到着前夜、王子様と夕餉の雑談
そうそう、旅に出てから王子様に声を掛ける時は愛称のウィル様で呼んでる。
王都の外では大体そう呼ばせてるっていうから。
魔境に入る時に補給拠点としてよく寄ってるという村では、お馴染みらしく気軽に愛称で呼ばれていた。
私はお前って呼ばれてる。村に滞在中はルキネと呼んでくれたから覚えてなくはないと思うけど。
二人旅なので、基本的にお前で通じるから人里離れてからは全く名前で呼ばれてない。移動中はそんなに会話無いし。
今は焚火を挟んで向かい合った状態で、黙々と肉多めっていうかほぼ肉だけの獣汁を啜っている。
野草の知識が無い私には王子様がこれ食えるって言った植物以外を食材にする勇気は無い。
何せ、知らない土地だ。見た目似てても危ないから食べないのは野草摘みの鉄則。
村の近くでも時々間違えて毒草や毒茸で中毒起こす人が居るからね。先達の知恵大事。
王子様は内臓も頑健らしく、胃腸の不調起こそうが試しに食べてみた研究結果だそうだ。
良い子は真似しちゃいけません。
オグリー族の特性だから、って言うけど皆が皆そんな丈夫な内臓の種族なの?
南の公爵領では今も生肉や一般的には毒草と言われる植物を料理として出す風習が一部残ってるとは聞いた事があるけど。
飲食店には明示を義務付ける国法があるから旅人向けの店なら安全だけど、家庭料理は気をつけた方がいいらしい。
これ、種族文化が際立ってる土地へ行く時の豆知識。
念の為、浄化魔法はかけてます。食材の風味も一緒に落ちるから普通は料理の時には使わないんだけど。
癖のある肉の臭み消しにはならないけど、一応無いよりはましな汁の風味付けにはなってると思う。
王子様オススメの献立よりは食べやすいと思いますよ。
肉は下処理無しの強火で毛皮ごと丸焼き一択、付け合せに野草の生サラダ。
少なくとも私の舌と胃にはあんまり優しくなかった。初日の体験で終了。その後は私が献立を決める事で合意した。
毛皮は焼いて剥いだけど、下の脂は肉と一緒に煮込んで汁の旨み出しに使えた。あるとないとじゃちょっと違う。
短時間だけ使う素焼きの器程度なら土があれば私の魔法で生成できるから煮炊きはできる。ただ練度が足りないので一回きりの使い捨て型。
時間が経つと結合が取れて土に戻ってしまう。寝て起きたら跡形も無く崩れてる。練習したら少しは日持ちするようになるのかな。
村では食器作りが好きな人達に混じって友達がよく練習してたけど、私デザインセンスが要る魔法はあまり向かなかったからなぁ。
「魔獣と遭遇しなければ、明日の昼間には結界の近くまで行けると思う」
先に完食した王子様が、お腹が満ちて若干眠気がきたのか大きく口を開けた欠伸を見せてから言った。
既に結界魔法は張って貰ってるから、寝られても問題はない。魔獣が警戒線を越えたらちゃんと起きる。
加減は適当でも強力な攻撃魔法をさらっと撃てるので、周囲が開けているこの場所なら闇の中でも退治してくれる。
「ま、日暮れまでには確実に着くだろけどな。結界突破の余力は残しときたい」
「結界ってどういう種類のが張られてるんですか。これとは違うんですよね」
「圧力で押し戻すには常時魔力を込めてる必要があるからな。やればできるけど、野営でまでそれやると俺疲れる一方だし。遺跡の結界は範囲が広いが強度だけなら俺が全力出したのと 同程度よりやや下かな。だから小さな同じ結界で押し返しながら進む事で突破できた。起点も多数で円形に組まれてるから、その内側まで辿り着けばいい。今回はお前も連れてるからその分だけ前よりも大きい結界を張る必要がある。たぶん突破したらへとへとでしばらく動けんな。中に魔獣は居ないから一旦そこで休む予定だ。その先何があるか未知の世界だし、全回復しないとな」
「この警戒線の結界はそこまで魔力使わないんですか。ウィル様が寝てても解けてないですけど」
「警戒線型は最初に必要時間分の魔力を込めれば、後は術者がコントロールしなくても勝手に維持する。弾く力は無いが、何も来なければその間に休息できるから動かない時には使い勝手がいい。ラインが発動時の固定だから、移動時には使えない」
ラウニー族には使えない魔法だから、新しい知識で勉強になる。あれ、でも遺跡に張られてるって事は古代ラウニー族は結界魔法も使えたのかな。
でもうちの村みたいにラウニー族ばかりが住んでたとは限らないか。同じファルセディアだったら街と同じで様々な種族が居たかもしれない。
