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第二十三章 特殊任務?



 炎豹との任務から数週間が経った。何事もなく、平穏な日常が繰り返されている。

 フィアたちを襲ったモノについてはルカや風隼(ウィンディ・ファルコン)統率官、クオンが中心となって調べているらしいが、情報はなかなか集まらないようだった。元々悪魔の魔力を有するモノは決して多くなく資料が少ない挙句、敵は随分と素早いため、捕らえることも難しいのだから、致し方ないだろう。

 フィアに何か仕掛けてくるわけでもなく、フィアの仲間が襲われることもない。故に、様子を見ることにしている、との報告を受けていた。それくらいでちょうど良いだろう、とフィア自身も思っている。大騒ぎするほどのことをされた訳でもなく、友人に危害を加えられる訳でもない。それならば下手に刺激するよりは、と思うのだった。

 何より、今のような平和な日々が心地よい。アルやシストやアネット、ルカと共に何気ない日々を過ごし、任務をこなす日々。そうした穏やかな日々が好きなのだと、フィアは考えていたのだった。



***



 そんな穏やかな日々が続いたある日のこと。


「うわぁぁぁッ!」


 静かな午後のひととき。普段平穏な騎士の棟におよそ似つかわしくない悲鳴が響き渡った。


「な、何事だ?」


 それを耳にした騎士たちは驚き、なんだなんだと廊下に飛び出した。そして、目を丸くすることとなる。

 勿論、悲鳴本体に対する驚きもある。しかしそれ以上の驚きは、その悲鳴を上げている人物が人物だったから、である。悲鳴をあげて逃げ惑っているのは、亜麻色の髪を風に靡かせ、蒼い瞳に恐怖の色を宿して叫ぶ、少年。雪狼随一の美少年であると城の中でも有名な騎士だったからで。


「やめろッ! 寄るな触るな近づくなッ!」


 普段クールな美少年、フィアが大声をあげて走り回っているのだ。それを目にした他の騎士たちが驚かないはずがない。挙句、それを追いかけている人物も驚きといえば驚き。


「待てって言ってんだろ、逃げんな、フィア!」


 そう声を上げ、フィアを追いかけているのは他でもない、フィアの従兄であり、上官である青年……ルカである。


「待てと言われて待つ馬鹿はいないっ!」


 フィアはルカの声に振り向き、叫びながら足を速める。ルカはそれを追って、スピードを上げた。

 二人は先刻からこの調子で、騎士たちが暮らしている騎士の棟の中を走り回っているのである。フィアもルカも足が速い。何だ、と顔を出すと同時に彼らは走り抜けていく。当然訓練という風ではないし、何故彼らがこうも走り回っているのかは周囲の人間にはわからない。全速力での鬼ごっこを繰り広げる二人に、状況がつかめず、騎士たちは首を傾げるばかり。

 走り抜けるフィアにどうしたのかと聞いても、フィアの今説明できない! という返事が返ってくるばかり。逆にルカに訊ねても、見ればわかるだろう! とのこと。そんなことを言われた所で追いかけていることしかわからない、と騎士たちは肩を竦めることしか出来ない訳で。まぁ見ている分には面白いから、と放置されて三十分。フィアとルカの謎の追いかけっこは続いた。

 と、その時。前方から歩いてきたのはフィアのパートナー、シストだった。彼はばたばたと走ってくる二人に目を丸くしたが、その正体を理解すると、小さく首を傾げた。


「あれ、フィアとルカ? 何やって……」


 今まで任務で外に出ていたシストはこの騒ぎを知らなかったらしく、きょとんとしている。フィアは彼の姿を認めると、ばっと駆け寄って……


「シスト!」


 そのまま、シストの後ろに回り込んだ。子供がするようにシストを楯にしている状況だ。彼の後ろに隠れたままに、自分を追ってきている人間を睨みつける。

 シストはシストで困惑した表情で、自分の後ろに隠れている相棒を見た。


「うわ?! な、なんだよフィア、お前らしくないな」

「らしくなくていいから。頼む。彼奴をどうにかしてくれ」


 流石に三十分走り続ければ息も上がる。フィアはぜぇぜぇと荒い呼吸のまま、自分を追ってきた人物を指差しながらシストに言った。その様子を見て、追いかけて来たルカは表情を引き攣らせる。


