館の前で砂遊び?
「ここに石碑があったはずなんだがな~」
「それっぽい量の色が周りと違う砂なら山になってますけどね」
指で触ってみた感触は、粒が小さく滑らかで金属製品等に使う磨き粉に近い。
あれも元は研磨用の石を砕いて加工した物だから、近い材質の石だったのかな。
あれから一度起きて警戒用の結界を張った後、三度寝に入った王子様と共にしっかりと休息を取ったから元気です。
ずっと空が明るいので、野営というよりは青空の下の昼寝という感じでしたが身体は睡眠を求めていました。
体内感覚が今は少しおかしくなっている。もう時間なんてさっぱりわかりません。
「魔力を通しやすい石ってのが昔は産出されていて、種族毎に対応する石が違ったそうだ。土地と種族の相性とも関連があって、石の採れる場所も限られていた」
拳一杯に握った砂をサラサラと再び山の上に落としながら語り出した王子様の表情は活き活きとしていて、城の応接室で見た姿と少しだけ重なる。
表情は同じはずだけれど完全には重ならないのは、服装の所為でも景色の所為でもなく。
人に囲まれていても目立っていた、あの虹色の髪の色彩が何だか冴えない所為だろうか。
結界から照らされる白く淡い光の下では、あまりキラキラしていない。全体に白っぽく薄れて見える。
語りだしたらまた長そうだけど、冒険活劇じゃなくて学術的な勉強になる話みたいだから今度はちゃんと聞こう。
石の話なら今の状況と繋がってるだろうしね。
魔力を通しやすい石。
この砂がそうなのかな。私にはただの磨き粉にしか見えないけど。
広大な版図を誇った古代の王国において、高品質な石材の主要な産地といえば全て西方にあった。
大地の強い魔力の干渉を受けて、透明度が高く宝石としての価値が高かったり、他に無い特殊な性質を帯びていたり、硬いのに加工しやすかったりと様々。
金属鉱も現代より多様で、今では幻とまで言われる存在の材料も稀少ではあったが採取できる土地が当時はあったらしい。
勇者が活躍するようなお伽話に出てくるミスリルの剣。あれ、文献や口伝を研究した人の報告によるとかつて実在した素材なんだって。
産地が魔境に呑まれた時に、今目の前にある砂と同じように粉々に朽ちて、その後はどんな高温の炉で溶かそうとしても元のように結合する事が無い。
ただのキラキラと金属的な光沢を帯びた石の粉なんだけど、当時所有していた人達の子孫や彼らから譲り受けた人が現代でも大事に保管している。
商売人の手に渡って市井に出回っている物はほとんどが偽物だそうだ。
それはそれで高い技術で作られていてイミテーションミスリルという名で現代美術の素材にも用いられるから違う価値があるけど。
ラウニー族はそういう風習が無いけれど、守り石を肌身離さず身に付ける種族もたくさん居る。
昔は本当に守り石といえる力があったけれど、今は何の効果も無いその石を生まれた時に両親が用意したお守り袋に入れて一生大事にする。
罪を犯した者が拘束された時や安全衛生が優先される場面では外す事を要求されるけど、ファルセディアの者は決して粗雑に扱わない。
種族の違いを互いに尊重しあう、これファルセディア建国以来の基本理念。
これは私も小さい頃に教わった。外の国はファルセディアとは違うから行くなら相当の覚悟が必要だという怖い話と一緒に。
「ラウニー族が守り石を持つって聞いた事が無いが、試しにお前も魔力を通してみろ。ここにあった石碑にはラウニー族の聖地って書いてあったんだ、お前なら俺と違う結果が出るかもしれん」
「私も生まれてからずっとラウニー族の村に居たけど、聞いた事がありませんよ」
「行政の部門で使ってる種族録にも記載は無いはずだ。ラウニー族に関する予備知識が必要だと思って、城に戻った時に頼んで見せて貰ったんだが。異種族の生活様式に適応能力が高く、集住地区においても魔法特性と密接する部分に関して以外は頓着せず様々な種族の文化風習の合成が見られる。注意事項なし。これ、その通りか?」
