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ラウニーの箱庭  作者: 白石苗穂
序章 ~魔境の奥地へ連れられて~
9/22

正面玄関とラウニー族の紋章

 来ましたよ、開かずの扉の前に。

 いよいよ私の出番です、この為に大きな樽で揺られて運ばれてきました。

 あ、最低限の荷物だけ持って、樽はさっきの場所に置いてきたままですよ。邪魔なので。


「すごく立派な作りですね~」


 一人で近付くのは怖かったけど、今は頼りになるはずの背中があるので緊張せずに眺められる。

 存在感が大きいっていいね。こういう時は非常に安心できるから。

 心理的な意味だけじゃなく身体も実際に大きいから、脇から顔出さないと真正面にあるものが全然見えないけどね!

 肩越しとか、背伸びしても不可能。扉の壁側とと頑張っても斜め上の二階から上の部分しか見えません。

 別に真後ろに突っ立ってなくてもいいので、素直に身体ごと横に移動しましたが。

 手を伸ばせば王子様の肘を掴めるくらいのポジション。やっぱり視界には入ってて欲しい。


「扉のこの彫り込まれている意匠、知ってるか?時代考証的に興味深いものだ」


 王城の主要な扉と同じくらい大きい、深みがある色合いをした木製と思われる両開きの扉が目の前にある。

 館の正面玄関です。勝手口は表側には見当たりませんね。

 扉留めの金具を掛けておく輪っかが近くの壁に付いてるから、たぶん人の出入りが多い時間は開け放っておくのでしょう。


 短い棒の両端が鉤になってる扉留めは、家屋の大小に関わらず扉を開けっぱなしにしておく必要があれば何処でも見掛ける。

 その辺に落ちてる木の枝で適当に作ったものから、触るのも躊躇うような美術品めいたものまで、多種多様。

 簡単に個性や季節感が出せるし輸送も嵩張らないから、うちの村の特産品にもなってた。

 周辺で採れる素材はありきたりだから、村で作ってるのは基本庶民向けの品。

 この扉に見合うような物は……う~ん、素材を持ち込めば、扉留めだけ作り続けてウン十年のガズン爺ちゃんなら作れるかもしれない。

 あの人、どう考えても庶民の家の扉に似合わないような凝り過ぎた意匠の物を時々作ってたから。

 そして近所の男の子達に戦いごっこに使われて、売る前に壊されてた。格好よくてちょうどいい長さだからね。


 さて、館の扉。石壁と接している縁や装具は金属が用いられているけど曇っているだけで錆は浮いていない。

 表面は複雑な紋様が浮き出すように全面に渡って精緻に彫り込まれていて、上下にふたつずつあるノッカーを囲むように草花のリースが、取っ手の上には貴族の紋章らしき物があしらわれている。


「全体に使われてる紋様とリースは、街で見かけた事があるような気がしますね。何処だろ、洒落た感じのお店だったような。紋章っぽいのは全然わかりません」

「何世代か前にも流行したジュネラ族の伝統紋様だ。たぶん街で見たのは懐古調の店だったんだろ。西から来たジュネラって話聞いた事ないか?古代を題材にした演劇や物語ではよく使われる配役だって師匠が言ってたが」

「演劇や物語の本なんて村人には縁が無いですよ~、それなりに高いんですから実用品の方にお金使っちゃいます」

「お前今村人じゃないだろが」

「都に出てきて数ヶ月です。お城に就職決まってからはまだ見習いなんで休みも最低限の買い物しか街に出てないですよ」

「そうなのか」

「まとめて時間が作れる休みの時じゃないと勉強できない事もたくさんありますから」

「じゃあこれが終わったら礼に演劇の招待券一枚やるから見てこい。庶民向けのも人気女優が出てると一応寄越してくるんだよな、お忍びで行く奴とか居るから」

「それは行きたい方にあげてくださいよ。勿体無いですから」

「人による。虫が好かん奴にやるのは嫌だ」


 それもそうですね。たぶん王家には公演の度に献上されてるでしょうから一々面倒なのでしょう。

 今回の随行の特別手当みたいなものだし、余ってるなら遠慮なく貰いましょうか。一度は見てみたいしね!


