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ラウニーの箱庭  作者: 白石苗穂
序章 ~魔境の奥地へ連れられて~
11/22

正面玄関は開かないわけじゃない

 状況は少しだけ遡る。

 扉へと魔力をこめるルキネを背後から見ていたウィルキンスからは、まだ彼女よりは少し何がどうなったのか見えていた。


「……えっ!?」

「お、おい!?」


 魔法は種類も使い方も消費量も個人差が甚だしく、魔力について他人の限界量を推し量るというのは難しい。

 師範経験も無い上に、自分が一般人の比較対称にならない自覚があるウィルキンスにとっては尚更。

 辛そうに見えてきたら声を掛けようかと呑気に構えていたから、突然の予想外の事態に動揺した。


 小皿の形をしたラウニー族の守り石が粉々になって零れ落ちた。それからほんの数瞬だけ。

 おい大丈夫か、と聞こうと息を吸ったそのくらいの間しかなかった。

 彼女の身体が薄らいで扉を突き抜けるように姿勢を崩すまで。

 驚いた内容は微妙に違えど、声が出たのは同時だった。

 反射的に手を伸ばして、服の後ろを掴もうとしたのに、確かに手は届いたはずなのに空を切った。

 何もない空間だけど何かに手を突っ込んだようなゾワリとする感触を拳が抜けて。

 全身に走った悪寒に気を取られて固まった隙に、彼女は扉の向こうへ完全に抜けて消えてしまった。

 もう一度手を伸ばすも、そこにあるのは重厚な扉の硬い感触。扉は何事も無かったように先程のままだ。

 扉ではなくルキネの方が透けて、通り抜けたのだ。


「そんなば、いや、あ、おい、大丈夫か!そこに居るのか!何でもいいから声を出せ!」


 握った拳で力任せに扉をガンガン叩く。

 粗末なあばら家の扉なら叩き割れるんじゃないかってくらい全力を込めて叩きまくる。

 何の物音も中から聞こえてこない。

 叩くのをやめて耳を澄ませてみても同じだ。扉に耳を当ててみても同じだ。

 呼び掛け、扉を叩き、耳を澄ます。

 動揺と焦燥で、考える事もなく幾度も繰り返してから、ようやく常日頃蓄えた知識が脳裏を過ぎる。


 もしも防音の魔法も施されていたら、どんなにわめこうが叩こうが何も聞こえないんじゃねえか?

 よくラウニー族の家具職人は、その形状に備えられるべきと考える技術をありったけ叩き込む。必要とされようとされなかろうと。

 扉に防音機能はありがちだ。なら、ノッカー以外の音は通さない可能性が高い。ノッカーが付いてるんだから、それを鳴らせと。


 ガンガンガンガン。

 ガンガンガンガンッ。

 更に両腕を広げて左右同時にガンガンガンガンッ。

 おまけにしゃがんで下のノッカーもガンガンガンガンッ。

 もう一度上に戻ってガンガンガンガンッ。


 やり過ぎっていうくらい叩いてみた。

 強靭な筋肉を駆使して、繰り返し叩いてみた。このぐらいウィルキンスにとっては実戦訓練前の体操みたいなもの。

 自覚は無いが実際やり過ぎだった。頭を打ったルキネが苦悶を通り越して耐え切れず気絶してしまう程に。


 自分が追い討ちを掛けた事も知らず、何の反応も戻ってこない徒労に単純作業をやめたウィルキンスは扉の前に座り込んだ。

 我侭で連れて来てしまったメイド。絶対に守れるという自信があったから当然無事に帰すつもりであった。

 苦労は掛けるだろうがその分の報償は弾む気でいた。それで何の問題も無いと単純に考えていた。


(……いやそんな事を考えてたって、何にも解決しない。それより、だ。何が起きたか分析しよう。)


 切り替えが早いのもこの男の特徴である。起きてしまった事は仕方ないと割り切って次の行動に移る。

 袋から取り出した非常食を険しい顔で咀嚼嚥下し、最小限の水を口に含んで残り滓を喉に流し込む。

 これでいざという時動くには困らない。扉の目の前に居るのだから変化があれば即座に対応できる。


 次にする事は今現在やれる事と起きた事の再確認。

 正攻法で扉を開ける……同じ結果になる可能性が高いし、ラウニー族の末裔を再度連れて来るのは時間が掛かり過ぎるので最終手段。

 扉や窓を破壊して侵入する……これを試すには、さっきの状況が気がかりだ。


 過去に似た現象を起こした者の記録をウィルキンスは読んだ事がある。

 物質を透過して抜けるという現象を固有の特性で再現できる種族は居ない。だが稀に発生する。

 意図してできるようなものではなく、制御の誤りと偶然が積み重なった魔法事故の一種だ。

 細かい事は覚えていないが印象に残ってるのが、透過した物質と魔力が繋がったままその影響を受ける事。

 破壊する程の衝撃を与えたら、ショックで死ぬかも?


 そこまで考えたんだったら、さっきの激し過ぎるノックも如何なものかと気付いて欲しいものだが。

 馬鹿力の人物が虚弱な人物の背中をバシバシとスキンシップで叩いたように、意識に上ってないんだからどうしようもない。

 本人から抗議されなければ全く気付かないのだろう。無自覚に迷惑なタイプである。


 文献と同じ現象と仮定したら、魔力が繋がったままなんだから自分で開けれるだろう。

 しばらく待って駄目だったら次の方策を考えよう。思考を一旦放棄して、彼は待つのだった。


 幸い?な事にその仮定は当たっていた。

 ほどなくして。




「うきゃあ~!?いきなり開いた!?」

 重いはずの両開き扉から、飛び出して……来なかった埃塗れで顔が血とか何やらでカピカピのお仕着せ姿の少女。

「ル?ル、ル、ル!ル……ル、何だっけ!?お、あ?」

 むにょーんと透明な膜に前面が……主に顔面が……押し潰されたようになって弾き戻されて引っくり返っていた。

 何だっけではない、ルキネだ。

 ちゃんと伝えられていたはずなのに名前覚えてなかったのか、ウィルキンス。

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