「う~ん、集住地区ってたぶんうちの村の事ですよね。文化風習の合成って言われてもわからないですよ、村の風習はそれが当たり前だと思って育ってるから」
「俺もわからん。王都も似たようなものだからな。利便性や流行によって生活様式なんて変わるし、元は何処かの種族独自だった道具を、今では当たり前にみんな使ってたりする。ルーツを調べていくと、この服ひとつでも材料から紡ぎ、織り、染め、形状等と辿る先が枝分かれしたり合流したりして面白い」
「そうですね。王都は特に物が集まってくるから選択肢が広くて変化も速そう。村でも行商人さんが持ってきた種を試しに植えてみたり、街でいい物見つけたら買ってきて使ったりしてました」
「商売人ならその辺詳しそうだな。今度聞いてみるか。で、それはいいからお前もこの砂に魔力通してみろ」
砂の山の表面が湯でも沸騰するようにポコポコと蠢いている。これ王子様の仕業か。
砂を噴出させて目くらましする系の魔法を手加減して使っているんだろうか。
話しながら戦闘系の魔法をこんな使い方するなんて器用だ。潜んでいた虫が飛び出してきそうな見た目で気持ち悪いけど。
私の場合は、こねこねして何か小さな物を作る魔法が魔力通しやすいかな。
まずは砂の山に触れて……。
「気持ち悪いんでこれ止めてください」
蠢いていて何か触るのやだ。ってか王子様の魔力が邪魔!
土地の持つ魔力と違って他人の魔力とは反発しあうから、同じ対象に同時に干渉しようとすると力が弱い方が弾かれる。
今、私の魔力を通そうとしても無駄じゃない?
「すまん、威力を弱めたら持続時間が長くなったようだ。加減難しいな」
全然器用じゃなかった。
そうだね、肉を焼く時も強火でこんがりしかできなかった。
それよりは進歩してると思うよ。これ応用したら弱火で炙る事もできるんじゃないかな。
自分の意思で途中で止められないみたいだけど、肉の方を火から遠ざければいいんだし。
「じゃあ、お話の続きで。石碑には他に何か書いてあったんですか?」
「実は書き留めた紙を城に置いてきた。まさか無くなってると思わなかったからな……」
「ええ~」
「瘴気が迫ってきて土地を離れなければならなくなって、離別を惜しみいつか子孫が帰還する事を願う。そんな内容の詩文。俺、詩の暗唱は昔から苦手なんだよな。領主の子孫の血に宿る魔力が館に封印した魔力と反応して、扉の中に誘う。最後がそんな内容だったのは覚えてる」
蠢きが消えて静かな砂の山に戻った。
館の扉に魔力を流す練習、と思ってやってみようか。いきなりあの建物でやってみるの何か怖いしね。
砂に魔力を通してこねこね……。
……!?
驚いて周囲を見回してしまった。
もちろん王子様しか居ない。誰も居ない。
味見の時に使うような小皿をイメージして作ってみたんだけれど、不思議な感覚だった。
まだ一人で魔法が上手く使えない頃、父さんや母さんに補助して貰った時みたいな。
外側から魔力を添えて柔らかくぎゅっと私の魔力を支えて貰ってる感じというか。
王子様なわけないよね。
挙動不審にきょろきょろする私を不思議そうに見ている。
「どうした?」
「魔力を通しやすいっていうか……今誰かに手伝って貰ったみたいな」
「俺は何もしてないぞ」
「ですよね」
「昔には存在していたという本物の守り石の効果そのものじゃないか。他の種族にとってはただの石。でもその種族にとっては助けになる」
「これ守り石なんだぁ……そういう効果のある他の石じゃないんですか」
「あったら伝手を探して入手して持ち歩くぞ俺なら。そんな便利な石」
「もう一回試してみていいですか」
二度目も同じだった。
「二枚とも持ってろ。砂になっても零さないように気をつけてな。扉を開ける役に立つかもしれん」
「わかりました」
小皿を二枚、両の掌で下から包むように持った。
そして思いました。
もう少し何かこれから儀式するぞ的な見栄えにすれば良かったな、と。
食器を持って、王子様に付いて行く普通のメイドです。
王子様これからおやつですか?
何なら、非常食を一粒載せましょうか?