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ラウニーの箱庭  作者: 白石苗穂
序章 ~魔境の奥地へ連れられて~
3/22

確認の時点で前途多難

 閲兵式のように兵士がズラリと整列した奥に、帯剣旅装姿の王子様が腕を組んで笑みを浮かべて立っていた。

 陽射しを浴びた髪はやっぱり虹色に輝いている。

 応接室で見た時は服の仕立てもあってかそれほど圧迫感は無かったけど、こうして兵士の中に並べて見ると体格が良い。

 選り抜かれた城内の兵士と違って街警備も兼ねてる門衛詰所の人達は普通のお兄ちゃんという感じの人も結構多いけれど。


 革製の防具に覆われてない部分は動きを阻害しない程度にぴったりとした通気性の良い布地の長袖シャツとズボン。

 二の腕と太腿ががっしりとした筋肉質なのが布地のシルエットに浮き出ている。力込めたら、小柄な人を二の腕にぶら下げるとか軽々できそう。

 雨具を兼ねたフード付きの革マントは、今は胸元の金具一個だけ留めて肩の上から後ろに流している。この季節、晴れた昼間に羽織ってたら暑いからね。

 厚手の肘下まで覆う革手袋と膝下丈の編み上げブーツも使い込まれた風合い。腰に履いた長剣と短剣は柄も鞘も飾り気が無く無骨な感じ。

 重いんだろうな、あの長剣。若い男性でも他種族に比べれば貧弱なラウニー族で使ってる人見たことないもの。

 ほぼ鉄の塊で、斧や鎌みたいに軽量化し難い上に、戦いしか使い道が無いから。

 村で需要ないのに物珍しさの土産で買えるような値段じゃないし。街の鍛冶屋に行ったなら短剣を何本か買った方がいい。

 足元には肩に担げるくらいの革製の荷袋がひとつ。口をしっかり縛れば豪雨の中だろうと放り投げようと大丈夫な奴。毛布と食料、後は何が入ってるんだろ。


 王子様の装備をじっくりと観察したのは若干現実逃避です。馬車の小窓から覗き見えた景色にあるのはそれだけではなく。

 野次馬の都民が遠巻きに西門前の広場に溢れていた。

 ええぇ……ここでユンカース様エスコートで馬車から降りるのって注目浴びそう。


「心の準備はよろしいですか。降りますよ?」


 扉側に座ってるユンカース様が先に降りないと私は馬車から出られないので、順序は目上目下関係無しに必然。

 先に降り立った貴公子の姿に沸く女性達の歓声。

 応えるように優雅に手を小さく左右に振っている背中が見える。更にトーンを上げて沸く歓声。

 民衆に対してもサービスいいですね、ユンカース様。あれか、超然と立っている王子様の代わりに愛想振り撒く係か。

 微笑みを浮かべたまま振り返りこちらに掌を差し伸べているけど、ここで下級メイドが出てくるって変でしょ!?

 どうせもう姿見えてるし、覚悟を決めてさっさと降りたけど。意外と皆平然としていた。静かにしている。

 都民の皆様って第三王子様の奇行慣れしてるとか、もしかして?


「来たか。説明はしたなユンカース?」

「はい、それ程説明できる点がありませんでしたが。殿下、確認したい点が車中でひとつ浮かびました」

「何だ」

「その樽に入った状態での殿下との意思疎通でございます。生物たる者、長時間の移動となれば意思だけでは解消できない事態もしばしば発生します。その時に合図が通じるかどうか、予め試させて戴きたく存じます」


