リゴベルト
砂漠の向こう、地平線が割れ、太陽が昇った。
(何人が生き残った)
リゴベルトは朝日に目をしかめ、考える。そう思えるだけの冷静さを取り戻したのだ。
振り返る。
兵士はみな疲れ切り、無言のまま足を進めている。鎧は埃と血で汚れ、中には隣の兵士の肩につかまり、足を引きずりやっとのことで歩いている者もいる。
(少ないな……)
分かっていたとはいえ、この光景には心が痛む。三分の一、いや、下手をすれば半分も残っていない。いつも隣にいた副官のヤナケの姿はどこにも見当たらない。
惨敗だった。
「もう少しだ、もう少しでキートの砦につくぞ」
リゴベルトは励ますよう声をかけるが、応える者は誰もいない。
(クソッ、クソッ、クソッたれ!)
リゴベルトの治めるカリカラの砦にメスト族が奇襲をしかけたのは日付の変わる時刻であった。彼らは火を放ち、奇声をあげ襲い掛かってきた。歩哨もすぐに気づき、警報を鳴らした。
リゴベルトも飛び起きると鎧を身に着け剣を取った。すでに副官のヤナケはリゴベルトの部屋の前まで来ていた。
「どうしたのだ」
「メスト族ですよ。やつら、奇襲を仕掛けてきました」
「あの民族とは友好関係を保っていたはずだが」
「あいつらは蛮族ですからな、なかなかこちらの意のままにはいきませんよ」
リゴベルトとヤナケはそれぞれ分かれ指揮をとった。リゴベルトも柵を乗り越えやってきたメスト族に一突きくわえ、返り血を浴びた。
奇襲の規模としては小さな方であった。すぐにでも決着はつきそうだとリゴベルトも胸をなでおろした時、後ろで騒ぎが起こった。見ると、兵舎が燃えていた。
何故、そう思った時、炎の光で照らされ小躍りする蛮族が見えた。全身に入れ墨が入っている。メスト族ではない、ムラティーソ族だ。
「やつらも裏切ったのか」
しかし絶句をしている暇はない。兵士の一人にそこの指揮を任せると、剣を握りなおし、リゴベルトは走った。一人、二人とムラティーソ族を切り倒していく。何とか立て直そうと声の限りをつくすが、多勢に無勢、メスト族もここぞとばかりに攻勢をかける。砦が落ちるのも時間の問題だった。
荒い息のヤナケがやってきた。言葉を交わさなくても、リゴベルトにはヤナケの言わんとしていることが分かった。
リゴベルトは生き残った兵士をまとめると、裏門を開け一目散に走り出た。虚を突かれた形の敵を蹴散らし、強引に中央を突破していく。相手もすぐに気を取り直し、この地方で使われる短い矢を射かけてくる。リゴベルトの近くにいた兵士が悲鳴を上げて倒れた。しかし構っている暇はない。駆けに駆ければ日が昇る頃にはキートの砦にたどり着く。あとは運と、殿のヤナケの働きぶりにかかっている。
そして、朝日を浴びて白く輝くキートの砦が、今、リゴベルトの目の前にあった。丘の頂に建てられたその砦は、リゴベルトを冷たく見下ろしていた。
「クソッたれ……」
リゴベルトはもう一度振り返る。何度見ても、事実はそこにあった。
彼は肩を落とすと、やってきた兵士に報告をした。