旅8
気配を感じたリゴベルトは咄嗟に起き上がり、手元の剣を掴んだ。薄暗い夜明けの中に、動物が一匹、こちらを伺っていた。胸の毛の長いシカのような動物は、ただじっとこちらを見つめるだけで、別段危害を加えてきそうには思えなかった。
「ビクニヤですよ」
隣のリトゥーマが毛布をかぶったまま言った。
「あなたの赴くコスク周辺には群れを成して生息しています。そろそろ見られる頃だと思っていましたが、やっとお出ましですよ」
と欠伸をしながらいい、見てください、と丘の上を指した。そこにはビクニヤと呼ばれた動物の群れが見えた。
ね、とリトゥーマは起き上がると、熾火に薪をくべ火をおこした。
そうこうしていると先のビクニヤは踵を返し群れの中に戻っていった。
「あいつはさながら斥候というところでしょうな。私たちが安全かどうか、確かめに来たんでしょう。勇気のある奴です」
リゴベルトも腰を下ろし焚火に手をかざした。
「目的地は近いのかな」
「ええ、もう少しです。といっても、あと数日でつくと思ってもらっては困りますが。このままコスクへ行かれるのですか?」
「いや、手前にあるはずのバンバビルカの砦が先だな」
これまでも道の途中にある砦にはよって来た。コスクへのリゴベルト就任の知らせが届いている砦もあれば、無い砦もあった。そしてコスクへ近づくにつれ、軍団長から何やら妙な雰囲気を出させれる事が多くなった。ここにきてようやくリゴベルトにもこの任務の意味がつかめてきたが、だからといって自分には与えられたことをこなすことしか出来ない。
何にしても、隣の砦との連携は重要である。ましてコスクは最前線だ。おろそかにすれば孤立する危険もあり、隣の砦の軍団長との意思疎通は当たり前のことながら死活問題である。
「そうすると、少し回り道をしてもらう事になりますね。このまま行くと、カンタサルイという山に行き当たります。それを右に迂回し超えたところにコスクがあり、逆に左に行ったところがバンバビルカです」
「すまないが、この辺の地理を詳しく教えてくれないか。これから先私には重要な情報になってくる。砦に行けば簡単な地図くらいはあるかもしれないが、先にある程度頭に入れておくと理解も捗る」
リトゥーマの用意した朝食を食べながらリゴベルトは彼の話に耳を傾けた。
日が昇り、朝の祈りも終えた。
荷物をまとめていると、リトゥーマ辺りを見回しはじめた。リゴベルトはまたビクニヤでも見つけたのかと思っていると、リトゥーマはため息をつき、申し訳なさそうに彼を見た。
「今回の案内で私はヘマばかりをやっていましたが、今回もまたやってしまったようです。森を抜けてから順調すぎて気が抜けていたのか……」
言い終わらぬうちに岩陰から人間が現れ、あっという間に二人の周りを囲んだ。リゴベルトにはまるで地から生えてきたように思えた。彼らの手に握られた抜き身の剣が朝の光を反射して、リゴベルトの眼を射った。
「〇×△!」
その中の一人がリゴベルトには分からない言葉を叫んだ。