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ラウニーの箱庭  作者: 白石苗穂
序章 ~魔境の奥地へ連れられて~
10/22

正面玄関と悪戦苦闘

 万物は目に見えない素の霧を限りなく密度を高めた集合体で成る。

 硬く水も浸透しない物質は素の霧の隙間が非常に狭く、私達が成長の過程で訓練するような普通のやり方では魔力を通し難い。

 だから未加工の金属は魔法と相性が最悪で、それに適した専門的な技術を学ばないと扱えないと言われる。

 金属に比べ石の塊は扱いやすく、硬い木材より柔らかい木材、布地、土や砂と粗くなればなる程、素の隙間を探さなくても浸透できるので魔力を流しやすい。

 構成する粒が他の物質から独立して小さければ掴んで捏ねたり、押したり、圧力を加えて壊したりできる。

 内部じゃなくて表面だけでいいならもっと簡単。用途に応じた形の魔力を放出して、撫でたり擦ったりするだけだからね。

 でもそれだと物質の中には魔力は通らない。


 浄化魔法は、だからラウニー族の使える掃除魔法の中でもコントロールが難しい方になる。

 物質の奥の奥、隅々まで魔力を行き渡らせながら、隙間に紛れ込んでいる異物の素を一個一個補足して、対処していく。

 編み物をしてる感じに近いのかな。あれも目を一個一個作る地道な作業の繰り返し。

 魔法の場合は、途中で止めたら目が全部解けちゃって最初からやり直しで。それまでの努力が一瞬で無になる。

 魔力は集中してないとすぐに私達が補足できない程希薄になって消えてしまう。沸かした水から立ち昇る湯気のように。

 だから目的の結果が出るまでは集中し続けなければならない。


 ……もっといい魔法なかっただろうか。

 途中でやめるわけにも行かなくなった今、激しく後悔中です。


 扉に使われているどっしりと重厚そうなこの木材。石か、石なのか!?ってくらい魔力の浸透がきつい。

 柱の建築に使うような硬い木材の生木でも、まだこれよりは通しやすいよ。何なの。

 小皿さんが手伝って、私の指先から伝えてる魔力をぐいぐいと細かい紋様部分にある素の隙間に押し込んでくれてるけど。

 扉の左右端から端まで、上下は腕の太さ五本分ってとこでしょうかね、今。

 何処まで流せばいいんでしょうか。

 そろそろ、合格出してくれないかな。魔力量より遥か先に集中力の方が無くなりそう。


 あ、私の集中力より先に、掌の中の小皿が崩壊してきた……。

 磨き粉のような砂がサラサラと掌と扉の隙間から零れて、足元に落ちてゆく。


 どうしよう、もうっ!

 小皿さんが補助してくれてた分の力をぐいっと込めた、その瞬間だった。

 扉の感触が消える。


「……えっ!?」

「お、おい!?」


 私と王子様の驚きの声が重なった。

 掌だけでなく上半身も扉に重心を預けていた私の身体は、何の抵抗も無い空を泳ぎ……。


「痛っ……」


 石のタイルが張られた床に、思いきり額と鼻を激突させた。

 掌を先にビタンと打ちつけたけど、身構えもなく勢いのままに倒れたので大した緩衝にもなっていない。

 反射的に出た声以上に、何も言う事ができない。もうとにかく痛い。

 ぎゅっと瞑った目に涙が溢れ出てくる……。

 ついでに鼻水も。いやもしかしたら鼻血かもしれない。


 ガンガンガンガンと、何かを固い物同士を強く打ちつける音が響く。

 やめて、打った場所にすごい響く。やめて!




