第二十一章 任務開始
フィアはアリサ達と別れ、キャンプに戻った。出発した時よりも穏やかな気分で。
テントに入ると、剣を抱いたまま微睡んでいるアネットと毛布の中で眠っているアルの姿。無防備な寝顔に、思わず表情が緩む。
「今は、此奴らが俺の家族みたいなものだな」
フィアはそう呟きながらくすりと笑って、アネットに毛布をかけた。比較的体が丈夫な者が多い炎豹の所属とはいえ、野営で毛布もなしに眠れば風邪を引いてしまうだろう、と思って。
と、その気配に気が付いたのか、アネットが目を開ける。職種柄、周囲の気配には敏い者が多い。起きてしまうのも当然といえば、そうかもしれない。申し訳なく思ってフィアは謝った。
「すまない。起こしたか?」
そんなフィアの言葉にアネットは眠そうに目を擦りつつ、首を振った。
「いや、少しうとうとしてただけだから大丈夫。おっと、そうだ。アルと、約束してたんだ。おーいアル。起きろよ。お前の姫君が帰って来たぜ?」
アネットが揶揄い口調でアルを呼ぶ。フィアは顔を顰め、そんなアネットの頭を小突いた。
「誰が姫だ。誰が?」
「ん? 王子の方が良かったか?」
そっちの方が似合うかなぁ、などと悪びれもせずいうアネットに、フィアは軽く氷の魔力をぶつける。
「そんなに涼しくなりたいか」
「うげ。魔術は反則だ」
本気ではないとはいえ強い冷気を放つフィアにアネットは苦笑しつつ、肩を竦める。
「ん、ぅ」
微かに声を漏らして、アルが目を覚ました。ゆるゆると視線を揺るがせた後、もそもそと寝袋から這いだした。そして、アネットの横に座っていたフィアの背にぺとり、と抱きつく。不意な重みにフィアは驚いて肩越しに彼の方を見た。
「あ、アル?」
どうした、と問いかけるフィアを見て、へにゃりと笑ったアルは言う。
「お帰り、フィア」
「ただいま。寝呆けているのか? アル」
「んん……」
はっきりと答えはしないが、やはり寝呆けているらしい、と思いながらフィアは笑った。ぽんぽんと頭を撫でてやれば、猫のように喉を鳴らす。
アルはフィアに抱きついたままポケットに手を入れて、何かを取り出した。
「ん、これ……」
あげる、といって微笑むアル。フィアは幾度か青の目を瞬かせるとそれを受け取って、まじまじと見つめた。
「ブレスレット……魔力抑制機か?」
フィアの問いかけにアルはこくり、と頷く。半分寝ぼけ、ぽやんとしたままの瞳を細めて、言った。
「うん。前に、作ったの……この前渡せなかったから、今渡す。つけてね?」
差し出されたそれは、綺麗なブレスレット。魔力の抑制を目的とするものだが、アルがフィアのために作った唯一無二の品物だ。フィアの瞳の色によく似た石が、きらりと微かに光を反射する。
「ありがとう。綺麗だな」
フィアはアルの頭を撫でると、そのブレスレッドを右手に付けた。色白な手首できらりと光る細身な抑制機。不思議と、気持ちが安らいだ気がした。その様子を見たアルは嬉しそうに表情を綻ばせる。
「これで、ずっと一緒に居られるね。僕、いつもは、フィアの任務にはついていけないから……代わりに、おまじないかけておいたんだぁ」
眠そうな声でぽつぽつというアルの言葉に、フィアは首を傾げる。おまじない? と繰り返す彼に頷いて見せ、アルは言った。
「フィアが、怪我をしませんように、って。僕が、フィアを守るよ……」
アルはへにゃり、としまりなく笑うと、フィアに抱きついたまま眠ってしまった。自分にくっついたまますぅすぅ、と穏やかな寝息を立て始める親友の頭を、フィアはそっと撫でてから、抱きあげた。
「まったく、そんなに眠いのなら、朝になってから渡せばよかったのに」
アルを寝袋の中に寝かせ直しながら、フィアはそう言った。アネットはその様子を見ながら笑顔を浮かべ、言う。
「どうしても今日渡したかったんだってさ。本当に愛されてんのな」
恐らく、明日本格的に任務に赴く前に渡しておきたかったのだろう。かけがえのない、親友のために。そうアネットが言うのを聞いて、フィアは目を細めながら、頷いた。
「ノト時代からの友人だからな。俺は元々友人が多い方ではなかったし、アルの性格上少々危なっかしい所があって、何かと心配でな。いつも傍に居たから、俺に懐いてくれたみたいだ。俺自身もアルに支えられている」