 そこまで言った後に、スッと殿下の耳元に顔を寄せ何事か囁く。野次馬がここでどよめく。主に若い女性からの黄色い歓声で。

 美貌の貴公子二人の至近距離ツーショットは目の保養でいい娯楽ですよね。晴天の明るい陽射しが余計にキラキラ高貴な雰囲気を際立たせているし。

 でもさっきの話の流れからして、たぶんトイレの話をしてるよユンカース様は。

 あっ忘れてたという顔するな王子様。やめて、こっち見ないで。


「進言感謝する。考慮しよう」


 鷹揚に頷く王子様と、一歩下がり流麗な礼をするユンカース様。

 誰かこの場で筆を走らせていたら飛ぶように写しが売れそうなくらい絵になるね。でも話してる内容はきっとトイレの話だ。


 ねえ、こんな皆が注目してる中で樽に入るんですか。解散させてくれませんか。

 私の中で一生に渡って色褪せる事のない黒歴史が一頁めくられそうなんですけど。

 まぁでも王子様が出立するまで帰らないよね、この人達。諦めろ、諦めろ私。


 振り返ったユンカース様の目がとても優しい。整列した兵士の方々も次に展開する情景を把握してるのか、ちらほらと温かい眼差しが。

 ありがとう、勇気付けられるよ。


 いざ王子様の後ろにデンと存在感高らかに置かれている樽の元へ。

 私の背よりは低い。横幅はあってずんぐりしている。

 三人で樽の側に立つと、遠くまでよく通りそうな張りのある鋭い声が列から飛ぶ。


「陣形変え!休め!」


 隊長さんらしき人の号令ひとつで兵士の方々が私達を囲う形に内を向いた密集の円陣を組んで、野次馬の視線を遮ってくれた。

 ザッザッザッと揃った小気味良く地面を踏み鳴らす足音。

 いつ段取りを聞かされたのか知らないけど、訓練の行き届いた完璧な動き。都の兵士ってすごいな。


「殿下、バンドに肩を通して待機して下さい。樽を兵士に支えさせてもいいのですが、せっかくですから実際の動きで試しましょう」


 私が樽に付いてる梯子を昇る間、重心傾くからね。金属補強もあるから結構重いだろうけど、中身空だから。

 スカートの中は別に見えていいのですよ。ズボンだから。タイミングが無かったけど後でたくし上げて縛ろう、野営時は邪魔だろうし。

 背後に配置されてる人が目を凝らしてるか、紳士的に視線を逸らしてくれてるかは不明。

 王都にずっと居る人なら下級メイドの服がどんな風になってるのかなんて既に知ってるのかもしれないけど。


 昇った先、蓋の上は後付けっぽい取っ手と蝶番があった。本来は固定されてるのを、手前側の三分の二だけ開けられるように改造されている。

 取っ手を掴んで蓋を開けると……うわあ、すっごく葡萄酒臭い。洗ってはあるんだろうけど木材に香りが染み付いてるよ。

 内側も梯子が付けられてるね。クッションと毛布は既に中に置いてあった。

 お尻の下に畳んだ毛布を敷いて、背中と梯子の間にクッション。膝を抱える感じで座って、こんな感じかな。

 移動方向と同じ向きじゃないと気持ち悪くなりそうだから、梯子に寄りかかる形になる。


「よいせっと」

「きゃあああっ!?」


 いきなり過ぎて、おでこぶつけるかと思った!おおい、王子様!

 樽が担ぎ上げられた感覚の後に傾きはすぐに戻った。


「殿下、まだ蓋を閉めてませんよ」

「ん?よいせっと、せい」


 パタン。


 って、そうじゃなくってぇっ!

 蓋の裏側にも取っ手付いてるから、私が立ち上がって閉めるだけで済んだのに。何で勢いよく逆方向に傾けて更に同じ勢いで戻すのさ。

 今度は構えるのが間に合わず仰け反って梯子に後頭部ぶつけたよ!

 そしてまたおでこをぶつけそうになったよ。

 この重量を背負ったまま仰け反って戻すとか、腕力脚力どころか全ての筋肉が半端なく鍛え上げられてるな。普通ならそんな事すれば後ろに持ってかれて転ぶ。


「殿下……。レディ?大丈夫ですか?聞こえますか?」

「はい……ちゃんと聞こえます。急に傾いたので少しだけ頭を打ちました。事前に声を掛けて戴ければ大丈夫だと思います」


 ユンカース様の殿下と呼ぶ声に疲れが滲み出ている。心労お察し致します。確かに馬鹿とも呼びたくなるよねこの王子様の行動!

 深く考えなくても大体想像付くよね、予告無しに勢いよく傾けたら中の人がどうなるかって。

 こんなのが考古学者で大丈夫か。遺跡の歴史的に貴重な資料とか脆そうなんだけど、杜撰に扱って破壊したりしてない?

 しっかり発声すれば板越しの会話は問題なさそうなのは図らずも確認できた。問題なのは樽じゃなくて王子様だ。


「ふむ、薪売りの村人を手伝った時とあまり背負い心地は変わらないな。甲冑を着込むのに比べれば断然身軽だから動くのも楽だし、これくらいの重さなら走れるから俺は何の問題もない」

「すみません、一度下ろして貰えますか。あの……申し訳ございませんが、クッションをできればもうひとつ……あ、それよりも適当な安布の固まりがいいです。量があれば」


 走るのか。走るどころかそのまま戦闘して上下左右に揺さぶられたり回転したりしそう。

 緩衝材の詰め物に何か欲しいです。


 とりあえず樽から首だけ出して、外の澄んだ空気を深呼吸する。ああ、酒臭かった。

 掃除魔法で浄化すればいいんだけど、試してみる暇すら与えてくれなかったよ!

 でも素材の芯まで長年掛けて染み付いた臭いを抜くのは結構魔力を食うんだよなぁ。この大きさだと全力振り絞ったとしても何回位必要になるかなぁ。

 村で教わったラウニー族得意の家事魔法は一通り扱えるけど、魔力消費量は熟練で差が出るのでまだひよっこの私は家庭で小便利程度にしか使えない。

 これからお仕事でたくさん使って経験を積み重ねる予定だった。徐々に。長年掛けて徐々に、だよ。

 窮してやむを得なく限界まで使いまくるような過激な経験の積み方をする予定なんて、先程までは微塵も無かった。

 今、発生した。

 おそらくずっとこの調子な王子様との旅路に耐えて帰還できるよう、少しでも環境を整える技術と能力を磨かねばなるまい。自分の為に。




 ……この時は想像もしてなかった。

 旅路どころじゃないって。

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