「上官を指差すとはいい度胸だなぁフィア?」


 そんなルカの発言を聞き、フィアはシストの背から顔を出して、叫ぶ。


「五月蠅い、黙れ! 貴様のことを上官だと思ったことはない!」

「あぁ?! おいシスト、そいつを寄越せ」


 上官命令だ、とらしくもないことを言いだすルカ。フィアはフィアでシストから引きはがされまいと張り付いて離れない。この状況において、一番哀れなのはシストである。さっぱり訳がわからないままに、ルカとフィアの騒ぎに巻き込まれているのだから。


「お、おい、フィア、離れてくれ! ってか、ルカも落ち着け! 一体何があったんだ?! 状況を説明してくれ!」


 彼は暫し状況が読めず目を白黒させていたが、やがてそう声をあげた。それを聞いて、騒ぎを傍観していた周囲も頷く。何がどうしてこうなっているのか、気になっているのだった。


「どうしたもこうしたもない、フィアが逃げなきゃ良いだけの話だったのに」

「逃げるに決まっている馬鹿者!」


 またぎゃあぎゃあと騒ぎ出す二人。あぁわかったから、と苦笑まじりにシストは二人を諌める。


「わかった、二人の言い分はちゃんと聞くから、とりあえず何でこうなったかだけ説明してくれないか?」


 それがわからないことには俺たちも反応の返しようがない、とシストは冷静に言う。それを聞いて、確かにそうか、と頷いたルカは、こんな追いかけっこを始めることになった経緯を話し始めた。



***



―― 遡る事三十分程前。


 フィアとルカは二人で図書館の掃除をしていた。城の管理や清掃も、騎士たちの仕事の一つ。元はルカが任された仕事だったのだが、シストもアルも個別任務でいなくて時間を持て余していたフィアにルカが手伝わせていたのだった。


「なぁフィア」


 不意にルカがフィアに声をかけた。迷惑そうにルカを見て、本の埃を払いながらフィアは首を傾げた。


「何だ、口より手を動かせ。日が暮れる」


 フィアはそう言いながら、図書館の中をぐるりと見渡した。王国の中心であるこの城の図書館の蔵書数は相当のもの。手早く片付けなければ到底今日中には終わらない。呑気に喋っている時間はないぞ、とフィアは言った。しかしそんなフィアの言葉を綺麗に無視し、ルカは言葉を続けた。


「お前、そろそろ休みもらってさ、村に帰りたいとか思わないか?」


 唐突なルカの言葉にフィアが少し手を止めた。一体何を言いだすかと思えば。そう思いながら、フィアは口を開いた。


「まぁ、そうだな。両親の墓参りにも行きたいし」


 最近行けていないしな、と小さく呟くフィア。最近、村に帰れていない。ヴァーチェに上がって必然仕事も増えたし、城からそれなりに離れている故郷にはそんなに頻繁には帰れない。久し振りに帰りたいという気持ちはある。フィアがそういうのを聞いて、ルカは表情を明るくした。


「だろ? だからさ、一緒に帰ろうぜ?」


 名案だろ、とルカは言って、笑った。いつもより幾分明るいその声音にフィアは嫌な予感がして眉を寄せた。一緒に、という言葉に引っかかりを感じ、指摘した。


「おい、一緒に帰る必要はないだろう?」

「お前にはなくても俺にはあるんだよ」


 そう言って肩を竦めたルカが胸元から何かを取り出した。それをそのままフィアの方へ差し出す。それを受け取ってみれば、どうやら手紙のようで……フィアはその送り主を見た。


「何だ。伯父上からじゃないか」


 手紙の送り主はルカの両親。つまり、フィアの伯父と伯母に当たる人物からだった。その手紙に何か問題が? とフィアは首を傾げた。別に、身内からの手紙なんて珍しくもない。一応部隊長という身分であるルカを心配して手紙を寄越すことは特段可笑しなことでもないだろう、とフィアは言った。しかし、どうやら何か問題があるらしく、ルカはうんざりしたように答えた。


「見合い話だってさ。俺、結婚とか全然考えてないし、うちの両親も俺の好きにしろっていうんだけど、何故か向こうが乗り気でなぁ……あんまり無碍に断って角が立つのも面倒だろ?」

「……なんか、前にこんな任務を受けたことがあったな」


 フィアが思い出していたのはレナの一件だ。乗り気でない婚礼を断るため、フィアが婚約者のフリをした。……それを思い出し、フィアにも話の展開が読めてきた。まさか、と思いつつ、フィアは従兄の方へ視線を向けた。


