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ラウニーの箱庭  作者: 白石苗穂
序章 ~魔境の奥地へ連れられて~
7/22

王子様、二度寝。そして……

 日暮れはいつまでも訪れない。

 主観的には結構な時間が経過したとは思うのだが、結界の光は相変わらず曇天の日中のような視界に支障の無い明るさを維持し続けている。

 時を管理するような道具も無く、指標となる太陽も月星も無く。あてになるものといえば腹具合等の自分を基準とした体感時間しかない。

 景色は何も変わっていない。眠れる王子様の介抱もできる事は少なく、見守るように座っていた時間の方が長いはずだ。

 顔色は幾分かは血の気が差してきたように思える。希望がそう見せるだけで、気のせいかもしれないけど。


 目が覚めたらお腹空かせてるかな。今日は何も採取してないから携帯非常食と水しかないけど。

 見渡す限り地面は全て乾いた固い土。生き物は自分達以外草ひとつ見当たらない。

 こうして見ると建物だけが維持されているようで異様だ。

 まだ魔境の中の方が、植物も生えてるし世代交代が早いせいか瘴気に満ちた環境に適応した虫や動物が居る。

 風もそよがず、ただひたすらに静寂。


「……みず」

「えっ?」


 覚醒は何の前触れも無く突然だった。

 顔だけを横に向けて、先程まで瞼に隠れていた翡翠色が弱々しくこちらを見ている。


「水ですね、ここにありますっ。ええっと、身体起こして飲みますか?」

「まだ力が入り難いから、起きるの手伝ってくれるか。座れば大丈夫だと思う」


 起き上がる補助くらいなら、非力な私でもいけるはず。お安い御用。


 ……っ、重い。

 えっと腕力じゃ無理だったので、王子様の背中に潜り込むような感じで肩を使って起こしました。


 外れかけの分厚く固い革鎧が不意に当たってちょっと痛かった。

 そういえばそうだった。留め具を全部外したから背中に敷いてただけの状態だったものね。

 危なくないようにこれも脇に除けてっと。

 うわ~、こんな重たいの身につけて歩いてるんだ。

 長剣ほどじゃないけど、鎧も革で出来てるとはいえ結構な重さがある。

 戦う人ってすごい、これで軽々動けるんだから。街の兵士さんも尊敬。

 金属の鎧を付けてる騎士さんや馬に乗ってる全身甲冑の人に至っては、想像を絶する。


 上半身を起こした王子様の姿勢が安定したので、水袋の口紐を解いて慎重に手渡す。

 呷って引っくり返るといけないので、膝立ちで横から袋に手を添えて飲みやすいように。


「……美味い。水が甘く感じる」

「まだもう少し飲みますか?」

「いや、とりあえずいい。……樽を下ろして転がった後、そのまま気絶したって事か」

「顔色が悪かったから、直前の状況から魔力枯渇かなって思ったんですけど」

「たぶんそうだろうな、前にやらかした時と感覚が似ているし」

「やらかした事あるんですね」

「子供の頃に訓練で、魔力足りなくて気持ち悪いの我慢してそのまま攻撃魔法ぶっ放したら倒れた」

「うわ、王族がそんな事したら訓練見てた人の方が真っ青になって倒れそう」

「目覚めたら婆やにこっぴどく叱られて、一ヶ月も部屋で謹慎させられた。教師はまぁ……本人の希望で交代した。強かな爺さんだから、顔合わすと昔の事を掘り返してくるぞ。未だにぴんぴんしてるので心労は隠居の口実だったと思うが、俺が直接の原因なのは確かだから戻れとは言えなかった」