すやすやと眠る親友の頭を、そっと撫でる。いつでも優しく、穏やかな親友。自分のために、とブレスレットを作ってくれた。自分が、無事に任務を終えることが出来るようにと、祈りを込めて。自分の秘密を知ってもなお、傍に居ると微笑んでくれた彼は、フィアにとっては特別な存在だ。そんなことを考えながらアルの頭を撫でているフィアを見て、アネットはふっと笑った。
「やっぱりお前は姫というより王子か」
うん、やっぱりそっちの方が似合うな、と笑うアネット。フィアは呆れたような顔をして、アネットを睨む。
「……本当に冷凍にしてやろうか」
姫だの騎士だの王子だのと揶揄われるのは、気恥ずかしい。そう思いながら彼を睨みつけるフィア。
「それは勘弁」
アネットはお道化たようにそういって、肩を竦める。フィアもやれやれ、と溜息を一つ。そして二人は笑いあった。
***
晴れ渡った青空を、小鳥たちが囀りながら飛んでいく。今日行われる大きな任務の存在など、全く知らずに、いつも通りの朝が訪れていた。
先刻、任務を計画通りに実行せよという通達が届いた。それぞれの担当の領域で、竜の討伐が行われる。群れが村に向かうことがないように、一度に全てを討伐する計画だ。くれぐれも怪我をしないように、というアレクからの伝言を受け取っていた。
フィアは普段身に付けることも少ない鎧を、アルはいつも通りの白衣を身につける。フィアの手首にはアルが渡したブレスレットが光っていた。
「フィア、アル、火傷には気をつけろよ。相手は炎だ。特に氷属性のフィアには少し不利かもしれない」
アネットは表情を引き締め、そう言った。彼自身は部隊の特色上、鎧も身に付けず、盾も持ってはいない。それでも怯えた様子や不安げな様子は一切ない。昨夜の気の抜けた表情は何処へやら、騎士らしい顔をしている。赤い瞳には使命感の光が燃えていた。
アネットの言葉に、フィアは力強く頷いた。
「問題ない。お前こそ、気をつけろよ、アネット」
「わかってる。アル、お前も無理はすんなよ。防御は、殆どお前一人に任せることになる」
白衣姿の仲間を見て、アネットが言えば、アルもこくこくと何度も頷いた。強い意思を灯した瞳で真っ直ぐにアネットを見つめ返し、少し緊張した声音で言った。
「はい。アネットさんもフィアも、気をつけて。僕も精一杯やります」
それぞれに、背負う役割は違う。しかし、皆胸に抱く想いは同じだ。この国の平和を守りたい。平穏を守りたい。その想いで、この任務に赴いたのだから。
***
アネット、フィア、アルの三人が任せられたのは東エリアの竜の討伐。このエリア内の竜を討伐し、守りの魔術をかけることが最終目的だ。その目的をこなすため、三人はある作戦を立てていた。考えたのはフィアだ。
「まず、俺がエリア一体に障壁を張る」
竜がエリア外……村に逃げるのを防ぐために、とフィアは言う。手負いの魔獣ほど危険なものはない。それが村に行くのを防ぎたいのだ。ただし、この作戦にはデメリットが一つある。
「俺が張るのは竜が破れない程の障壁だ。解除できるのは俺だけ……危なくなっても竜から逃げることはできない。気をつけろよ」
そう、強力な障壁を張ることは、竜と同じ部屋に閉じ込められるのと同じ。万が一危なくなっても、遠くに逃げるということが出来ないのだ。かなり危険な賭けである。
「問題ねぇよ。二人が怪我をする前に、俺が全部叩き斬ってやる」
にやりと笑うアネットを見て、頼もしいなぁとアルは笑った。フィアもその言葉に頷き、言葉を続ける。
「障壁を張り終えたら、アル、お前が竜呼びの角笛を吹いてくれ。竜を一気に誘き寄せる」
「え?! 危なくない?」
フィアに、アルは眉を下げる。しかしフィアは大丈夫だ、と微笑んで見せ、言う。
「アルの角笛は完璧だからな。エリア内全ての竜が集まってくるだろう。そうすれば何頭倒せば良いのかが一度でわかる。気づかないうちに後ろから襲われるという危険もなくなるだろう?」
フィアの言葉にアネットとアルはなるほど、と頷いた。彼の言う通り、思わぬ所から現れた竜に攻撃されることは十二分に考えられる。それを防ぐために先に全てを誘き寄せるというのは、得策だった。
