旅
一日目は何事もなく過ぎていった。村に着くと、早めに宿をとり、馬に秣を与え、その日は就寝した。二日目も早くから出かけたかったからだ。
南下するに従い、日差しは強くなっていった。リゴベルトは太陽の位置を小まめに確認し、蜃気楼の立つ中を慎重に進んだ。道を外れたりでもしたらそれこそ干からびて終しまいだ。井戸があるたびに休み、熱い息を吐く馬を酷使しないようにした。
まさに不毛の地である。岩と、乾いた土と、鋭いとげの生えた植物しかみあたらない。遠く、連山が、この地を囲うように取り巻いている。
キートやカリカラも過酷なものだが、これほではない。
(たかだか一日ほど歩いただけで、ここまで気候が変わるとは)
リゴベルトはここを通るたびに自然の脅威に驚かされた。
多めに休憩をはさんだせいで、予定よりもだいぶ遅れた。日暮れ前にはクェアルドの砦につくはずであったが、日が完全に落ちた今でもつかない。リゴベルトはそれでも焦らず星の位置を頼り進んでいく。
(考えようによっては日差しが無いだけ、この方が進みやすいではないか)
リゴベルトはそう自分に言い聞す。そうして、光が見えた。間違いなくクェアルドの砦の光である。
ほっと胸をなでおろし、リゴベルトはよくやったと馬の首を撫でてやる。心なしか馬も、安心したように感じられた。馬は乗りての心を誰よりも感じ取るものなのだ。
案内された部屋に行くと、リゴベルトは剣を壁の剣掛けにかけ、鎧を脱ぎ、手荷物を鎧と共にテーブルへ置いた。椅子に座り一息つくと、水が運ばれてきた。それで顔を洗い、布で体をふくと、一日の疲労がどっと押し寄せてきた。できればこのまま寝床に横になり眠ってしまいたかったが、この砦の軍団長に報告しにいかねばならない。
リゴベルトは重い腰を上げ、身だしなみを整えると、部屋の外で待っていた兵士に案内され軍団長の部屋までいった。
今度こそ、とリゴベルトが寝ようとしていた時、新たらしい訪問者がやってきた。しかしそれは、疲れたリゴベルトにとっても嬉しい訪問だった。若いころ、苦楽を共にしたロバトンだった。
「久しぶりだな、リゴベルト! いやぁ失敬、リゴベルト軍団長どの!」
「やめてくれ、ロバトン。リゴベルトでいいさ」
「そうか、じゃあそうさせてもらう。いやあ、それにしても何年ぶりだ、貴様とこうして口をきくのは。おっと失敬、貴様はまずいかな」
「好きにしてくれ。この場には私とお前しかいない」
「この砦の人間は噂好きだからな、隣の部屋で聞き耳を立てているかもしれんぞ」
「だったら尚のこと良い、お前は明日から独房いきだ」
「おいおい止めてくれよ!」
二人して笑った。
「それにしても」とリゴベルトは言った。「そうだなぁ……最後に会ったのは、マリへの帰郷の際だったかな。もう十年近く前か」
「そうだ、あの時も貴様が俺のいた砦にたまたま寄ったのだったっけ」
「ああ。帰郷のついでに、当時の軍団長から手紙を頼まれたのだ」
「よっぽど信頼があったのだ。その頃から貴様は出世頭だったのか」
「まさか、ついでに頼まれただけさ」
「そうかな。俺にはそうは思わんがね。貴様だけ、俺たちの中で抜きんでている物があるといつも感じていたもんだ。そうしてそれは実際にあった。その証拠に、貴様は軍団長で、俺は兵士長止まりさ」
「俺を買いかぶりすぎだ。たまたま運が重なっただけで、お前だって私のようになっていたかもしれんさ」
しばらく近況報告をしあい、昔日のような軽口を叩いていると、急にロバトンの表情が陰った。
「しかし……その……今回は、災難な目にあったな……」
「災難ではない。単純に私の力が足らなかっただけさ。私が良き軍団長なら、砦も守り抜き、部下だってあんなに失わなかった……」
「時の運というものがあるだろ」
「命を預かっている身だぞ、そんなことは言えんよ」
「何を言う。死ぬことだって軍人の役割だ。だからこそ国を守れる」
「しかし、私は……」
「そう気に病むな。最善をつくしたのだろう?」
ああ、とリゴベルトは頷いた。もう一度あの状況になったとしても、リゴベルトは同じことをしたであろう。
「だったら次を見ろ。死んでいった者たちの為にもそうしろ。貴様がここにこうしているということは、次の任務を受けたのだろう?」
リゴベルトはコスク行きのことを言った。その処遇の不可解さ故、戸惑っていることもつい口が滑って言ってしまった。
「なぜ戸惑う。中央が貴様の力を見込んでその任務を与えたのであろう。だったら胸を張り、最善をつくそうとせんか! それが亡き者に与える最善の手向けだ!」
リゴベルトはうつむいて黙っていた。そして一言、「ありがとう」と言った。
「それでいい。じゃあ、俺はこの辺で失礼するよ……それはそうと、俺の仲間で南出身の奴がいるが、それは風が酷く大変なところだといっていた。せいぜい貴様も風に吹き飛ばされんよう気をつけろよ!」
そういって笑って出ていくロバトンにリゴベルトは感謝をした。