丘の上にて
肌を撫でる心地の良い風。
これはまるで風呂上がりに団扇で肌をあおぐような感覚とでも言っておこうか。
とにもかくにもこれは何とも言えない気持ち良さがある。
そして優しく包み込まれたような声が僕の耳へと届く。
「ようやく起きたのね。アンタルチカったらここに来たとたんに横になったと思ったら五分もせずに寝落ちして今の今まで鼻ちょうちん作って寝てるんだから」僕は体を起して声のした方向を見る。
そこには僕の知っている顔があった。
彼女の名前はメナムという僕の幼馴染み兼姉のような存在の人だ。
僕たちはルーナディアという街に住んでいる二人の女の子だ。
ルーナディアという街は昔から月明かりが綺麗で、街の景観を優しく包み込むようにして照らしていることからそのような名前になったらしい。
そして僕たちは今、街から徒歩で一時間歩いた所にあるちょっとした丘の上にいる。
そして僕たちは今日初めて街の外へと出た。
何せルーナディアという街には変わった条例というか法律があり、「男女ともに十五の歳つきを迎えるまで街の外へと出歩くべからず」といったものだ。
はたから見れば理不尽にも思えるかもしれないが、実際にはそう感じたことは今までない。
何故なら、ルーナディアの街の中と外界では天候に大差が生じており、例え街の中が晴天だったとしても外界では激しい雷雨を伴っていたり、時には雪と飴が降っていたりとおかしな天候なのだ。
そしてそれは少々厄介で、気象予報士や科学者でさえ予想するのは難しいものだという。
そんなこんなで外界は危険が伴う。
そういう理由で十五歳未満は外へと出られなくなっているらしい。
まあ、ある程度の判断や自身で考えて動ける年齢とこの国、いや街では考えられているらしく納得することもできるためだ。
そして僕たちは今日共に十五歳を迎え、外界が珍しく晴天であったために二人して前々からいつか行こうと約束していたこの場所、つまりちょっとした丘の上に来ている。
何故かというとこの場所は、噂ではあるものの、丘の上から見える景色を見た者の心を鷲掴みにすると言われており僕たちはその真偽を確かめたいと思ったからだ。
しかし、僕はここに来てから五分もせずに寝てしまい、彼女に声をかけられてもなお眠っており、ようやく目覚めたところだった。
ざっと二時間ほどだとは思うが、いつもは昼寝をしないこの僕がこんなにも長く眠ってしまったのだからよほど心地良く感じていたのだろう。
そして今、僕は彼女の優しく包み込まれるような声にようやく反応し体を起こし、彼女の方を見ている状態だ。
「おはよう。こんなにも寝てしまってごめんなさい。何度も起こしてくれたみたいだけど、気づけなくてごめん」
「いや~とっても気持ち良さそうに眠っていたものだから見ているこっちまで心地良い気持ちになったわ。そして時はあっという間で、私も気づけば今だったからあなたを何度も起こすことになってしまったの」
「そうだったんですか。けど起こしてくれてありがとう。このままだったら僕、夜までここで寝てしまっていたかもしれなかったよ...」
「にしても珍しくあなたらしくないと思うくらいによく寝たわね。それと、その僕っ子口調は何とかするつもりはないの?」
「どうしてそんなことを気にするの?僕はこのままでも別に構わない気がするけど...」
「あぁ~それなら別にそのままでいいわよ。ただ、十五にもなって僕っ子口調は私自身が少し違和感を感じちゃってね。でも、あなたは私の幼馴染み兼妹のような存在で大切な存在だからあなたのやりたいように生きてくれればいいわ」
「分かった。それと僕のことをそんなにも気にしてくれていたんだね。ありがとう」僕はそんなにも彼女が僕のことを思っていてくれたと知り少し頬が赤くなった。
「アンタルチカってば頬が少し赤いわよ。風邪でも引いたんじゃないの?」
「そうかもしれないです。今日はあと少ししたらお家に帰りましょ」僕は少し丁寧な口調で答えた。
「そうね。もう少ししたら戻りましょう」と彼女は僕に続いて言葉を綴った。
そうして僕たちは今ひとたびの余韻に浸りその場を後にした。
風が心地良く吹き抜けていた。