 ……。


 …………。




 どれくらい時が過ぎたのだろうか。


 私は冷たい石と思われる固い物の上で目を覚ました。

 倒れた時と同じうつ伏せの姿勢のまま、横向きに床に頬を押し付けた状態。顔の下が濡れてて余計に冷たく感じる。

 あのままいつのまにか……たぶんすぐに……気を失ったらしい。

 滅茶苦茶、痛かったもの……。今もズキズキ痛いけど。


 瞼を開けても何も見えない。真っ暗だ。

 さっき倒れた瞬間は確かに見えていたと思う。


 一所懸命魔力を流し込んでいて。ああ、もう無理~と力任せにやけっぱちに押し込んだ。

 浸透を阻んでいた高密度の物質が急に全部自分の魔力と同じになったように感じた。

 そう、扉は扉の姿のまま存在していたのに、手応えだけが消えて。幻を突き抜けたように身体が泳いだ。

 その時は見えていた。扉の向こう、外壁の石と同じ色をした正方形のタイルが張られた床が。

 で、前のめりになった勢いのままに何歩かよろめいて、そのままバランスを取り戻せずに顔面から転んだ。

 とにかく痛くて、その後は目をぎゅっと瞑ったままだったかな。


 あ、そうだ鼻。

 このカピカピでパラパラな感じは、鼻血が出たっぽい。

 今、親指と小指を突っ込んでちょっと入口のこびり付きを掃除しましたけど。

 目の周りもガビガビですね。睫毛がくっついて引き攣れてる感じがする。

 ……相当酷い顔してそう。


 そういや王子様は?


「あの……ウィル様……居ますか?」


 静かだ。

 人が近くに居るって感じがしない。

 私が扉を突き抜けた時、王子様は真後ろに居て……そうだその後ガンガン叩く物音が間近でして。

 そうだ、まだ扉の向こう側に居る!?


 立ち上がろうとすると、おおう!

 動いたらおでこの打った場所がめちゃくちゃ痛む……!

 それに暗闇の中で立って動くって難しいね。平衡感覚が全然掴めない。

 床に這い蹲る姿勢に戻りましたよ。だって一歩も動けない、転びそうで怖い。


 っていうかね、立ったら自分がどっち向きに倒れてたかわからなくなったよ!

 扉の方向どっち~?


「ウィル様!ウィル様っ!!聞こえますか~っ!?」


 どんなに大声を出しても、自分の声以外何も聞こえなくて涙がまた溢れそうになる。

 やだこれパニックになりそう。

 そんな不安な心のまま、もう一度、喉を振り絞って叫んでみた。


「ウィル様ぁ~~~っ!!」


 返事は無い。

 落ち着こうと思う気持ちと裏腹に、心臓はバクバクと苦しい程に鳴り耳まで圧迫してくる。

 未知の遺跡の中に一人ぼっちだ。しかも真っ暗闇だ。

 どうしよう。私じゃないと開かないんだから、王子様が助けになんて来れないよね。


 しばらく涙が止まらないまま、蹲ってた。

 落ち着いたのは、喉が渇いてお腹も空いてる事に意識が向いた頃だった。

 このまま餓死とか、嫌だな。

 起きてからそういえば何も食べていない。

 あの不味い非常食、お腹が空くまで食べたくなかったから。

 王子様も同じ気持ちだったんだろう、どちらも言い出す事なく食事を後回しに行動に移った。

 袋は王子様が担いでた。私は小皿を持っていただけで手ぶらだ。お仕着せのポケットにも何も無い。


 扉をもう一度抜ければいいんだ。そうしたら王子様と合流できる。

 どっちでもいいから壁に当たれば、それにそって動けば扉があるはず。

 当たり前のそんな考えさえ浮かばない程、さっきまでは気持ちがぐちゃぐちゃだった。

 そうだ落ち着けば何て事はない。

 ……お腹が空いてやっと冷静になるとか、どういう事なのさ自分。


 床のタイル目地が四角なんだから、それに沿っていけばまっすぐ壁のはずだ。

 視覚が頼りにならないけど触覚は確か。

 指で目地を辿ってみた。浅いけど、目地は僅かながら溝になってる。

 ……埃すごい。

 少し辿っただけで指先に綿埃の塊ができた。

 三角巾、持ってくれば良かったな。髪はともかく鼻と口を覆いたい。

 さっき叫びまくった時に荒い呼吸で埃がかなり口に入っただろうという事は考えないようにしよう。

 汚れてもいい、外に出てからまとめて綺麗にすれば済む。


 散々這いずり回って、埃だらけになりながら扉の傍まで辿り着いた。

 表面を撫で回した感じ、外へ通じる正面玄関の扉だと思う。彫られた紋様の感じ、取っ手の形。

 それと外側から見た時に無かった物、棒状の閂。突起を回して抜く形状は馴染みのある物で、手探りでも開けられる。

 それにしても普通、扉の四方って僅かな隙間があって明るい側の光が洩れ入るはずなんだけど。

 隙間が無いと、扉が擦れて開かないよね?

 こういう状態って……う~ん、魔法の力でしか開かない仕組みとかそういうのなの?

 やっぱりさっきみたいに魔力流してみるしかないんだろうか。




 この時まだ私は、自分の中にある魔力が今までとは違っている事に気付いていなかった。

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