「まさか、俺に……」


 冗談だよな、とフィアは言うが、ルカはにかっと笑って頷いてみせた。どうやら、嫌な予感は大当たりである。


「流石我が従妹。察しがいいな。というわけで……」

「断るっ!」


 それを聞くや否や、フィアは立ちあがった。冗談じゃない、と目で訴えたのはいうまでもない。あの時はあくまでも、男としてレナの婚約者を務めた。しかし、ルカが相手となれば……そうはいかない。絶対に嫌だ、と訴えるフィアを他所に、ルカはにぃっと笑った。


「もう親父たちには連絡しちまったんだよ。近いうちにフィアを連れて帰るって。喜んでたぜ?」


 その言葉にフィアは青褪めた。


「おい、嘘だろう?」


 昔からルカの両親は実の息子以上にフィアの事を溺愛していたのだ。フィアだって、その人たちをがっかりさせたくはない。しかし、かといって騎士として、男として働いている自分の姿を村の人間に晒す気は毛頭なく、村に戻るとしても一人で極秘に、とフィアは思っていたのだ。自分一人で帰れば騒ぎにはならないはずだし、と。

 それにも関わらず、この従兄は男として働いているフィアに女として、婚約者のフリをしろといっている。自分の両親……フィアにとっての伯父伯母が楽しみにしているという事実をちらつかせてまで。


「な? というわけで、おとなしく……」

「冗談じゃないといっているだろう! この姿で働いている俺に、”女装”しろといっているのか?!」


 そんなフィアの叫びに、ルカはあっさりと頷いて見せた。それもたまには良いだろう? などといって。そんな彼の反応に暫しフィアは固まっていた。その硬直が解けたフィアが次に取った行動……それが、逃げることだったのである。



***



 その経緯を(無論フィアの性別は伏せて)話したルカは相変わらずシストの後ろに隠れたままのフィアの襟首を掴んだ。フィアは目を見開き、じたばたと暴れる。しかし、ルカとフィアで力比べをすれば、差は歴然。フィアが勝てるはずがない。


「離せ! 触るな変態ッ! シストも、見てないで何とかしてくれ!」


 ルカに向かってあらゆる罵詈雑言を吐き散らしながら、フィアは自らのパートナーに助けを求めた。彼ならば助けてくれると、そう思って。

 そんな風に助けを求められたシストはというと……にやりと笑って、あっさりとフィアをルカに引き渡した。思わぬ裏切りに、フィアは目を見開く。


「な……ッ?!」

「悪いなフィア。俺も上官殿には逆らえない」


 くつくつと喉の奥で笑いながら、シストは言う。大袈裟に肩を竦め、すまなそうなフリをしている相棒の悪戯な子供のような瞳を見て、フィアは呆れたような失望したような顔をした。


「嘘をつくな、お前、単に面白がっているだけだろう?!」


 シストが普段ルカを上官として敬っている姿など見たことがない。どう考えて面白がっているだけだと思う。裏切り者! とフィアが叫ぶ。

 そんな大騒ぎも何のその。気は済んだか、と笑いながら、ルカはひょいとフィアを担ぎあげた。往生際の悪いフィアは未だにじたばたと暴れている。


「やめろ、離せ、離せ馬鹿!!」

「離すわけないだろ、馬鹿。漸く捕まえた訳だし、パートナーから許可も出たし、な?」


 ルカは勝ち誇ったように笑った。軽いフィアを持ち上げることなど、ルカにとっては造作ない。涼しい顔をしてフィアが疲れておとなしくなるのを待っている様子だ。


「……この、薄情者」


 やがて暴れるのにも疲れたのか、或いは諦めたのか……フィアは動きを止めた。ルカの肩の上からフィアが恨めしげにシストを睨む。シストはフィアを宥めるようにいった。


「だって、いつもクールなお前が必死になって逃げてるの、見てて面白かったしさぁ。ルカの婚約者ってことは、女装するんだろ? お前、似合いそうだしちょっと見てみたいなぁと思って」


 なぁ、お前らもだろ? とシストは周りの騎士たちに同意を求める。無論頷く仲間たち。結局、好奇心には敵わない。娯楽の少ない城の中でなら、尚のことである。そんな様を恨みがまし気な目で見て、フィアは声をあげる。


