旅3
リゴベルトは案内されるがまま森を抜け、アーマ川の支流にたどり着いた。
「マリで船に乗るよりも、こちらの方が入んでいすよ」
そう言うリトゥーマの言葉に嘘はなかった。まもなく二人の乗った舟はロビ族の村を抜け、ワスカラン山のふもとにたどり着いた。
「なかなかのものでしょう?」
鼻を鳴らすリトゥーマに、リゴベルトは頷いた。
それにしても、とリゴベルトは改めて驚かされる。リトゥーマの身のこなし、それに健脚には並々ならぬものがある。リゴベルトが気を抜くと、あっという間に離される。ワスカラン山は緑の多い場所だ。普段から人の行き来のある道だって険しいものがあるのに、リゴベルトが案内されているのは獣道だ。厚く積もった腐葉土に足を取られ、枝を長く伸ばした植物に行く手を遮られる。そんな中を、リトゥーマは躊躇なく進んでいく。
多少なりとも脚に自信のあったリゴベルトには堪えるものがあった。長い軍隊生活でも決して根を上げたことはなかったのだ。新米の頃には訓練や任務で倒れこむものもいた中、リゴベルトはへこたれず、最後まで立ち続けた。彼にはちょっとした自慢だった。
それが今ではどうであろう。背は低いが肩幅のがっしりとしたリトゥーマの後ろ姿に、リゴベルトの鼻は折られた形だ。それにリトゥーマは確実にこちらを気遣い速度を緩めていた。時折振り返りリゴベルトが遅れすぎないよう配慮している。
「大丈夫ですか」
リトゥーマは言った。
「なんとかね」
息のあがるリゴベルトと違って、リトゥーマは飄々としている。やれやれ、とリゴベルトはため息をつく。
(この分では先が思いやられる。はたして自分には目的地までついていけるのか。道半ばでヘタれこんでしまうのではないのか)
などと思い煩っても仕方がない。今はリトゥーマの後についていくしかないのだ。
森の夜は早い。
リゴベルトにはまだ日が高いと思えるうちにリトゥーマは野営の準備をはじめた。リトゥーマはリゴベルトも見とれる手つきで種火をおこす。釣床をつるしていたリゴベルトは思わず息をのむ。釣り床の張り具合を確かめていると、辺りは暗くなった。
「よく頑張りましたね。まさかここまで来れるとは思いませんでしたよ」
リゴベルトが靴を脱ぎ、歩き通しで張り詰めた脚の筋肉ほぐしているとリトゥーマは言った。
「近いうちにこの森を抜けられます。そうなれば、もう少し道は簡単になるでしょう。もっとも、山道には山道の大変さがありますがね」
「覚悟しておくが、お手柔らかに頼むよ」
「今日だって随分とお手柔らかにしたつもりなんですがね」
リゴベルトは苦笑いをした。
(確かにそうかもしれないが、これでお手柔らかなら、普段はどんな調子で歩いているのやら)
簡単な夕食を済ませる。
「昔から案内をやっていたのかい?」
「いいえ、若いころはもっぱら物を運んでましたよ。隣村からはじまって、その隣のその隣とどんどん遠くへなっていった。気がつけばこの国一帯をほっつき歩いてました。その内、道案内も頼まれるようになって、ある時人間の方が安全だと気づいたんですよ。これでも追いはぎにあったのは一度や二度じゃないですからね」
リトゥーマは顔をくしゃっとする。いまでは見慣れた。笑っているのだ。
「それじゃあ、もう寝ましょう。明日もまた歩いてもらいますからね」
焚火に薪をくべ、位置を調整すると、リトゥーマは言った。