魔境の中の二人旅 in 樽
前半に挟みこんでる背景設定は読み飛ばして問題ありません。
途中から視点戻ります。
可住領域の一角を占めるファルセディア王国。
最古の歴史を持ち、遥か昔には広大な支配領域を誇り世界を統べたと語られる版図は現代では南北に細長く総面積は未だに他の諸国家を上回るが、魔境の影響を直に受ける為に年々縮小している。
文化や風習の違いや諍いから単種族を中心に構成された新国家が多い中で、ファルセディアだけは建国王が夢見たという多種族共栄の理念を掲げ続ける。
世界平和の象徴あるいは古代を継ぐ守護者と云われるこの国の軍隊は、拡大し続ける魔境から溢れる凶暴な魔獣達との戦いの為にあった。
魔境の防波堤。それが現代のファルセディアに期待されている役目であり、他国と不可侵不干渉を結ぶ条約の要であった。
魔境とは、瘴気が覆い尽くし大地が本来持つ豊かで清浄な魔力が衰退した領域の事を言う。
多くの種族が保有する魔力は元来その発祥起源たる土地由来のもので、その土地に居てこそ持って生まれた特性の本領を発揮する。
魔力の分布濃度は世界一律ではなく、大陸の西側に密度が高い地域が集中し、固有特性が強い種族の多くが西側発祥と云われる。
多くの種族が伝承に語られる古代同族が保有していた能力を失っているのは、その土地を追われた所為であると。瘴気と呼ばれるエネルギーも大地が放つ異にして同なる魔力の一種かもしれないとの見解が、その説を裏打ちする。
西方に魔境が発生して拡大している理由についても同様。文明種族達にとって益か害か、呼称の違いに過ぎない。そして魔獣は瘴気を持つ土地を発祥とし、起源たる土地を主たる生息圏にしている為に凶悪な強さを発揮するのだと。
実際、魔境以外で時折見られる同系の魔獣は繁殖しても脅威度が低く、人里近くに現れても撃退はそう難しくはない。
魔境内の探索は困難で過去に幾度も多大な犠牲を出している事から、現在では自己責任での探求しか行なわれていない。
王都が立地するファルセディア中央部は古代より連綿と続くディモア族の発祥起源たる土地。双翼と呼ばれる南北の公爵領は各々の土地で古代の特性を残すオグリー族とウィズリ族。
多種族共栄圏で同族婚の風習が廃れた国で、王侯貴族が血統に拘る理由はその三種族だけが圧倒的な力を未だ保つ故。
周囲の魔力を吸収し自らの望む属性に再構築するディモア。
身体能力が極めて高く疾風の動きと頑健さを兼ね備えたオグリー。
多属性を同時に操り変幻の魔力操作に長ける美貌のウィズリ。
混血の子孫は大半がどちらかの特性を受け継ぐが、極稀に両方の特性を備えた者が生まれる。
次世代にはまた何れかの種族の特性が強く現れる為、それは一代限りの個人的特徴として扱われるに留まる。
第三王子ウィルキンスは見た目こそ典型的なウィズリ族だが、特性の面ではオグリー族の血の発現が強い。兄達は二人ともディモアとウィズリの両特性持ちに生まれ、彼らと似ているのは外見だけである。
英才教育として各方面の一流教師の薫陶は受けたが、持って生まれた性格と嗜好も相まって戦闘馬鹿に育った。それでも興味の方向が戦闘一辺倒に向かなかったのは、薫陶の中で考古学が彼の浪漫心を刺激したお陰か。
失われた古代種族の遺跡を探し巡り、歴史浪漫を探り出す。誰もが躊躇する魔境で探索できる俺カッコイイの自賛。
身軽な単独行であれば、魔獣をいなして振り切る事ができる。倒すとなればきりが無いし、体力の限界や致命的な負傷を受ける可能性もあるが。
戦闘に関しての直感と判断力は鋭く、大きな怪我もせずに戻ってくるので最近ではもう誰も止める事がない。
ルキネは今、その戦闘馬鹿の驚異的な身体能力を不本意ながらも堪能させられていた。
魔境に入るまでの間にも、道中で充分に体感させられてきたが、それはまだ甘い方と実感する。
「無理、無理~。ウィル様!これ終わったら休憩してっ!?」
「あぁ?こいつらを倒すか振り切れるまで待ってろよ。ちょこまか連携して人の前に回りこみやがって、中々前に進めねえんだ、よっ!」
外が見えないからどうなってるかは、わからない。
わかるのは、何度も方向転換して、たぶんフェイントだろうけど回転量がやたら多い時もあり、樽の側面に何かが当たる衝撃もある。
たぶん今対峙している魔獣はそれほど大きくはない。樽に弾き飛ばされる程度には柔らかくて軽いんだと思う。
街を出る前に調達して貰った布を利用して大量のミニクッションや梯子カバーを魔法の訓練も兼ねながら作ったりしたけど、王子様の荷袋が何気に邪魔。
試行錯誤の末、抱きかかえるのが一番姿勢的に楽だと思ったけど、動きによっては使い古された革に顔面を押し付けるはめになる。
脚の下に置いても、横に置いても、長時間同じ格好でいるのは微妙な姿勢になる。王子様の荷物をお尻の下に敷くのは微妙だ。食料も入ってるし。
まさかの縦回転とか勘弁して欲しい。
重い中身入りの大きな樽を背負って、何でそんな動きできちゃうの。
樽ごと地面に叩き付けられるんじゃないかとドキドキする……よりも気持ち悪い。閉じた瞼の下で眼球が変な感じする。
いっそ意識失ってしまいたいと、グッタリ感に身を任せる。
……!?
