旅10
バンバビルカの夜は静かだった。月は無く、夜空には星々が瞬いている。リゴベルトは櫓の縁に肘をつき、そんな夜空を眺めていた。カリカラの砦が襲われた夜とは星座が変わっていた。あれからもう三度も月が満ちている。夏はリゴベルトのもとを通り過ぎ、すでに秋が顔を出していた。
梯子が軋んだ。誰かがのぼってくるのだ。
バサッと何かが置かれ、次にリトゥーマが姿を見せた。
「ここにおられましたか」
「ああ」
リトゥーマはリゴベルトの隣に立つと、先ほど持ってきた物を渡した。
「マントですよ、もう夜は冷えますからね」
確かに先ほどから肌寒かった。礼を言い、リゴベルトは羽織った。
「なんだか眠れなくてね」
「久しぶりに屋根の下だからですか?」
「それもあるが……なんだろうな、自分でもよくわからない」
どうぞ、とリリトゥーマは革の水筒を差し出した。
「下で無理言って貰ってきました」
リゴベルトは蓋を取り、一口含む。
「これは……酸っぱいな。それに、強い」
「この辺で飲まれる酒で、チーチャといいます。はじめはきついかもしれませんが、慣れるとどうして、なかなか美味しいものですよ」
どれ、とリゴベルトはもう一口含む。強い酸味と、微かな甘さを残し、咽喉を焦がして嚥下される液体は、確かに癖になる味をしている。
「しかし気を付けないとすぐに酔ってしまうな」
リトゥーマに水筒を返しながら笑った。
「どれ、私も……美味い」
二人は酒を回し飲みしつつ、これまでの旅の事を語った。
街を出て、舟に乗り、森を抜け、そしてアデンスの山脈を伝いここまでやってきた。
道々で壮大な光景を見た、珍しい風景も目にした。リトゥーマの案内でいくつかの部族にもあい、彼らの生活を覗き見た。
危ないことが無かったわけではない。森の獣に、頭痛、それに数日前の盗賊。崩落や落石などもいれれば、それなりに危険を潜り抜けてきたわけだ。
「その件ですが……」
リトゥーマは酒を煽り、ため息をついた。
「あなたに謝らなければなりません。今回の旅で私はヘマばかりしてしまいました。本来であれば、もっと安全に、それに早く付かなければならなかったのに……」
「そこまで気に悩むことはないさ。なんだかんだ言っても、私を五体満足でここまで連れてきてくれたのだから。私一人だったらあんなもんじゃ済まなかったろうよ。それどころかここまで辿り付けなかったろう。百歩譲ってこれたとしても、もっともっと時間が掛ったはずだし、体だって傷だらけだ。謝られるどころか、私は感謝しなければならないよ」
「いいえ、それでは……」
水筒を手渡されたリゴベルトは一口飲むと、ゆっくりと首を振り、ほほ笑んだ。
どこかで見回りの兵士の掛け声が聞こえた。交代の時間なのだろう。リゴベルトにはそれが妙に懐かしく、遠くで響いた。