 それなりに元気が戻ったのか、饒舌に喋るなり飲み終わった水袋の口紐を綴じてそのままポヨンと私の掌に落とした。


「まだ動く気がしないな。調子戻ってないし、寝てたのに眠たい。結界張るのもきついが、この辺の様子はどうだ」

「……う~ん、ここに来てから何の危険も無いし、大丈夫だと私は思うんですけど」


 経過時間も含めて、これまで私が感じた事を王子様に伝えて共有する。


「お前まだ起きてられるか?」

「気を張ってれば遅い時間まで起きてられると思いますよ。これじゃ夜と朝がいつか全然わかりませんが。非常食はいい眠気覚ましですし」

「ああ、あれか。俺は今すぐ寝たいから食べないで寝るわ。一回寝たら警戒の結界を張れると思う」

「わかりました。装備は……」

「起きるまでこのままでいい。起きたら身に付ける。悪いが、寝るわ」


 介抱の際に頭の下に差し込んだクッションをそのまま枕にして。マントを敷いたまま毛布に包まって再び仰向けに横たわる王子様。

 しばらくこのまま……か。でも王子様と話せて気は楽になった。何だかんだ言って頼りになる。やはり私一人にこの状況は荷が重い。

 もう少し魔力が回復すればいつも寝る時のように結界を張って貰えるから、そうしたら安心して眠れるだろう。

 小腹は空いてなくもないけど、非常食摘まむのは後でいいかな。

 眠くなったら食べよう。評判通りの味ならきっと覚醒する。舌が激怒するってどんな味だ。

 ところで用を足したいけど王子様がもう少し深く眠ってからにしよう。

 身を隠す場所、何処にも無いじゃない!

 あの建物なんか怖いから一人で近付きたくないし。結界の近くも光ってるから何か嫌だ。


 土製の小さいスコップなら作れるかなぁ。土なら目の前にあるし。こういう道具って作った事ないんだけど。

 村にあったのは柄が木材で刃の部分は金属製だったし。イメージが微妙に異なる。

 あっ、三角の皿ならどうだろう。スコップの刃みたいな形をした皿。いや柄の付いた小鍋を尖らせた方がいいか。それなら持ち手がある。

 地面の土に魔力を流し込みながら、頭の中で粘土を捏ねるみたいに作りたい形に近づけてゆく。

 形が細部まで完成したら、その集中を維持しながら追加の魔力で包んで凝縮して固めてる。じっくりと。しっかり仕上げないと地面の固さに負けてしまう。

 出来た。素焼きの片手で使える小さなスコップ。周囲は練り上げるのに使った分だけ地面がへこんでいる。


 たった一回のトイレタイムの為だけに、魔力の無駄遣いと言えなくもない。

 でも、用を足した痕跡を残したくないじゃない!

 王子様は全然そういう事を気にしないように見えるけど、私は気にする。


 あ、もう少し離れたとこで作れば良かったな。

 このへこんだ部分を掘れば、少し労力減らせたのに。


 王子様ぐっすり寝てるかな……ちょっと頬に触れてみる。よし起きる気配ない。

 万が一目が覚めてもいいように樽を挟んだ少し離れたとこに掘って。

 よし、後ろからは見えない。音もこのくらい離れれば。臭いは魔法使います!

 思いっきりスカートたくしあげてズボン下げてますから見られたくない格好です。


 ……ふぅ。


 スコップはまた時間が経てば土に戻ってしまうから、このままここに置いて戻ろう。

 明日は明日、その時だ。

 たぶん回復しちゃえばすぐに建物へと向かうと思うから。

 かつては人が活動していた建物なら、当然あるよね。古代と現代でそこまで身体の作りは違わないはずだもの。


 王子様の近くに戻ってからは相変わらず何もする事がない。暇だ。

 野営でいつも眠りについてた頃合にはなってるんじゃないかと思う。朝陽が現れるまで移動できないから、結構早めに寝てた。

 眠気はまだ来ない。


 ……。


 いい加減、眠くなってきた。王子様はまだ起きない。疲れてるから夜明けくらいまで起きないんじゃないだろうか。

 もうここの時間間隔わからないから、朝も夜もどうでもいいけどね。でも今まで太陽に合わせてた身体のリズムが狂いそう。

 非常食、そろそろ食べてみようかな。


 ……!!


 口に入れるまでは無臭で、黒い土団子と丸薬の中間という全く食欲をそそらない見た目でただ苦そうに思わせて。

 少し齧り、舌に欠片を乗せた瞬間に発揮する本領。

 辛味は全くないのに鼻と耳にまで突き抜ける刺激的な何か。

 微かな塩気を即座に覆い尽くしてくる強烈なえぐみというか混じり過ぎてて特定できない味の次々と訪れる奔流。

 先陣を切ったのはすり潰した生の薬草っぽい味だけど、肉とか魚とか果実とか野菜とかまた薬草とか、更に薬草とか。


 ナ、ニ、コ、レ!!


 まだ一口目だよ。親指と人差し指で輪っかを作った程度の大きさとはいえ飲み込んで腹に収まるまで、結構な試練だよ。

 助けを求めて水を口に含めば、子供が嫌がる身体にいいけどとっても不味い薬湯の如く。

 一個を完食する頃には、舌が激怒すると表現した気持ちが良く理解できた。

 一個で充分です。もういいです。これでお腹膨れるらしいし。


 非常食のお陰で、まだしばらく起きてられそう。

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