パロミノ
外見の印象とは違い、砦の中は広かった。崖は内に向かって抉れているようだ。
リゴベルトは門でリトゥーマや部族の青年たちと別れ、番兵に連れられて兵舎へ向かう。兵舎のつくりはリゴベルトが見慣れたものだった。環境に合わせた多少の差こそあれ、この国の砦のつくりは統一されている。それはコスクでも守られているようだ。
しかし、
(手入れが悪い)
ところどころ壁は剥げ落ち、今にも穴が開きそうなところがリゴベルトにも見られた。官舎間にさずけられた道には草が生え、開いた穴はそのまま放置され、汚れた水が溜まっていた。
砦の中を見ながら、リゴベルトはこれからやるべきことを頭の中に並べていた。シルバはこの地を不毛の地といった。それなら何をやったって誰にも文句は言われないはずだ。
番兵が扉を叩くと、「誰だ」と男の声がした。番兵は自分の名を告げ、「新しい軍団長殿が到着されました」といった。
中で慌ただしい音がして、扉が開いた。
小柄でガッシリとした男だった。眉間に皺のよった浅黒い顔には太い鬚が覆い、黒い瞳が睨みつけるようにリゴベルトに向けられた。と、すぐに表情を崩し、
「よくぞまいられました。どうぞ、こちらに入ってください」
といってリゴベルトの手を大げさだと思うほど握り、部屋へと招き入れた。
部屋の中央には机が置かれ、その上は書類が散乱していた。壁には地図が掛けられ、その下には行李が並べられていた。
男はリゴベルトに椅子をすすめると、「失礼」と扉から顔だけ出し、外に待機していた先ほどの番兵にあれこれ指示を与え、戻ってくるとリゴベルトの差し出した指令書を立ったまま目を通した。読み終えた男は、リゴベルトに指令書を返すといった。
「私はここの副官をしているパロミノです。あながたくるまでこの砦を預かっておりました。待てど暮らせど誰も来ないので心配していたところだったのですが、これで安心しました」
パロミノは机に気づくと顔をしかめた。
「散らかっていてお恥ずかしい。すぐに片づけさせますので、今日からでもこの部屋は使ってください」
そういって自分でも片付け始めた。
「パロミノ殿、それよりもまず閲兵をしたいのだが」
リゴベルトは言った。
「殿は結構ですよ、リゴベルト殿。これからですか?」
「ではパロミノ。ああ、まだ日は高い。出来るだけ早い方がいいと思ってな」
「それは結構ですが……まだ他の士官との顔合わせもしていませんし、何より閲兵式の準備が出来ておりません。僭越ながら、後日の方がよろしいかと……」
ふむと考えたリゴベルトは、確かにパロミノの言う通りだと思い素直にうなずいた。何を焦っているのか、自分でも恥ずかしくなった。
「荷物は部屋に運んであります。今日は一日、ゆっくりしてください」
パロミノと握手をした。そして別れ際、リゴベルトは言った。
「案内人のリトゥーマの事なのだが、寝床と食料を頼む。随分とよくしてくれたからね」
「リゴベルト殿をここまで連れてきたのリトゥーマだったのですか。安心してください、ちゃんとはからいますから」