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ラウニーの箱庭  作者: 白石苗穂
序章 ~魔境の奥地へ連れられて~
6/22

雨天決行、結界突破

 樽を叩く雨粒の音。

 雨漏り防止に蓋の縁に詰めた葉の香りが濃厚に感じる。

 残念ながら出発してから途中で雨が降り始めましたが、王子様は快調に駆け続けてくれました。


「暑い。早くマント脱ぎたい」


 揺れが止まったと思えば、うんざりとぼやく声が。

 前をしっかり留めて疾走してたら、さぞマントの中は蒸してるでしょうね。自分の体温で。

 気温は特に肌寒くもなく、どちらかといえばぬるい……というところですし。雨も粒は大きいっぽいけど音の間隔は遅いくらい。

 ボツッ……ボツッ…という感じ。これからザアーッと来る前触れのような。


「おい、聞こえてるか~」

「聞こえますよ~。何でしょうかウィル様」

「遺跡の周りの平原は雨宿りにちょうどいい場所が無いんだよ。着くまでに止んでくれりゃと思ったが、残念ながら今の状況だ」

「むしろ本格的に降り出しそうな空気で嫌な感じですね」

「やり過ごせそうな野営ポイントまで離れるか、このまま休憩なしで突破するかだ。幸い今日はまだ魔獣に遭遇してないから余力はあるが」

「遠いんですか、その場所」

「心当たりのとこは朝出発した場所より距離があるな。だからこのまま結界に入っちまった方がいい。空まで覆ってたら雨も防いでくれるだろ」


 どっちがいいか、じゃなくて答えは決まってたけど考えを纏める為に言葉にしたみたい。

 ここに来るまでに魔獣相手に体力魔力を余分に消耗してたら、一旦撤退して出直す案に傾いたかもしれないけど。


「突っ込むぞ」


 返事はできなかった。一瞬、息が詰まった。


 見えない何かが詰め込まれたような圧迫感が樽や荷物と私の間に満ちるような感覚。

 呼吸できないわけじゃない。若干胸苦しい感じがするけど、空気自体は変わっていない。

 魔力の結界で押し返しながら進むと言っていた。これが遺跡の魔力なのか王子様の放った魔力なのかはわからない。

 ただ自分の魔力でない事だけはわかる。あまりの濃密さに、身体に馴染んでるはずの自分の魔力を見失って掴めない。

 雨粒の音はもう聞こえない。揺れも感じない。さっきまで触れていたはずの布や革の感触もない。

 暗所も閉所も平気なのに、これ何だか怖いな。

 ただ結界だと思われる圧迫感だけを感じ続ける時間が続く。


 自分の鼓動がとくとくとやたら速いのが、唯一掴みなおした感覚。

 少し落ち着く為に心の中で数でも数えていよう。


 いち……に……。


 ななじゅうは……ふぁ!?


