砦
部屋はがらんとしていた。当たり前だ、リゴベルトの持ち物が少なすぎるのだ。剣や鎧はすでに掛けられ、マントは畳まれて机にのっていた。
リゴベルトは苦笑いを浮かべた。自室待機を命じられたキートの砦を思い出したのだ。まるでぐるぐる回って、同じところに戻ってきたようだ。しかし違いもある。崖のおかげで、西日がこの部屋に差し込むことは無いだろう。
リゴベルトはマントを広げた。埃はすでに叩かれているのだが、いかんせん今度の旅での痛みが目だった。もともと使い古されたマントとはいえ、腕や足の回りは今にも穴が開きそうだ。近いうちに代わりを見つけなければとリゴベルトが考えていると、水が運ばれてきた。服を脱ぎ、うん、と伸びをする。無事にコスクへ着いたのだ。
寝床に腰掛け体をふいていく。水はすぐに黒くなった。旅の汚れが一度に落ちたように思えるが、実際は小川がある度に体をぬぐっていた。しかしこの乾燥した気候だ、すぐに埃まみれになってしまう。最後に腕輪を磨く。翡翠の眼が、一瞬輝いた気がした。
行李を開けると着替えが用意されていた。
リゴベルトが部屋を出ると、先ほど案内してくれた番兵が待機していた。姿勢を正し、用を聞いてくる。リゴベルトが水の礼を言い、砦を一回りしてくるというと、お供をするというので断った。
「すまないが、一人で見て回りたいのだよ」
リゴベルトは番兵の肩を叩き、微笑んだ。
崖は西から北にかけて砦を覆っていた。官舎は西の崖に沿って建てられ、壁は残りを補うように建てられていた。リゴベルトたちが入った門は南に向かって開かれている。
壁も官舎同様、やはり手入れが悪い。すぐにでも修理しなければならない箇所もあるのだが、それでも問題なく建っているのは造りがしっかりしているからだろう。
中庭は大きく開け、訓練するには十分な広さを持っていた。しかしあまり使われることがないのだろう。草はところどころ伸び、リゴベルトはその中の一掴みを引き抜き、ため息とともに放った。
砦は衰退の一途をたどっていた。それは間違いないようだ。何よりリゴベルトが恐れたことは、こうして一人で歩いていても誰何の一つもないとうことだ。時折、見回りの兵士が見えることもあったが、リゴベルトなど気にしないで通り過ぎていく……
東の職工区に行こうと歩いてる時だった。
「きさま! 一体そこで何をしている!」
振り向くと、こぶしを振り上げ男が小走りにやってくるところだった。
「誰の許可でうろつき回っているのだ!」
男はリゴベルトの胸ぐらをつかむと、まくしたてた。
兵士が集まってきた。しかし誰も止めるようとはせず、みな面白い出し物を見るようにいやついている。
そのうちリゴベルトを案内してくれた番兵がやってきて、リゴベルトを男の手から引き離した。
人垣をかき分け、リゴベルトは部屋まで戻った。寝床に腰掛けると、
「なるほど」
と一人呟いた。