そんな強力で広範囲な結界を永続的に張れる人なんて聞いた事ないから、同じように失われた古代種族なのかな。結界魔法が得意って何族だっけ。
得意な特性じゃないのにこれだけ使いこなせる王子様って万能だな。武器も魔法も天才の噂は、私の中では事実で確定中。
真面目に語ってる時は、頭良さそう。炎の向こうに垣間見える翡翠色の瞳が理知的に見える。
普段もこうだったら側近に馬鹿と言われたり疲れが滲み出た声を出されたりしないとは思うけど。
「あれだけの結界が遥かな時を経て稼動し続けてるんだから、土地の魔力は未だ死んでないんだろうな。発見した時は浮かれて気が逸って、建物と石碑以外の観察をせずに戻って来てしまったが」
「建物に入れなかったんでしたっけ」
「ああ。見た目は普通で。古い石造り様式の領主館という感じだった。似た外観を絵画で見た事がある。母上の生家が代々の絵画収集家でな、古い絵を複製させて今に残してあるから朽ちたであろう原画はその時代に描かれた物なのかもしれない。どのくらい昔か、何処の領主館だったのか、そこまでは記録が残っていないが。周囲に描かれていた人物も外観的な特徴は無かったし。お前もそうだな、ラウニー族って言われなきゃわからん」
「特徴と言える程極端に小柄じゃないですし、見た目が似てる種族はたくさん居ますからね」
若干小柄に見えるのは遺伝です。村に居た時はラウニー族しか居ないので平均的な体格で通ってました。ちなみに母さんよりは背が高いです。
「領主館というのも推定だ。絵の元のタイトルが何だったかは知らないし。ただ、あれだけ大きな石造りの建物というのは砦か領主館くらいだからな。城も一番古い部分はそのぐらいの大きさだったらしいぞ。かなり昔に改築してもう現物は残っていないが、当時の記録は城官が管理して残している」
「かなり昔の資料もちゃんと残してるんですね、資料の数もすごそう」
「専門の部署がそれだけの為に存在してる。紙に囲まれて読んだり書いたりするのが趣味という奴の巣窟。志願者が定員空きを順番で待ってる程に文官の一部に人気の部署だ」
ああ、私みたいに天職を求める人達ですね。好きな事と得意な事と求められる事が一致するのは、いい事です。
メイドは順番待ちじゃなくて良かった……。
うん、このお供が終わったら私も天職堪能の生活に戻れるはず。探検なんて全く畑違いだから、早く戻りたいなぁ。
「一応名前だけだが俺の管轄にはなってるんだ。考古学の役にも立つし急ぎの決済なんて発生しないからって兄上が兼任してる役職を回してくれた。主席教育係だった爺さんがヌシ
で居座ってるからやりにくいってのが本音だろうが。俺の時の主席は今父上の傍で政務に関わってるから、式典以外は顔合わさなくて済むしな~」
城の中で文官を束ねる役職も持ってるんだ、名前だけの名誉職っぽいけど。何となく勝手に武官系だと思ってた。筋骨隆々の身体つきから。
「そろそろ火が弱くなってきたから毛布に包まっとけ。先に起きた方が朝の分の薪に火を付ける係な。起きたら朝飯ができてるのが理想だな」
「さっき野草のペースト塗って焼いておいたのを、器作って蒸すだけだからすぐですよ」
朝餉は今は大きな固い葉を重ねた中に包んで置いてある。私の作る器が朝まで保たないから。
使い終わった食器も調理道具も洗う必要が無い。放置しておけば土に戻ってしまうから手を掛けても無意味だ。
魔力を毎回使うけどこの方式で良かったと思う。食器や調理道具を樽に入れて持ってきていたら、あの道中悲惨な事になっていただろう……私が。
刃物は王子様が持ってる短剣を借りればそれでいいしね。途中で何切ってるかわからないから使用前に衛生面だけ気をつければ。
「魔獣が来ても気にせずぐっすり寝て先に起きれよ~、おやすみ」
いや気が張ってるから、小さな物音でも近くで戦ってる気配したら目が覚めちゃいますけど!
まあ役に立たないんで大人しく毛布に包まったまま夜明けまで寝ていますが。樽の中で。
はい、樽の中です。
身体伸ばせないけど地面に直接毛布敷くよりは寝やすいし、必要な時はそのまま運ばれる手筈で同意してる。
王子様はマントを広げて敷いた上に毛布を掛けて寝てる。いつでも動き出せるように腰から外した剣に手を掛けたまま。
遺跡に着いたら樽から解放されるのかな……。
それとも樽の住人、続行なのかな……。
考えても仕方ないそんな事より、明日も天気良いといいな。
そう思いながら今宵も訪れた眠りの気配に身を委ねた。