陽の名残り
当日中にキートの兵士はまとめられ、翌日、カリカラに向けて出発していった。戦闘、というには大げさな、砦に残っていた部族との小競り合いのすえ、まもなくカリカラの砦は奪還された。どうやら勝利と略奪だけで満足したらしく、砦には部族の人間が殆ど残っていなかったという。
その後は兵士の再編、砦の再建、メスト族及びムラティーソ族の討伐と事は流れていくはずであるが、耳に入ってくる風の噂をリゴベルトは他人事のように聞いている。実感がわかないのだ。日が一日、一日と過ぎるたび、あの夜の出来事は現実感を無くしていく。今ではまるで夢の中の出来事のようだ。
リゴベルトはすでにカリカラの任務から解任されていた。キートの砦で個室待機を命じられ、一週間が過ぎていた。
(独房にぶち込まれないだけ、まだましか)
そう毒づいてみるが、ただ空しいだけだった。
私はどうすれば良かったのだろうか。何度も考え、そのたびに現実感をなくしていく出来事に思いを巡らす。部族には出来るだけこちらが譲歩をしてやってきた。物資だって必要最低限の徴収でそれ以上は取ろうとはしなかった。兵士には軍規を守らせ、決して横暴なことはさせなかった。問題が無かったわけではないが、それは兵士と部族の若者が喧嘩になるくらいで、軍と部族の問題ではなく、あくまでも個人間の問題だった。それ以上に発展することもなかった。
それがどうして……
そして何より、メスト族とムラティーソ族が手を組むとは。先祖の代より二つの部族の仲は悪かった。実はリゴベルトが何より手を焼いたのはこの問題だ。砦周辺で争いがおきないよう、リゴベルトは何度も介入をした。それぞれの言い分を聞き、落としどころに苦心してきたのだ。そんな二つの部族が、あの夜手を組み、砦に牙を向けた……
(長年の怨恨を断ち切るには、共通した生け贄を差し出せばいいとうことか)
決して警備を怠っていたわけではない。寝ているときでさえもリゴベルトの頭の片隅には規則通りあげる夜警の点呼が聞こえていた。それどころか時折リゴベルトは寝床を抜け出し、抜き打ちで夜警に声をかけたりしていた。
それでは何か……常々リゴベルトが考えていた問題は、砦の規模だった。周りの部族の数に対して兵士の数が不足していたのだ。なのでいくつかの部族が手を組み襲撃してきたら……
しかし、とリゴベルトは思い直す。当たり前の事ながら砦を任された人間ならそういったことを念頭に砦の運営をしなくてはならないのだ。結局のところ、自分の能力が足らなかったのだ。
今日も陽が落ちる。西に面したリゴベルトの部屋は、今は茜色に染まっている。そん中で壁にはっきり出来る自分の影は、リゴベルトにあの日の夜を思い出させた。兵舎のあげる火に照らされて、小躍りする蛮族……
そんな幻影も、砂漠の向こうに陽が落ちるとともに消えて無くなる。夜が来たのだ。明日こそは軍法会議にかけられて、私の運命が決まる、そうリゴベルトは考える。