旅11
バンバビルカで馬を借りた。リトゥーマを先頭に、リゴベルトは馬に揺られながらバンバビルカの軍団長、シルバとのやり取りを思い返す。
シルバはリゴベルトの差し出した指令書に目を通し、しきりにリゴベルトには聞こえない何かを呟いていた。その間にもリゴベルトを伺い、最後は諦めたように指令書を返してきた。
「君はマリから来たのかね」
「いいえ、マリから北東の」
「そこまで言わんでいい」シルバはリゴベルトをさえぎり、両手で顔を擦った。「随分と後任が来ないと思っていたら、なるほど、そんなに遠くから呼でいたとは……」
そのまましばらく黙った後、シルバは続けた。
「何はともあれ、君には頑張ってもらいたい。なんせ、ここではバンバビルカとコスクが唯一の砦なのだから。しかし、分かって貰いたいこともある。なんていっても、ここは貧乏砦だ。物資だって、必要最低限しかない。分かるかね?」
「いや、私はそんなことは思って」
「悪いが先にはっきり言っておきたいんだ。まして君はよそから来た人間だ。色々勘違いしていることもあると思うからね。ここでの任務は、主に砦の運営だ。受け持ちの部族から徴収し、砦を存続させること」
「しかしここは国境の最前線で……」
シルバは先ほどのように両手で顔を擦ってリゴベルトを黙らせた。そしてそのまま絞り出すように言う。
「先の戦争でこの国の興味は北の隣国に向いている。一旦落ち着いたからといって、まだまだ油断できる状態ではない。その証拠に小競り合いは続いている。では、南はどうだ? 先王の時代より良好な関係を保っている。明日明後日に攻めてくるようなことはないだろう。火だねは北で、南は不毛な土地だ。ましてアデンスの隘路……君には厳しく聞こえるだろうが、ここはそういうところだよ」
そう言った笑ったシルバの姿は、とても疲れているようにリゴベルトに思えた。
「協力はする。厳戒時ならなおさらだ。しかし、普段は自分の事は自分でやってもらいたいのだ。それがここでの全てだ」
リトゥーマが馬を止めた。カンタサルイの麓の迂回路まできたのだ。リトゥーマに倣いリゴベルトは馬首をめぐらし、コスクを目指す。
左手にはカンタサルイが高くそびえ、青空によく映えている。
「不毛な土地……か」
(リトゥーマもコスクの現状を知っていたのだろうか? 当然知っていただろう。彼はこの地の人間だ。嫌でも耳に入らないわけはない。では、それを私に黙っていたのは……)
いや、とリゴベルトは思う。
(彼は案内人で、それが全てだ。ここまで私を導いてくれたのだ。それは、櫓の上でリトゥーマに話したではないか。役目を果たしてくれたのだ。それで十分ではないか)
たとえどんな状況にあろうと、やるべきことをやるだけだとリゴベルトは自分に言い聞かせた。