「俺の味方はいないのか……」


 絶望だ、というようにフィアが溜息を吐く。ルカは笑いながら、諦めるんだな、といった。


「さて。さっさと皆さんのリクエストに応えようぜ。ほら、一回試しにドレス着てみろ。当日に入らないなんてことにならないようにな」


 何事も練習は肝心だろ、などといいながら、ルカは上機嫌にフィアを担いだまま自分の部屋に向かって歩きだす。フィアはもう好きにすれば良いと諦めきった表情で担ぎ上げられていた。

部屋に向かう途中で仕事を終えて帰ってきたアルとすれ違った。


「え?」


 すれ違った瞬間、当然アルは目を丸くした。驚きと困惑の入り混じったような声で、ルカに担がれているフィアを見る。


「え? フィア、どうしたの?」


 驚くのも当然である。いくら従兄とはいえ、自分の親友が担ぎあげられていたら驚くだろう。怪我をしているという風ではないし、そんな深刻そうな表情でもない。それを見れば、逆に困惑するに決まっている。フィアはといえば、既に抵抗する気力すら残っていないらしく、力なくアルを見ただけだったけれど。


「お、アル!」


 良いことを思いついた、というような顔をするルカ。アルはきょとんとして首を傾げる。


「え、え? 一体どうしたんですか?」

「いや、ちょっと此奴を俺の婚約者に仕立て上げようかと」


 笑いながらそう言うルカ。アルはその言葉にぽかんとする。彼は一体、何を言っているのか。理解出来ないままぱちぱちと大きな黄色の瞳を瞬かせているアル。


「え?」

「アル、お前、手伝え。お前の方が器用そうだし、化粧とかしてやってよ。俺がやるより綺麗にできるだろ?」


 そう言いながら、ルカはアルの手を掴む。


「え、えぇ?!」


 アルは目を見開いた。何が起きているのか、わからない。


「よし、決定!」


 言うが早いかルカはアルの手を掴んだまま歩き出した。それに半ば引きずられるように歩きながら、アルは悲鳴じみた声をあげる。


「ちょ、え?! ル、ルカ様!?」


 一体何なんですか?! と状況説明を求めるが、ルカはそんなのお構いなし。上機嫌に鼻歌まで歌いながら歩いていく始末だ。

 なんですかこれえ、と叫ぶアルを見て、これでは協力を求めているというよりは誘拐だ、いっそのこととっ捕まってしまえ、などと思いながら、フィアはその肩に担ぎ上げられていたのだった。



***



―― それから数分後。


「よし、できたぜ」


 完璧だな、といいながら、ルカは一足先に部屋に戻ってきた。後ろからちょこちょことアルも入ってくる。ちらちらと後ろを振り向いているところをみると、その後ろにフィアがいるらしい。


「お、来た来た!」


 元より女性的だ、女顔だといわれているフィアが女装させられるなど、格好のネタだ。クールなフィアを揶揄うことが出来る珍しい機会だから、と待ち構えていた騎士たちはフィアの姿を見て言葉を失った。


「……なんだ。笑いたければ笑え」


 もう良い加減に諦めたらしく、フィアは冷静に戻っていた。じとりとした視線を仲間たちに向け、笑うならいっそ笑ってくれ、と呟く。そんな彼の言葉に、仲間たちは互いに互いの目を見合わせて溜息を吐いた。


「いや、笑えないっていうか……」


 なぁ、とシストが目配せをすれば、うんうんと頷く仲間たち。そんな彼らの反応を見て、フィアも流石に少し、ショックを受けたような顔をする。


「悪かったな。酷い出来で。女顔だと言われていても、こういう服は俺には似合わない。……笑うこともできないほどに酷い出来か?」


 ほんの少し眉を下げつつそう問いかけるフィアは気づいていない。似合っていないどころか、似合い過ぎていて仲間たちが自分に見惚れていることに。

 元よりフィアは女性なのだから当然といえば当然なのだが、そのことを知らない仲間たちからすれば、こんなにも女性物の服が似合う男はそういないだろう、と感じる。柔らかな存在の白のロングドレスは膨張色だといわれているのにフィアは太って見えるどころか一層その華奢さが引き立っているし、シルクの白い手袋を身につけて立つ姿は十分に良家のお嬢様だ。拗ねてツンとした態度もまた、その雰囲気によく似合っているし、アルの手によって施されたらしい薄い化粧が上品さを一層際立たせていた。

