旅4
森はどこまでも続いていた。リゴベルトは今日もリトゥーマの背中を追う。森に入って三日が経っていた。飄々としたリトゥーマと違って依然荒い息遣いのリゴベルトだったが、それでもだいぶ道には慣れはじめていた。少なくとも歩きながら何かを考えられるだけの余裕が今ではあった。
そうなると、途端に頭をもたげるのが不安だった。人の居た跡さえ見当たらず、一向に代わり映えのない景色に、リゴベルトは本当に道があっているのかと疑わしくなってくる。
(せめて景色が開けてくれればいいのだが)
一目でいい、ワスカラン山を目にすれば安心するはずだ。しかし森は木々が二重三重にも重なり、昼間でも薄暗いほどだ。人為的に切り開いたりでもしなければ、この自然の洪水はどうにもなりそうにない。そしてそんな形跡は今のところ見当たらない。
リゴベルトの不安をよそに、リトゥーマは迷うことなく進んでいく。
(ここは彼を信じるしかないだろう)
そうすると最初に決めたではないか。リゴベルトはいたずらに思い煩うのをやめ、リトゥーマの後を追うことに集中した。
そのせいだろうか、リトゥーマが止まったことにリゴベルトは気づかなかった。リゴベルトはリトゥーマの背中を突き飛ばしそうになったが、彼はびくともしなかった。
「すまない、ぼーっとしていて」
シッと人差し指を口に当て、リトゥーマは鋭く遮った。そして姿勢を低くすると、リゴベルトにも習うよう指示をする。リトゥーマのその姿にはどこか肉食獣を思わせるものがあった。眼はひかり、獲物を確かに捕らえている。
しかし肉食獣はリトゥーマではなかった。それどころか獲物はこちらである。
草葉に隠れて、確かにそいつが二人を伺っていた。リゴベルトも斑点のある大きな体に気が付いた。
リゴベルトは腰に佩いた剣に手を当てたが、思い直して胸の短刀を静かに引き抜く。こういう場所では刀身が邪魔して上手く扱えないのだ。リトゥーマもいつのまにか短刀を握っていた。
息苦しい時間が流れる。どちらかが音を立てれば、それで火ぶたは切って落とされる。
リゴベルトは大きく、そして静かに息を吸い、息をはいた。冷や汗が頬と伝って流れ落ちる。
その時、風が森の上を吹き抜けていった。
次の瞬間には獣の姿は無かった。
「どうやらいってくれたらしいですね」
短刀を下ろしながらリトゥーマは言った。
「まったく、命が縮まったよ」
リゴベルトは短剣を納めて言った。
「軍人さんが情けないことを言いますね」
「そりゃあ獣相手じゃ勝手が違うからね」
「たしかに、獣じゃ命乞いも通用しませんしね」
「そのとおりだ」
まったく、と思いながらリゴベルトは先ほどまで獣が居た場所を見た。確かに何もいない。しかし、獣の残した殺気は残っている。
ひとまず、とリゴベルトは思った。
「これで一安心か」
「いいえ。奴らはずる賢いですからね。今この瞬間にも私たちをどこかで見張っているかもしれない。そして、隙が出来次第襲い掛かってくるかもしれない」
「やれやれ」
リゴベルトはため息をついた。
「行きましょう。もう少しで森を抜けます」
君を信じるよ、とリゴベルトは声に出さずに言った。