 突如消えた圧迫感。不意打ちで前方に持っていかれる上体。

 粗い布地に顔を押し付ける感触。王子様の急制動対策で詰め込んであるミニクッションだ。これのお陰で直接固い樽にはぶつからない。

 押し潰されていた自分の魔力がじんわりと広がる開放感が心地良い。

 ゴトンと樽の底縁が地面に当たった音がやけに大きく響いて聞こえる。お尻に衝撃はさほどないから、耳の錯覚か。


「……ウィル様?」

「…………」

「ウィル様?大丈夫ですか?」

「……あぁ。結界の中に着いた。後ろの樽まで包んだらぎりぎりだった。だるい」

「開けて出てもいいですか?そのままだと風邪引くから、汗拭わないと」

「……出て、いいぞ」


 急いで樽の上に登ると、王子様がマントを着込んだまま五体投げ出した姿勢で仰向けに倒れているのが見えた。


「えっ、ちょっ、大丈夫に全然見えないです!」


 焦りつつも踏み外さないように梯子を降りて、樽を回り込んで王子様の傍に駆け寄る。

 フードが被ったままなので鼻から下しか見えない。頬は元々白いからよくわからないが唇は確実に血色が悪い。


「マント脱がして鎧外しますからね!」


 とりあえず服だけの楽な格好にさせよう。魔境に入ってからずっと鎧付けたまま寝起きしてるけど、汗も拭いてやらないと。

 魔力枯渇だとしたら、気を緩めた瞬間には眠るように気絶してしまう。さっき声出してたけど、今はもう身じろぎひとつしていない。

 呼吸はしている。掌を翳したら生温かい吐息がかかるから大丈夫。気絶してるだけだよね、これ。


 フードを外すと、湿った前髪がおでこに貼り付いている。

 ああ、樽から乾いた綺麗な布を出してこなくちゃ。あと、クッションと毛布っ。

 留め具は全部外したけれど、背中側が筋骨隆々の成人男性の下敷きになってるので、そこから一度転がさないと。

 重いよな。私にひっくり返せるんだろうか。体格差があり過ぎて厳しい。

 シャツは上から被るタイプだから、これを脱がすのも難しい。伸縮性のあるタイトな生地が汗吸って余計に密着してるし。

 でも私しか居ないんだから、意識取り戻してくれるまで少しでも何とかしないと。


 そこに建物が見えるけど遺跡だから助け求めても誰も居ないだろう。

 王子様が回復してくれないと、何をどうする事もできやしない。


 マントは前を全部外して広げたから良し。長剣は王子様が自分で外して放り出してあるから良し。短剣もベルトのホルダーから抜いて長剣の傍に置いた。

 鎧が肩胸腹と腰周りの二つに分かれてるのはいいんだけど、どっちも身体を一周してるから留め具を外しても背中側が下敷きになったまま。

 左脇側に並んでる留め具だけで着脱できる簡素な作りなのを上半分だけ捲ったので、手で剥ける柑橘の厚皮を中途半端な状態で置いたみたいになってしまった。

 右脇側の留め具は見た目だけの飾りらしく、しっかりと縫い付けられている。

 服のベルトを緩めればシャツの裾は引き抜けるので、まずは上体の表側と首筋だけでも乾いた布で拭おう。


 王子様、私お世話係じゃないけど失礼しますよ~。


 問題は背中側なんだけど、しょうがないからシャツを乾かすだけにしよう。捲った裾はまた戻しておく。

 肌の不快感は残るだろうけどそっちは起きた後で自分で拭いてね。生物に対しては使えない魔法なんで。

 革手袋も肌に貼り付いてて脱がすのが一苦労。指先を一本ずつ引っ張ってから、ぽいぽいっと。

 シャツの両袖を掴んで、水洗いの過程は飛ばして洗濯後の乾燥をイメージしながら魔力を流し込む。

 パンツとズボンも同じように乾かしておけば風邪は引かないだろう。ブーツはこのままでいいや。


 毛布掛けたら暑いかな~。とりあえず腹にだけ掛けておくか。

 陽は……あれ、陽が差してないや。明るいのは何か空間が壁みたいになって白く輝いている?

 これもしかして結界の境界?

 虹を面にして広げたみたいな曲線を描いてて、空の方はどうなってるかよく見えない。

 樽の中で圧迫感あった時は何も光ってなかったけど。

 うん、結界の事はよくわからない。


 王子様、起きないね……。

 血色はまだ悪いままだなぁ……。


 魔力枯渇の人って自然回復して起きるまで対処法ないんだよね。

 土地の魔力が残ってるかもしれないと言ってたけど、瘴気ばかりの魔境の中だったらアウト。

 ここ大丈夫だよね?王子様、そのうち目覚めるよね?

 ある程度なら魔力って血液みたいに栄養と睡眠をたっぷり摂って養生すれば自己回復できるけど、完全枯渇したら外から取り込むしかないもの。

 他人の魔力を吸収して自分の物に変換できる特性を持つ人も稀に居るけど。

 魔力は同族間でも血族間でも基本的に自分以外のは異物だし、そもそも枯渇してたら変換する事すらできない。


 枯渇する前に相当具合悪くなるはずなんだけど、途中で諦めず頑張ったんだなぁ。

 これで建物の中に入れなかったら私、本当にただのお荷物だね。


 光ってる空間に背を向け、王子様の枕元に腰を下ろして膝を抱え込む。

 正面には建物の威容がある。石を組んで造られた大きな建物。

 等間隔に突き出ている柱の部分がそのまま煙突になってるんじゃないかってくらい太い。

 装飾性は全くないので大きな窓が並んでなかったら砦にも見える。

 扉と窓は木材で出来てるように見えるけど、朽ちないのかな。原型まま残っていて不思議だ。

 屋根裏を含めて三階の高さがありそうだろうか。屋根は石のスレートで、欠けている部分も無いようだ。


 雨も降らず、太陽の光も射さない結界の中。

 ぼうっと見上げた謎の建物は、ただ静かに古色蒼然と。しかし朽ちる気配も無く毅然と佇んでいた。

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