 黙り込んでいる仲間たちを見てフィアが本格的に落ち込む前に、とシストが軽く咳払いをした。そして小さく呻きつつ、彼に言う。


「あー……フィア、お前本当に男か?」


 半ば信じられないんだが、とシストは言う。訝し気な顔をしている彼を一瞥した後、フィアはついと目を逸らし、肩を竦めた。


「……男で悪かったな」


 まさか、女だと馬鹿正直に答えるわけにもいかない。フィアはそう答えるしかなかったわけで。


「ルカ、俺はもう着替える。こんな恰好、当日だけで充分だ」


 じろじろと見られることに耐えられなくなった様子で、フィアは言う。


「そんな調子でよくおとなしく出てきたな」


 シストは笑いながらそう言う。フィアはやや恨みがまし気な目で、親友の方を見た。彼……アルは何処か嬉しそうに、にこにこと笑っている。それを見て、フィアはそっと、息を吐き出した。

 シストの言う通り、本当はこんな姿を仲間に晒すつもりはなかった。適当に着替えて、ルカに見せて満足させたら着替えてしまおうと思っていたのだ。そんなフィアが大人しくこの恰好で人前に出ていったのはアルの御蔭というか、所為というか……である。

 着替えたフィアを見てキラキラと目を輝かせたアルの、すごく綺麗だから他の皆にも見せてあげたいなぁ、という、無邪気な言葉と純粋な目の輝きにフィアは勝てなかったのである。時に、天然の無邪気さは残酷だ。


―― やばいな。こんなことでフィアが女だってばれたらどうしよう。


 言いだした張本人、ルカはそんな心配をしていたが、フィアにそんな思いは伝わるはずもなく。


「ルカもういいだろう、着替えてくるっ!こんな屈辱、もうごめんだからな!」


 この借りは高くつくからな、などと捨て台詞を吐いて、彼は脱兎のごとくその場を去ったのだった。



***



「勿体ない気がするなぁ。フィア、十分可愛いから男の子として生きていくより、女の子として生きていく方が良かっただろうに。あんな風に女装だなんだ、っていわれるの、逆に辛くならない?」


 部屋に戻り、アルはフィアの化粧を落としてやりながらそう呟く。ルカ以外で唯一フィアの本当の性別を知っている彼からすると、今回の一件には肝を冷やしたがそれと同時、フィアが珍しく女性らしい服を着ることが出来るという意味で、良い機会ではないかと考えもしたのだ。こうしてドレスを着せ、化粧をさせてみれば、幼い頃に容貌だけで天使の子といわれていたのも納得の仕上がりで。下手な上流階級の女性より綺麗な分、勿体ないと思ってしまう。アルがそう言うのを聞いて、フィアは緩く首を振った。


「良いんだ。俺が決めた道だから、後悔はないよ」


 真っ直ぐな目をしてフィアは答える。事実、後悔はしていない。確かに、女性としての生き方に憧れていた時もあったが、今は自分が選んだこの道を歩いていることに誇りを持てている。仲間たちに揶揄われるのは少々厄介ではあるが、別にそれを本気で咎めるつもりはない。そもそも今回の一件の発端は身内(ルカ)である。女装だと揶揄われようがなんだろうが、もう良いにすることにした。ルカには今度高い菓子でも奢らせよう、嗚呼絶対にそうしてやる、と冗談のように言うフィアを見て、アルは頷いた。


「そっか。僕、フィアのそういう真っ直ぐなところ、好きだなぁ」


 アルはにこにこと笑いながらそう言った。彼の好意の表し方は素直で、好感が持てる。少し、くすぐったくもあるけれど。そんなことを考えながらフィアは軽く苦笑いする。それから、そっと息を吐き出して、口を開いた。


「でも、こんな恰好するのはこれっきりにしてほしいな。性に合わない」


 白いドレスの裾を摘まみあげながらそういうフィアを見て、アルは首を傾げた。


「そうかなぁ、フィアそう言う女の子の恰好も似合うと思うんだけど」


 真面目な顔でそう言われ、フィアは複雑そうな顔をする。揶揄われれば言い返せもするが、こんな風に真面目に言われてしまっては、何とも反応しがたい。いずれにせよ、こんな仕事を押しつけた落とし前をつけさせよう。そう思いながら、フィアはふっと息を吐き出したのだった。


 

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