目的地
カンタサルイを過ぎると谷に行き当たった。谷の底には水量の少ない小川が流れ、リトゥーマが言うには水があるのは今だけだという。秋も深まれば少ない水量も絶え、来年の初夏までお預けだという。
対岸にはこちらと並行して道が走り、見るとリゴベルトたちよりも先を行く荷車があった。
リゴベルトは通り越し際に目をやると、このあたりの部族だと思われる男が馬を引いていた。荷車には荷物と子供がのっていた。
そのあたりから道は下り坂になった。しばらく行くと橋があり、対岸の道は大きく曲がってこちらと繋がっていた。
橋を通り過ぎ、さらに先に進んでいると、後ろで馬のいななきが聞こえた。リゴベルトたちは馬を止めた。
「行こう」
リゴベルトが言うと、リトゥーマは頷いた。
橋には先ほどの荷車が立ち往生していた。
「どうされました」
リゴベルトは男に話しかけたが、すぐに思い直した。言葉は通じないはずだ。リトゥーマに振り返る間に、男は流暢な言葉を返してきた。
「曲がり切れず車輪が橋に取られてしまいました」
突然のことに驚くリゴベルトに、男は聞き取れなかったと勘違いしたのか、同じことを繰り返した。そして後ろのリトゥーマに気がつくと、笑って部族の言葉を口にした。
リトゥーマとは知りあいなのだろうか。遠慮がちなリトゥーマとは違い、男はさかんに何かを言っている。
二人のやり取りを見ていて、それにしても、とリゴベルトは思う。
(精悍な顔立ちの青年だ。こんな片田舎の部族というには惜しい程の気品がある。私よりもいくつか下だろうか)
顔に入った刺青の模様はリトゥーマに似ていた。もしかしたら同じ部族なのかもしれない。
「少年!」
この子にも通じるのかもしれないと思ったリゴベルトは、馬から降りると荷車の脇に立っている子供に言った。子供はリゴベルトを見たが、すぐに目をそらした。
念のためにもう一度呼んでみる。しかし子供は俯いたままなんの反応も示さない。
そうしていると横から男が叫んだ。今度はしぶしぶ、といった体で子供はリゴベルトのもとまでやってきた。
「馬を見ていてもらえるかな?」
リゴベルトが手綱を差し出すが、何やら怒っているようで受け取ってもらえない。男は子供を叱責した。子供はリゴベルトの手から引っ手繰るように手綱を握り、苦笑いをしたリトゥーマもそれに続いた。
リゴベルト達は協力して荷車を押してみたが、びくともしなかった。馬を三頭繋いで引き上げようとしてみたが、車輪のはまりどころが悪いらしく、荷車が軋むだけで無駄だった。
仕方なく荷物を一旦下ろした。再度馬を三頭繋げ、荷車を引っ張り上げる。今度は上手くいった。荷車は無事橋を渡り、リゴベルトたちは安どのため息をついた。
「幸い車輪は無事なようです」
屈みこんで荷車の様子をみていた男はいった。
荷を積み直すと、リゴベルトたちは連れだっていく事にした。この男の目的地もコスクの砦なのだという。
リゴベルトは作業の途中でリトゥーマにそれとなく言い、自分の地位は黙っていてもらうことにした。無用な気遣いをされるのが面倒くさかったのだ。
リゴベルトは馬の歩みを緩め、荷車の横に着けた。少年は相変わらずぶっきらぼうに揺られている。この子を見ていると、リゴベルトにはフリアの子供たちが思い出された。
「少年、一緒に乗るか」
そう言ってみたものの、相変わらずの無言である。
「実は、その方は……」
いつの間にか隣に来ていたリトゥーマはいった。しかしリトゥーマが言い終わらぬうちに、リゴベルトは馬を止めた。切り立った背後の崖を背にするように、砦があった。
コスクの砦に、とうとうついたのだ。