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第二十六章 合成魔獣





 その後、フィア、ルカ、カロンの三人は仲良く話すようになった。刺々しい空気は抜け、仲の良い友達同士のような関係になっている。暫し様子を窺うように目を光らせていたフィアだが、どれだけ探っても、カロンはフィアがルカの婚約者であることを純粋に祝福している様子だった。皮肉を言ったり、フィアに何かをしようとしたりという素振りは一切見えない。もしかしたら、最初から、ルカにその気が無いことはわかっていたのかもしれないな、と思いながら。


『ルカ、なかなかいい子のようだぞ。交際してみたらどうだ』


 揶揄い混じりにフィアは通信で言う。カロンが意外と良い子であったことに、安堵しているようだった。フィアは元々、他人を疑ったり欺いたりするのが好きなタイプではない。

ルカは苦笑気味にフィアに返事をする。


『だから、俺は此奴が嫌だとかじゃなくて、恋愛ってもんに興味がないだけだ。仕事に集中したい』


 フィアとルカが通信でそんな会話をしていると、ボーイが歩いてきて飲み物を勧めた。銀色の長髪を後ろで一つに束ねている。小奇麗な顔立ちのボーイに笑みを向けて、カロンはジュースを受け取った。

一見すれば、ごく普通のボーイ。しかし、フィアとルカはその人物を見て驚いていた。それは、彼が“見慣れた人物”だったからで。

 “ボーイ”の方も二人に気付いたらしく、にっと笑って、一つウインクをする。


「お飲物をどうぞ」

「あぁ、ありがとう」

「ありがとうございます」


 微笑んでグラスを受け取るフィアとルカ。そんな二人に笑いかけ、すれ違い際にボーイは二人だけに聞こえるように、囁いた。


「飲まずに上手く捨てろ。睡眠薬が入っている」


 彼はそうとだけ告げると、他の客にグラスを渡すために離れていった。その背を見送った後、フィアは受け取ったグラスを軽く揺らしてみる。何のことはない、見た目はごく普通のジュースだ。


『驚いたな。まさかクオン本人が来てるなんて』


 ルカが魔術でフィアに言う。フィアも頷いた。

そう、さっきの銀髪のボーイこそ風隼のセラ、クオンだったのである。


―― クオン・ロゼル。


 複合型魔術の使いの家に生まれた青年で、今は密偵部隊風隼を束ねるセラだ。潜入捜査を得意とする風隼を統率する彼は、変装、潜入が他者の比ではないほどに上手い。足も速く、身軽なため、戦闘も得意だ。今回は客としてではなく、持て成す側の人間として潜入し、二人に忠告しに来たようである。


『何かが起きようとしているようだな。睡眠薬とは……』


 厄介なことをしてくれる、というようにルカは呟く。フィアも同感らしく、こくりと頷いた。


『まぁ、様子を探ってみよう』


 周りの人間は相変わらずに談笑をしながら飲み物を飲んでいる。ルカたちはクオンに言われた通り、上手く飲み物を捨て、周囲の様子を窺っていた。

 クオンの言った通り、睡眠薬が入っていたらしく、暫くすると一人、また一人と眠りに落ちていく。此処で起きていては怪しまれるから、とフィアとルカも眠ったふりをした。

 会場に居た人間全てが眠りにつき、静かになったパーティ会場。そこに、カツカツと足音が聞こえ始めたのは、皆が眠りについたすぐ後だった。


「……漸く眠ったか」


 少しして、足音が止まったと思うと、すぐ近くで声が聞こえた。フィアはその声の主がカロンの父であることを理解した。


―― 何故?


 疑問だった。何故、このようなことを?

 ばれないように様子を窺えば、カロンもフィア達の隣で眠っている。自らの娘を巻き込んでまで、この男は何がしたいというのか。


「おい、早く連れて行け。男は適当に詰め込んでおけ。女は丁寧に運べよ。大事な売り物だからな」


 人間とは思えないほどの冷たい声で男は命じた。先程までの人の良さそうな笑顔からは想像もつかない。売り物。その言葉に、フィアはぐっとこぶしを握った。


―― こちらが本性か。やはり、人身売買のようだな……


 彼こそが、ルカが言っていた”誘拐事件”の犯人なのだろう。フィアは眠ったふりを続けながらこれからどうするべきか考え始めた、その時。不意に、ひょいと誰かに……否、何かに、体を持ち上げられた。


「――……っ!」


 フィアは思わず悲鳴をあげかけた。ちょっとやそっとのことでは驚かないフィアですら、驚くのは無理もない。フィアを抱き上げた手は、明らかに人の物ではなかったのだ。爬虫類のような鱗に覆われた、ごつごつした手。耳元で聞こえる、低い唸り声。不気味さと恐怖で体が震えそうになるのを必死に堪え、フィアは思考を巡らせる。


―― 人間じゃない?! そんな馬鹿な。魔獣が人間と契約したというのか?!


