旅9
腰に佩いた剣の柄に手をかけた瞬間、リトゥーマに止められた。ゆっくりと首を振るリトゥーマ。そのままの姿勢でリゴベルトは一、ニ、三……と襲撃者を数える。総勢七名、皆獣のマントに身を包み、すぐにでもこちらに飛び掛かれる姿勢をとっている。下手に抵抗したところで結果は見えていた。リゴベルトはリトゥーマに従い、柄から手を離した。
「〇×△!」。
先ほどの男がまた叫び、一歩前へ出た。背の低い年かさの男だった。
「〇×△! ×□〇!」
身振りを交え、何かを伝えてくる。リゴベルトが分からないでいると、リトゥーマはその男に対して口を開いた。
「□×〇××」
「××△〇?」
「□□〇」
「◇〇△」
リトゥーマが何かを言うたびに周りにいる男たちは声を上げはやし立てる。
その間にリゴベルトはどこかに突破口はないかとそれとなく見回す。右に控えた男はまだ少年のようで、手に持つ短刀が震えていた。
(やるならここか)
リゴベルトは見当をつけた。もしもの時はこの子を切りつけ、この囲いを抜け出す……
そんなことを考えていると、二人の語気が激しくなってきた。
「△××□!」
「××〇△!」
珍しく声を荒げるリトゥーマの姿を見ていると、急にそんな考えが馬鹿らしくなった。不思議となる様になれと開き直る気になったリゴベルトは、先ほどまで殺そうとしていた少年に笑いかけた。突然のリゴベルトの表情に、少年はその顔いっぱいに困惑を浮かべた。
二人が言い争う中、後ろに控えた男が吠えて短刀を振り上げたが周りに止められた。それでも暴れて騒ぎ続ける男に、年かさの男は一喝し黙らせた。
二人は鋭い声で何かを叫んだ。どうやらそれで決着がついたらしい。年かさの男の合図に、集団は一歩一歩慎重に後ずさり、散り散りに走り去って二人の視界から消えた。
「私たちは助かったのかな?」
すっかりあたりが静かになった中、リゴベルトは言った。
「たぶん、そのようで」
荷物に腰を下ろし、リゴベルトは一息ついた。
「それにしても、あいつらに何を言っていたんだい?」
「なあに、あなたの立場とあいつらの立場を説明してやっただけですよ」
「私の立場とは、コスクの砦の軍団長だということかな?」
「当たらずとも遠からず」
「私の立場からすれば、奴らを捕まえなければならないのだが」
「しかし、その際手心は必要でしょう。奴らもやりたくてあんな事をやってるわけじゃない」
「そうかもしれないが……」
「とりあえず、あいつが私の事を知っていて助かりました。この通りすっからかんですからね、腹立ちまぎれに殺されてたかもしれませんよ」
「そうすると、案内者をそんな危険に晒せた君は道案内失格だな」
笑い話のつもりでリゴベルトは言ったのだが、リトゥーマは顔を曇らせて黙ってしまった。
「まあいいさ。もうすぐバンバビルカだ。さあ、行こう」
リゴベルト達は乱れた荷物をまとめ、歩き出した。