「そっか、わかったよ!」
少し緊張したようにアルは頷く。フィアはそんな彼に微笑んで見せてから、言った。
「後は簡単だ。アルの角笛で誘き寄せた全ての竜を俺とアネットで倒す」
竜が全て揃えば、後は簡単な話。揃った竜を全て倒すだけだ。数が多ければ危険だが、事前報告を聞く限り、一つのエリアに大量の竜が集まっているという情報はない。この作戦に無理はないはずだ。万が一のことがあったとすれば、フィアが障壁を解き、増援を呼べば良い。
「何か問題があるか?」
そんなフィアの問いかけに、アルは緩く首を振る。アネットはすっと立ち上がり、剣を抜いた。
「いつでもいいぜ。始めよう」
「……せっかちな奴だな」
フィアは呆れたように笑いつつ、ふう、と一つ息を吐く。遠くで微かに、竜の咆哮が聞こえた。他のエリアも、戦闘を開始しているらしい。
「よし、始めよう」
そう呟いたフィアは足元に簡単な魔法陣を描く。普段あまり使わない魔術の挙句、なかなかに大規模なものだ。流石に詠唱一つでどうにかなるものではない。
周囲を、冷たい魔力が満たしていく。まるで湖に氷が張る様子を早回しにしているかのように、周囲をフィアの魔力で作り上げられた障壁が覆っていく。その様子を見て、アネットは感心した声をあげた。
障壁が綺麗に張られたことを確認して、フィアは一つ、息を吐く。そして緊張している様子のアルに視線を向け、言った。
「よし、頼むぞ、アル」
アルは彼の言葉に小さく頷いた。そして取り出した角笛に口を当てる。そして、魔力を込めながら、息を吹き込んだ。
彼が吹く角笛は、竜を誘うもの。しかし、人間の角笛であることを見破られれば竜は寄ってこない。その点、アルは角笛の演奏が上手いと聞いていた。力任せに吹きかねないアネットには向かないし、フィアは障壁の維持に魔力を回す以上、囮役となる角笛を扱うのは得策とは言えない。故に、アルが角笛を演奏していたのだった。
どれくらい、そうした時間が続いた頃か。
「さ、お出ましだぜ」
アネットは、にやりと口角を上げて、呟く。彼が視線を向ける方へ、フィアも視線を向ける。角笛の音におびき寄せられた竜が続々と集まってきた。三人は視線を交わし合い、頷く。さぁ、戦闘開始だ。そう思いながら、フィアは自身の剣を抜いた。
素早く、視線を巡らせる。集まってきた竜は全てで七頭。サイズはまちまちだが、巨大なものは居ない。様子を見るように三人の前で唸っていた。いきなり飛び掛ってくるような真似はしない。フィアたちもまた、様子を窺いながら、動きもせず竜の様子を見つめていた。
フィアたちが動かないために、痺れを切らしたのだろう。不意に一頭が甲高く鳴き、アネットに飛びかかってきた。鋭い爪が、ぎらりと日光を反射して光る。
「アネットさん!」
すかさずアルが防御魔術をかけようと構える。フィアはともかく、アネットは防御術が一切使えない。彼が傷を負うより早く、防護しなければ。その想いで。
しかし、それより速く、アネットが動いた。
「遅ぇんだよ」
小さく呟くのと同時に、彼は飛びかかってきた竜の攻撃を躱し、剣を突き出した。その剣は狙いを過たず、竜の胸を貫いた。ぶしゅりと噴き出したその血が、アネットの頬に、真っ白い制服に散る。アネットは頬についた血を手の甲で拭い、ニヒルな笑みを浮かべ、言う。
「良く吠える奴ほど弱いんだよ。……来いよ。全部纏めて相手してやる」
低く唸るようにそういって、彼は剣を軽く振った。白銀の剣が、煌めく。
味方であるフィアとアルが息を呑むほどにアネットの表情は美しく、勇ましい。鋭い光を湛えた赤の瞳。豹のように身を躱し、的確な突きを繰り出す。容赦ない連続攻撃で飛びかかってくる竜をもう一頭屠った。
しかし、竜も馬鹿ではない。一頭では到底敵わないと理解したのだろう。そのリーダー格の一頭の咆哮で、集団でアネットに襲いかかる。
鼓膜を振るわせる竜の咆哮。それに怯む騎士も少なくはない。しかし、今此処に立っている三人は、一切怯まない。隣に立つ仲間たちがいる。守らなければならない、守りたいものがある。それが、彼らの力となっていた。