 フィアは薄く眼を開け、周囲を見渡す。何十という奇妙な生き物が、男を、女を、運んでいく。人間に近い形をしつつも、完全な人間ではない、かといって純粋な獣でもない、合成魔獣(キメラ)。動物と人間を掛け合わせたかのようなその生き物に、フィアは顔を顰める。

 合成魔獣たちはロックが指定した通り、女は丁寧に、男は乱暴に運んでいる。男性も女性も目をさます様子はない。どれだけ強力な薬を盛られたのか、とフィアは眉を寄せる。あまりに強力な薬だと、目が覚めてからの後遺症が心配になる。

 これで目を覚まさないとは……だいぶ強力な睡眠薬だったようだな、とフィアは心の中でそう呟く。尤も、眠っていたほうがましだったかもしれないと思いもしたけれど。何せ、気持ちが悪い。中途半端に人の形をした合成魔獣に抱えられているのかと思うと、今すぐにでも逃げだしたかった。恐らく、隙をつけば逃げようと思えば逃げることはできるのだろうが……まさかそういうわけにもいかない。これも仕事の一つだと、フィアは必死に耐えた。


『元はルカの婚約者役をするだけだったのに……それなりの礼はしてもらうぞ、ルカ』

『あーはいはい。わかってるっての』


 魔術通信で、文句を言うフィア。それを聞いて、苦笑気味にルカが答える。

 とはいえ、ルカにとってもこれは予想外の事態(アクシデント)なのだろう。通信機越しの声は、少し上ずっているように聞こえた。フィアは暫し考え込んでから、ルカに言う。


『とりあえず、様子を見ながら現場を押さえよう。この合成魔獣もとらえなくてはならないだろう?』

『そうだな。この事件、妙だ。こんな風に、人と魔獣が協力するなんて、可笑しい』


 ルカにしては珍しい真剣な声が返って来た。普段は少々抜けているルカも、一応は騎士団のリーダーの一人。幼いころから騎士を務めてきたのだ。仕事となれば気を引き締めるし、誰かを救いたいという気持ちは周囲と同様に強い。フィアの両親が亡くなってからは、尚更。

 フィアはそんな従兄の様子を感じ取りつつ、頷いた。と、同時。フィアを抱えている合成魔獣が一瞬、動きを止めた。辺りの様子を窺っている様を確認し、フィアはルカに伝える。


『……ルカ、一回通信を切るぞ。俺を抱えている魔獣が魔力の流れに気付きかけている』


 フィアの言葉を最後にルカとの通信を切る。合成魔獣は頭が良い。魔力の流れや、微かな声にも敏感に反応する。気づかれると厄介だ。今現在、何故人間と魔獣が協力しているのかという理由もわからない中、自分やルカが意識を保っていることに気付かれたら、何をされるかわからない。

 気味の悪い合成魔獣に運ばれながら、フィアは冷静に思考した。


―― ルカの言っていた通り、妙だな。


 人間と魔獣が協力する。それは起きにくいことなのである。騎士として、何度も魔獣と戦ったことがあるのだから、フィアもルカもそれをよく知っている。だからこそ、この事件を慎重に調べなければ、と思ったのだ。

 言うまでもなく、魔獣というのは常に残酷だ。力を持たない者はすぐに鎮圧されるため、そうは思われていないが、魔獣はほぼ全て、人間を妬み、憎んでいる。力の弱い魔獣は襲ってきたところで返り討ちに遭うことがわかっているためか、威嚇するにとどまるが、牙や爪、つまり、武器になり得るものを得ている力の強い魔獣は、出会いがしらに人間を襲うこともある。尤も、被害に遭うのはフィアやルカたちのような騎士ではなく、魔獣と戦う術を持たない、非力な一般人なのだが。

 何はともあれ、魔獣が人に好意を持つ、ましてや忠誠を誓い指示に従うということは皆無だ。人間に契約を持ちかけて騙し、殺すことはあっても、こんな風に協力することなど起こり得ないはず。それなのに、今は……――

 こういった特殊な事件だったから、クオンが来ていたのか、と納得した。ルカを含め、セラの騎士は通常任務にはあまり参加しない。セラの主な仕事は本部で指示を出し、ヴァーチェやアークの騎士を配置することだ。セラが動くのは余程危険な仕事か、こういった特殊な事件の時と決まっている。“普通の”誘拐事件程度なら、セラが関わってくることは、あまりない。しかし、”本来人間と馴れ合うはずのない魔獣と人間とが協力しての”誘拐事件となれば、話は変わってくる。


―― クオン様もクオン様なりに調べているだろうが……俺も俺なりに探ってみるか。


 そう考えているうちに床に下ろされた。フィアも女性として扱われているためだろう、そっと下ろされる。フィアはもう一度薄く目を開けて、その魔獣を見た。

 ぎょろりとした黄色い目。尖った鼻先、テラテラと光る、鱗。人と鰐の中間のような生物だ。こんなのに触れられていたかと思うと、ぞっとする……そう思いながら、合成魔獣の行方を見送った。

 どうやらフィアが最後の一人だったらしく、合成魔獣が立ち去り、ドアを閉めた。そして、戻ってこない。静かになったのを確認してからフィアはそっと体を起こし、あたりを見渡した。周りでは、パーティーに来ていた女性たちが眠っている。深く眠り込んでいる様子で、フィアが動きだしても、誰一人目を覚まさない。今のところは怪我をさせられたものは居ないようで、とりあえずは安堵する。