「ちゃんと生きてるか~」
瞼の向こうが明るい感覚。これは樽の中では無い。目を開けるのもしんどいからこのままでいさせて……。
頭の上に何かが乗せられ、ちゃぷんちゃぷんと柔らかい重みが。
……何してんのさ。
「よし気が付いたか。息が整ったらもう少し進むぞ、野営に適した場所があるから」
状況を判断できる思考力が戻ってくると、馬鹿馬鹿しい現実がそこにある。
私、今ミニクッションと一緒に地面にぶちまけられている。
そして頭の上に革の水袋を載せられ、その遊ぶような上下運動で目覚めたようだ。
どういう意図の起こし方なのか見当が付かない。
たぶん手に取ったから何となく?程度の行動だろう。
うつ伏せに投げ出された格好のまま顎を浮かせて目線を上げると、地面に腰を下ろして水袋からぐびぐびと美味そうに飲んでる人が居る。
「飲むか?泉がこの先にあるから、別に空にしてもいいぞ」
「いえ、着いてからでいいです」
畏れ多いとかの気持ちは既に置き去ってる。
この人、途中立ち寄った村で受けた歓待とかでも平気で回し飲みに参加してるし。
そもそもそれ私の分って勘定で荷物に入っていた水袋だし。
王子様の分は先に空になってる。運ばれてるだけの私と違ってみっちり肉体労働してるから仕方ない。
泉での補給分を計算に入れて……るとしたら、最初からこっちの水袋もアテにしてたのだろう。
そりゃあ、トイレストップの回数あまり増やしたくないから、水分は必要以上に摂らないので余裕がある。
木陰とか茂みの中っていっても、魔獣が現れたら危ないから王子様の目の届くとこでするしかないんだもの!
戦闘中でなければお願いしたらちゃんと、いい具合に隠れられるとこに連れてってくれるけどね。
乙女の恥じらいも魔境に入った後は置き去ってきました。
ようやく起き上がって頭を巡らすと、横倒しになった樽から若干土に汚れたミニクッション達が私の方に向かって広がっている。
気絶した状態だったので、腕を突っ込んで力任せに引きずり出して安否を確認したって事かな。
すごく大雑把なのか焦った結果なのか。後者と思いたいが、ここ数日の経験から前者に間違いない。
ところで血生臭い。
さっきの魔獣に付き纏われた地点からまだそれほど離れてないの?
そんな危険な場所で呑気に樽の中身をぶちまけてていいの?
「結構長い距離走ったから腹減ったな。あ、晩飯これな。食える魔獣だからこれ肉食おうぜ」
「泉の近くで焼くんですか?」
「んー、飲み水確保したらあまり長く居ない方がいいな。見晴らしもあまりよくないし獣もかち合わなくてもそのうち来るだろ。適してるのはその林を抜けた先」
「血の臭いプンプンさせてたらついてきませんか。っていうか今もこの状態はよろしくないんじゃ」
「さっき戦ってた場所の方がたくさん転がってるし血も相当抜けてるだろし。まぁ大丈夫じゃね?」
でも早く立ち去るに越した事ないから、さっさと片付けますよ、私が。
太い枝に串刺しになってるグロテスクな物体はあまり直視しない方向で。後でどうせ丸焼きにするし。
チラ見でも、首が断面になっているのは充分見えたから。ついでに枝の断面も綺麗ですね。
確か剣しか持ってないよね王子様。この太い枝を剣でスパッと切ったとかすごいな。鉈でも難しいよ。
ミニクッションを樽に詰め込む前に山にして抱え、埃落としの魔法を唱える。
こうすれば足元に土だけが落ちる。後は樽に放り込むだけ。荷袋は大きいから叩けばいいや。
乾いた土だから浄化まで使うのはちょっと魔力が勿体無い。まだ野営の時に魔法使うからね。
「樽は俺が起こすから先に入っちまえ、お前には重いだろ」
「いいって言うまで動かさないでくださいよ!」
「よいせっと」
「動かさないでって言ったのに~!?」
トイレ以外のお願いはあまり聞いてくれない。