の変化に、少なからずフィアも驚く。


「カロン様?」


 一体どうしたのかとフィアが小さく首を傾げれば、カロンは頭を下げたまま、言葉を紡いだ。


「ごめんなさい。私の父の所為でフィア様が怪我を……本当に、申し訳ありませんでした」


 なんと詫びたら良いのかわからない。そう言って彼女は肩を震わせる。そんなカロンの言葉を聞いて、フィアはふっと微笑んだ。そして、ゆっくりと首を振り、カロンの肩に手を置く。


「……いえ。私の方こそ、ロック様の事をお守りすることができず……申し訳ございませんでした」


 そういってから、フィアは俯いた。脳裏にロシャの残忍な笑みがちらつく。人を殺すことに何の罪悪感も抱いていない、そんな表情だった。まるで壊れた玩具でも見るように、冷たくロックの死体を見つめていた、黒い瞳。それを思い出して、フィアは固く拳を握る。

 ロックは確かに悪人だっただろう。多くの女性を攫い、自分の研究のために売った悪人だ。誘拐や人身売買は、無論重罪。法律で裁かれたとすれば、軽い罰ではすまなかっただろう。

 しかし、それでも殺されて当然、という人間など居ない。カロンにとっては、どんな悪人でも……かけがえのない父親だったのだ。家族を失うこと。大切な家族を、失うこと。それが何を意味するか、フィアは知っている。

 自らの親が死んだ時、どれだけ苦しい思いをした? どれだけ泣いた? どれだけ、悲しかった? 

それは、言葉に表すことができるような、生易しいものではなかった。親の後を追って死んでしまいたいとさえ思ったこともある。それほどまでに、家族という存在は大きいものなのだ。

 自分の力不足の所為で、カロンにも同じ想いをさせてしまうことになった。そう思いながら、フィアは浅く、息を吐き、頭を下げる。


―― 守りたいと思って、騎士になったのに。


 嗚呼、俺はまだ、弱い……そう思いながら握りしめた拳が、小さく震える。フィアはロックを守りぬけなかったことを悔いながら、カロンに向かって、頭を下げたのだった。




 

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