「全く……罪のない人々をこんなにも巻き込んで……」


 フィアは冷たい声で、そう呟いた。無防備に眠るその表情を見て、事件の犯人を憎んだ。ドレスの中に忍ばせた短剣をぎゅっと握りしめる。冷たい金属の感触が、フィアの思考を明瞭にする。


―― 俺がこの人たちを守る。


 この場にいる、唯一の”男”として。今この場で戦うことができるのは自分だけ。自分が戦わなければ、この場にいる女性たちを待っているのは、凄惨な未来だ。奴隷或いは”玩具”として売り飛ばされた女性がどのような生涯を送ることになるかは、フィアも知っている。比較的平和なイリュジアでも、そういった事件が一切ないわけではない。


「絶対に、守り抜いてみせる」


 そう、強い意思を込めて、呟く。騎士として、この場を何とかしなくてはならないと、強く強く思って……



***



 少し気持ちを落ち着かせた後、フィアは自分が閉じ込められている部屋を観察した。狭い部屋だ。どうやらパーティーをしていた部屋の近くらしく、まだ合成魔獣が動き回っているのが魔力の動きでわかる。男はまだ外に運び出せていないのだろう。とりあえず探ってはみたが、ドアは一箇所にしかない。そこ以外に、外に出る方法はないようだ。壁は硬く、フィアの魔術をもってしても相手にばれないように破壊することは不可能。そもそも、出口を作ったところで、此処にいる女性全員を一度に運びだすことなど、できそうにない。正直、八方塞だ。どうしたものか、とフィアは部屋の中を歩き回っていた。

 と、その時。


「おやおや。お早いお目覚めですね……」


 粘着質な声が聞こえるのと同時に、ドアが開いた。かつ、かつ、とゆっくりと部屋の中に踏み込んでくる足音。突然差し込んできた光に目を射られて、フィアは目を細める。

 声をかけてきた人物は、カロンの父、ロック。光に目が慣れてくると、彼が冷たく嗤っているのが見えた。フィアは不快そうにすっと目を細める。


「流石は騎士様の婚約者。只者ではなかったようですね」


 そんな揶揄いめいた言葉にも、フィアは沈黙したままだ。恐れ慄いているという風ではない。無反応なフィアに驚いたのか、おや、という顔をして、ロックは言葉を続けた。


「聞いていたのでしょう? 貴女方はこれから売られるのですよ。血統書つきの犬のようにね」


 そういって、男は嗤う。人を、人の命を、人生を、何とも思っていないような、残酷な男の笑みに、フィアはぐっと唇を噛んだ。


「黙れ!」


 ロックの物言いに耐えられなくなったようで、フィアは短剣を取りだした。それを見て、ロックが冷笑する。


「女性がそんな危ないモノを振りまわしてはいけませんよ」


 女性。たかが一人の女性が、自分のような”男”に勝てるはずがない。そういっているかのようだった。その証拠に、ロックの顔には余裕の笑みが張り付いている。その言葉を聞いて、フィアはふっと表情を緩めた。


「女性? 婚約者? 残念だったな……俺はディアロ城の城勤騎士、フィア・オ―フェスだ!」


 静かに、且つ強い口調で言い放つのと同時に、フィアは短剣を片手にロックに飛びかかった。勿論、殺すつもりはない。殺す前に聞きださなくてはならないことが沢山あるのだから。

 突然飛び掛ってきたフィアに、ロックは驚いたようだった。否、そもそもフィアが騎士である……男だという事実に、驚いているのかもしれないが。

 しかし、すぐに男は冷静に戻った。鋭い声で、周囲に居た魔獣に指示を飛ばす。


「そいつを捕えろ! 他の他の女は外に運び出せ! 全て運び終えたらこの建物に火をつけろ!」


 そう、ロックは立て続けに命令する。彼の命令に忠実に動く合成魔獣。役割を分け、フィアを攻撃する者、女性を外に運ぶ者、ロックを守る者……


―― 此奴ら、何故こんなに忠実に動く?


 応戦しながら、フィアは心の中で毒づいた。幾ら合成魔獣の頭が良いといっても、限度がある。人語を理解できる者は少なく、理解できても簡単な単語のみのはず。こんなに複雑な動きを理解する合成魔獣が居るだろうか。仮にいたとしても、人間と協力し、人身売買をすることに何か利点があるのだろうか? 疑問はいくつでも出てくるのに、答えは一つも見つからない。


―― 考えるのはやめよう。今は合成魔獣(こいつら)を倒すのが先だ。


 血で滑る短剣を持ち直し、フィアは戦う。自分を捕らえようとする魔獣に切りつけ、魔力を飛ばす。地道に運び出されていく女性たちに攻撃が当たらないように注意しながら。

 周りの様子を探ろうと意識を集中させれば、あることに気がついた。会場の外に止まる、大型の馬車。恐らくそれで此処にいる女性たちを運ぶつもりなのだと悟ったフィアは”あること”を実行した。




 

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