一頭の竜が、後ろからアネットに飛びかかる。正面に居る竜への対処で手一杯のアネットは無防備に見えた。
「僕らもいること、忘れてませんか!」
アルはそう叫び、魔力を集中させる。刹那、花びらの障壁がアネットと竜の前に出来上がった。花といっても甘く見てはいけない。刃物のように鋭く、危険な花びらだ。花に切られ、竜が怯み、身を翻す。
ほうっと息を吐いたアネットはアルに向かってウインクをした。
「やるな、アル!」
「僕だってヴァーチェの騎士ですからね!」
アルが誇らしげに笑う。アネットもそんな彼に笑顔を返し、剣を構え直した。そして、ちらりとフィアを見る。フィアは何をするでもなく、アネットやアルが戦っている様子を眺めていた。悠々としたその様子を見て、アネットは溜息を吐き出す。
「……フィア、いつまでそこで見物してるつもりだ?」
俺たちばっかり頑張ってるんだけど、と苦笑するアネット。それを聞いたフィアはフッと笑って、答えた。
「いや、お前たちだけで行けるかと思ってな」
冗談めいた声音でそう言う彼を見て、アネットは眉を寄せる。そして、溜息混じりに言った。
「馬鹿言うな。サボってるってアレク様に言いつけるぞ」
「それは困るな、弱いと思われるのは心外だ」
フィアはふっと笑って剣を抜き、アネットの横に立った。アルが張った花の障壁が消えるのと同時、怒り狂った竜が彼らを殺そうと飛びかかってくる。すさまじい咆哮が、空気を震わせた。それに動じた様子もなく、アネットはフィアをちらりと見る。そして、揶揄うように言った。
「お前、背ぇ低いな」
「……お前を先に仕留めてやることにしようか、アネット」
冷たい瞳で睨まれて、アネットは肩を竦める。
「冗談だっての」
そんな軽口を叩きあいながら、二人は余裕の笑みを浮かべて竜を迎え撃った。
怒り狂った竜は炎を吐きながら、襲いかかってくる。アルがその攻撃を障壁で防ぎ、散った炎を裂くように突っ込んだアネットが剣で竜たちの喉を抉った。フィアもその後を追うように竜に飛びつき、剣を振るう。あの日の記憶ごと斬り捨てるかのように。仲間と一緒なら大丈夫、そう思いながら。
竜の咆哮は未だに恐ろしい。炎も恐ろしい。あの日の記憶が脳内をちらついては一瞬、足が竦みそうになる。逃げ出したい気持ちにさえなった。しかし、共に戦うアネットの、アルの、声や気配がその背を押した。
―― 大丈夫、もう自分はあの日の、何もできなかった自分ではない。
フィアはそう思いながら、強く握った剣を振るい続けていたのだった。
***
間もなく勝負はついた。竜の気配は消え、彼らが倒した竜の骸が、地面に転がるばかりになる。フィアは全ての竜が息絶えたことを確認して障壁を解いた。
「よし、終わりだな」
「うえ。べたべたする。気持ち悪い」
戦闘中はあれほど勇ましく凛々しかったアネットも、いつものような何処か呑気そうな雰囲気に戻っている。顔を顰め、竜の血が飛び散った剣を拭いながら、彼は溜息を吐き出した。竜と戦っている間は全く気にならなかったが、真っ白だった制服は血と泥で汚れている。それは流石に、心地よいものではないようだった。
しかしそれはフィアも同じである。アネットほどではないが、彼もまた幾らか竜の血を浴びていた。白い制服についた血は目立つし、臭いも良いものではない。
「大丈夫?」
アルは彼らの様子を見て、心配そうな顔をしている。全てが返り血で怪我は一切していないのだが、それがわからないほどに彼らの服は汚れているのである。フィアは怪我をしていないかと問いかけるアルに頷いて見せた。
「あぁ、大丈夫だ。だが……剣をこのまま納めるのは少し、嫌だな」
ふぅ、と溜息を吐くと、フィアは自分の魔術で剣についた血を洗い流す。氷属性の魔術を最も得意とするフィアにとって、この程度のことは造作もない。それを見て、アネットは恨めしそうに呟いた。
「あ、ずるい」
「やってやろうか?」
フィアはそう言いながら目を細める。そして、次の瞬間、ばしゃり、と音がした。何が起きたか、と言えば……フィアはアネットに水を浴びせたのだ。アネットが返事するよりも先に。……アネットの剣ではなく、アネット自身に。ぽたぽたと雫を垂らしながら、アネットはフィアを睨みつけ、恨みがまし気な声音で言った。