「で、紋章は」

「全然わかりませんよ。縁の形は私のお仕着せにも刺繍されてるのと似てるなってわかるけど、中はさっぱり」

「八角形と各頂点にある外側の円は、王国の公組織共通の意匠だ。内側も円なのが文官系、四角だと武官系を表す。その他はお前のと同じ斜め交差。ちなみに王族は内側にもまたそれぞれ八角形と頂点円な。公有物には大概付けられてるから、覚えておけ。これは円だから領主館である可能性が高いわけだ。地方だと、他にこの意匠が付けられるような建物無いからな」

「古代から使われているんですね」

「お陰で紋章が入った物は調査の時に大いに参考になる。普通の紙なんて数年も保たないから写し続ける者が居なければそこで途切れる。本一冊丸々加工するのに劣化防止の魔法を使える奴を城中総動員で三日三晩徹夜だっていうからな。魔力の質量が比較にならないくらい豊富だった時代でも、気軽にはやらなかっただろう」


 この館や結界の維持に使われている魔力量を考えたら、もしかしたら当時の文書が残されている可能性も期待していいかもしれないけどな。

 付け加えられた呟きは、考察というより願望の響きに聞こえた。


 都では結構気軽に紙というものが記録にも娯楽にも使われている。

 粗雑品なら安価で手に入れられるので私も仕事のメモ用に一冊買った。あると便利だもの。

 木材の繊維を原料に薄くて軽くて、板や布に比べて書き味がいい代わりに耐久性は低くて湿気にも乾燥にも弱いのが特徴。

 特に直射日光は高速で劣化分解が進み、読めないどころか触っただけで粉々になってしまうので紙にとっては天敵。

 長期に渡って保存しようと思うとそんな苦労があるんだ。

 どうりで村じゃ木板なわけだ。用が済んだら薪にできるし。


「共通意匠の内側は様々だ。昔は種族毎の自治領の集まりで国という括りは緩かったから城に記録無いんだよな」


 これは不明の紋章らしい。

 領主時代のラウニー族の紋章だったとしたらうちの村には今残されていない。

 繰り返しや対称で使いにくい形だし、紋様で使われている意匠だったら変わった記号の並び方で印象に残ってると思う。


「俺の推測なんだが、左にある四角の中に横線ふたつ。これ棚で、中央と右の記号はテーブルと椅子じゃないかって気がする。で、下の鳥の脚が寝てるようなのが箒」

「……っ!?」


 その発想は無かった。

 言われてみれば、すごく単純な記号化されてるけどそう見えなくもない。

 あ、すごくラウニー族っぽい。ああ、すごくラウニー族っぽい。

 家具と掃除道具。思いっきり種族特性を表現してるじゃないですか!


「な、そんな気がするだろ」

「ラウニー族の紋章だとしたら、この上なく相応しいですね」

「納得したところで、そろそろ魔力流してみるか。どのくらい必要かわからんから、少しずつゆっくりな。気持ち悪くなったら手を離せ、俺が後ろで受け止めるから」


 何処に手を触れたらいいだろう。

 取っ手の位置は私には若干高い、ましてやその上の紋章など厳しい。時間が掛かると腕が疲れて辛そうだ。

 下側のノッカーはラウニー族用っぽいけど、左右の離れ具合がこれまた腕が上げっぱなしになって辛そうだ。

 両方の扉に流した方がいいよね?

 無難に手を付きやすい位置にしよう。扉全体に流すんだから何処触っても同じだよね?

 あ、小皿どうしよう。両手で捧げ持ったままだった。

 それにイメージ、イメージ!

 考えてなかったよ。扉に対して……浄化?

 樽に染み付いた匂いを取り除くみたいなイメージでいってみる?


 結局私が選んだのは、左右の掌に持った小皿を紋様が無い場所に押し当てて蛙のように扉に貼り付いた何ともいえないポーズだった。


 王子様、今後ろでプッと噴き出しましたね?

 聞こえましたよ!

 紋様が無くて平らで腕が辛くない位置がそこだったんだから、仕方ないじゃない!

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