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辺地の風  作者: yumyum
12/20

旅7

 風が吹き、リゴベルトの羽織ったマントを砂が叩いた。明け方のこの時間は冷え込み肌寒く、まるで砂漠のようだった。しかし山と砂漠の二つを大きく隔てるものは、朝日に照らされたこの峰だ。陰影濃く、悠久の姿を見せている。それは二重三重に折り重なり、どこまでも続いていた。何度見ても息をのむ光景だ。

 リゴベルトはリトゥーマに習って太陽に祈りをささげる。太陽は羽の生えた蛇の化身だ。一日の無事を祈ってリトゥーマの口から短い文句が囁かれる。部族の言葉は分からなかったが、リゴベルトもそれを真似して続く。

 すでに森をぬけてから月が二度満ちるだけの時間が過ぎていた。

 村を後にしたリゴベルトはリトゥーマの案内ですぐに本格的なアデンス山脈にはいった。歩くにつれて木々は次第に低木に代わり、岩肌も露出するようになってきた。リトゥーマの朝の祈りが始まったのはこのころからだ。

 道はリゴベルトが想像していたよりもはるかに歩きやすかった。普段から人が行き来しているからだろう、道は踏み固められ、起伏も思っていたよりも緩やかだ。

「そう思えるのも今だけですよ。これから標高はどんどん高くなっていきます。平地育ちの人間には辛いと思いますが、そうなったら遠慮なく言ってください。薬草を持ってますのですぐに煎じますから」

 リトゥーマの言葉は当たった。

 標高が上がるにつれ、最初は軽い頭痛に始まったそれは、全身の倦怠感へと繋がった。呼吸も荒くなり、吐き気まで催すまでになった。それでも歩き続けるリゴベルトだったが、ますます酷くなる頭痛に耐えかねてリトゥーマに言うと、すぐに火をおこし薬草を煎じはじめた。

 どうぞ、と差し出された茶色の液体をリゴベルトが一口啜ると、えぐみが口の中に広がり、青臭さが鼻についた。

「無理してでも飲んでください。楽になりますから」

 吐き出しそうになりながらも何とかリゴベルトは飲み込んだ。その日はリトゥーマが用意してくれた寝床に横になり、そのまま一日眠り続けた。

 リゴベルトは夢を見た。警報が鳴り響く中、メスト族が松明を振り回し、ムラティーソ族がその周りで踊る。その内ヤナケがどこからともなくやってきて、リゴベルトから目をそらさず手に持った剣を自身の胸に突き立てる。流れ出した血は、すぐに獣の姿を取り、踊っていたムラティーソ族に襲い掛かる。ムラティーソ族は歓喜の叫びをあげ、獣の口へ自ら飛び込んでいく。ムラティーソ族を食べ終えた獣は、今度はメスト族へと狙いをかえ襲い掛かる。メスト族も同様に歓喜の叫びと共に獣の口へ飛び込む。最後に一人残されたリゴベルトは獣に背を向け夢中で走り出した。カリカラの砦を飛び出し、砂漠を超え、丘を越え、アーマ川をわたり、草木をかき分け森を進む。しかしいくら走ろうが、獣は確実に迫ってきていた。獣は何時の間にか仲間を呼び、リゴベルトを複数で追い立てる。リゴベルトは囲み、狭められ、獣と死の賢い力に捉えられようとしていた。森を抜けたところで、地面に足を取られ転がった。獣の生臭い息を吹きかけられ、あわやこれまでかとリゴベルトが思ったその時、遠く山並みの向こうから光がさした。太陽だ。朝日はこの世をくまなく照らし、光に焼かれた獣は、一匹、二匹と溶けるようにいなくなっいった。

 リゴベルトが目を覚ますと、夜は明けていていた。悪い夢を見た。酷い寝汗に寝具替わりのマントを払い、朝の冷気で体を冷やす。具合はよくなっていた。吐き気はどこかにいき、頭痛は耐えられるほどに引いている。

 ふと見ると、リトゥーマが朝日に向かって何やら呟いてた。ここのところ毎朝見る光景だが、リゴベルトが特に気にしたことはのなかった。それが今日はやけに気になった。

「何をしていたんだい」

 終わったところ見計らってリゴベルトは聞いた。

「太陽に賛歌あげていたところです。田舎の風習ですよ」

「私にも教えてくれないか」

 御冗談をというリトゥーマだったが、祈りの文句は教えてくれた。

 それ以降祈りはリゴベルトにとって毎朝の習慣となっている。

 今日も一日が始まる。二人は野営の荷物をまとめると、出発した。

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