「おい、誰が俺自身にかけろっていった?」
「お前がべたべたして気持ち悪いといったから洗ってやったんだ。感謝しろ」
ふん、と鼻を鳴らすフィア。しかし口元が笑っている。それを見て、アネットは小さく舌打ちをした。
「うわ。腹立つ、その言い方」
アネットはぶつくさ言いながら濡れた髪を払い、剣を納めた。実際、体中ずぶ濡れではあるが、血は流れ落ちた。べたつきはなくなった訳だし、良しとしよう。そう思いながら、アネットは顔を上げた。
「さて、本部に帰ってアレク様に報告するか」
そう言って上機嫌に笑うアネット。晴れ晴れとした表情を浮かべる彼の隣で小さくアルも頷いた。此処で任務完了ではない。あくまで、統率官であるアレクに連絡を入れるまでが仕事である。
「そうだな、早く帰るとしよう」
そういって歩き出した瞬間、フィアは”あの時”の魔力を感じ取り、はっとした。
視界の隅で光る殺意。にやり、と誰かが笑った気がした。それを感じるや否や、フィアはばっと振り向き、意識を集中させる。次の瞬間、その魔力が襲いかかったのは……一番無防備な、彼。
「アル!」
フィアは名を呼ぶのと同時に親友を突き飛ばした。それと同時に剣を抜き、払った。何か鋭い金属が、鈍く光り、フィアの剣にぶつかる。キィンッ! と高い金属音が響き、フィアの剣が敵の武器を弾き飛ばした。
「え?」
フィアに突き飛ばされ、尻もちをついたままのアルが目を見開く。アネットも、突然の攻撃に、驚きが隠せない様子で。
飛びかかってきたのは、フードを深く被った、小柄な人間のようだった。もう一度、敵はフィアに斬りかかってくる。フィアはそれを自身の剣で受け止めると、力をこめて敵ごと弾き飛ばした。
「ああ、残念」
黒いフードを被ったそれは僅かに笑ったようだった。
「流石にこの前と同じようにはいかなかったね」
「やはり、この前パーティーでレナ様を襲おうとしたのと同じ奴だな」
フィアはその敵を睨みつけながら言う。鋭い彼の視線に怯む様子もなく、くすくす、と笑うと、意外と幼い口調で、それは言った。
「当たりだよ。でも、何でそう思ったの?」
姿は見えなかったはずなんだけどなぁ、とそれは嗤う。それを聞いたフィアは緩く口角を上げて、言った。
「貴様の魔力だ。特殊な魔力には少々敏感でな。だが、貴様のそれは、純粋な悪魔属性のそれではないな。雑種か?」
フィアはわざと挑発するように言う。相手が挑発に乗れば、此奴の正体を暴けるかも、と思って。彼が口にした通り、目の前の敵から感じる魔力は純粋な人間のそれでも、魔獣や魔物のそれでもない。そこを指摘すれば逆上して何らかの情報を落とすかもしれないとそう考えたのだ。
フィアの狙い通り、雑種という言葉に反応したらしい敵は舌打ちをすると同時、もう一度フィアに襲いかかった。それが手にしている武器は鎌。持ち主の背丈を越える巨大な鎌だ。
「ただの人間風情が僕のことを雑種だなんて、口が過ぎるんじゃないの?」
フードの奥で鋭く光る、黒い瞳。明確な殺意を持って襲いかかってくるそれは、知能の低い魔獣を相手にするよりも恐ろしい。気を抜いてはいけない、とフィアは気持ちを引き締めた。
「フィア!」
心配そうに、アルが叫んだ。アネットも剣に手をかけている。フィアはそんな彼らの方へ、叫んだ。
「大丈夫だから来るな! アネットも、絶対に手を出すな」
フィアはそう言いながら、敵を睨みつける。
彼の狙いは恐らくフィア本人ではなく、フィアの仲間であるアルやアネット。先刻も、油断している様子のアルを狙っていた。今も、フィア自身に殺意を向けてはいるものの、その意識が時折、仲間たちの方へ向く。
一人で戦うよりはアルやアネットに参戦してもらう方が良いだろう。しかしそれはあくまでも、フィアの安全を考えた場合である。彼ら自身が狙われていることがわかっている以上、自分たちの身を守ることに集中してほしい。
「近づくな、此奴の相手は俺がする!」
そう声をあげると同時、フィアはアルとアネットから距離を取り、フードを被ったままの敵に向かって、剣を振るった。




