家令は鍛え、長男は友を得る
皆様、おはようございます。
まだ日も登りきらぬ時間帯ではございますが、私はいま馬車に揺られて王都を目指しております。
すでに季節は夏になり、日中は大変暑くなりますが、日の出前のこの時間帯は空気が水気を含み、なんとも形容しがたき清々しさがございます。
さて、私は家令でありますれば、基本的に屋敷を離れることはないのですが、今回は旦那様たっての依頼であるため私一人で王都へ向かっております。
理由は長男であるヴィルム様の家庭教師役を依頼されたためです。
なんでもヴィルム様が私を家庭教師として付けてほしいと旦那様にご依頼されたようでして。
本来の職務からは外れますが、使用人として頼られることは大変誇らしいことであり、お望みとあらば全身全霊を賭してお望みをかなえる所存です。
無論、なぜヴィルム様がそんなことを言い出したのかは存じておるのですが。
理由はどうあれ、意欲的なことはいいことですので微力ながらこの機会に様々なことを教えてさしあげられればと思う次第です。
王都につくまではまだ少しかかりますでしょうから、この日の出前の神秘的な景色を楽しむことといたしましょう。
それから数時間程馬車に揺られ、日差しもだんだん強まってきたころ、王都に到着いたしました。
王都に入る手続きを手早く済ませ、目的地へ向かいます。
ヴィルム様がいらっしゃるのはこの国における最高教育機関の国立ブラドウェル上級学校。
身分、国籍、人種などは一切不問。
優秀な才を持つ方々が研鑽し学び合うこの学舎は、さまざまな分野における一流になるための登竜門であり、卒業できれば成功の約束された人生を送れるといわれております。
もちろん入学の為の門はかなり狭く、贈賄や不正などは一切認めない方針もあり、まさに天才たちの聖域と言ったところでしょうか。
ヴィルム様はその中でも高い成績を維持しており、相当の努力をされていると聞き及んでおります。
頭脳明晰で武芸に優れ、優しく柔和な微笑みを浮かべ、奥様に似た線の細い美しさを持つヴィルム様は学内でも大変人気で私もうれしい限りでございます。
そんなヴィルム様がなぜ私を呼ばれたかと言えば。
「やあ、爺や。久しぶり……でもないか。年明けに会ったばっかりだもんね。」
「はい、ヴィルム様。この度は私めをお呼びとのことでしたので馳せ参じた次第です。」
「大体のことは知ってるよね。」
「ええ、聞き及んでおります。なんでも隣国の皇太子様と張り合っているのだとか。」
「子供っぽい理由でごめんね。でもここで負けると今後の僕の派閥に不和を生みかねないから、何とか圧倒しなきゃと思ってね。」
「いえ、ディルモンド家の皆様にお仕えするのが私の喜びですので。必要とあればいくらでもお使いください。」
「相変わらずお堅いね。でも心強いよ。これからよろしく頼むね。」
「かしこまりました。」
なんでも、隣国の皇太子様がヴィルム様を強く意識しているらしく、なにかと勝負を挑まれるらしいのです。
ヴィルム様ご自身はあまり相手にしたくない、などとおっしゃっておりましたが、このグスタフは知っております。
ヴィルム様は極度の負けず嫌いであることを。
幼少期からその傾向は強く、よくご兄弟で喧嘩をされたおりましたし、旦那様にも果敢に挑んでは悔し涙を飲んでおりました。
いつからかその振る舞いは鳴りを潜め、涼やかに笑い大人のように振る舞う術を身につけておいででしたが、人間はそんなに簡単には変わりません。
なにかで劣っていたとしてもその場では笑って済ませ、後日相手を見返すといったようなことを何度も行っていることは存じております。
少し思うところがないこともありませんが、その向上心は立派でありますし、理由が何であれそれがヴィルム様の力になるのであれば、私がお力添えすることになんの躊躇いもありません。
「ではさっそくですが、始させていただきます。」
事前に調べた情報によると、学園で行われる学力テストで点数を競い合うとのこと。
ヴィルム様は幼い頃からの英才教育に加え、ご自身での努力も怠らなかったので成績は最上位。
現在のまま努力を続ければ次もトップの成績をお取りになられるでしょう。
しかし、隣国の皇太子様も相当に優秀な上、今回は必ずヴィルム様を越えようと鬼気迫る勢いで勉学に励んでいるとのこと。
ならば現在の成績に満足せず、満点を取るつもりでかからなければなりません。
「さて、ヴィルム様がご入学されてからの試験結果を拝見いたしました。さすがディルモンド家の名に恥じぬ結果です。しかし、さらに上を目指すのであればこちらの記述式問題の苦手を克服せねばなりません。例えばこちらの問題ですが」
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私、ヴィルム・ディルモンドは客観的に見て優秀である。
見た目、家柄、頭脳、才能。
どれか一つだけでも十分大成できるそれを全て兼ね備えている。
故に家族以外に親しいと言える者はいままでいなかった。
私のことを知る者はただ崇拝し、すり寄ってくるものか敵対するものの二つにわかれるからだ。
今となってはわかりやすくていいと考えているが、昔は寂しいと思うこともあった。
友人とくだらない話をしながら笑いたい。
共に肩を並べて切磋琢磨したい。
そんな思いは風化し、いつしか己の思うように生きるようになった。
もはや寂しさも感じなくなり、それが当たり前になった。
「クソッ!また負けた…しかもお前今回満点かよ…意味わかんねー!」
だからこの隣に立って悔しそうに成績表を眺めるこの男の反応はとても新鮮だった。
「いえいえ、殿下も前回より成績を伸ばされたご様子で。相当に努力を積まれたことかと存じます。」
「嫌味かよ!ほんと爽やかな見た目してるのに腹黒いよなお前…」
この男はライリット帝国の次期皇帝、所謂皇太子であるバーナード。
派手な見た目とは裏腹にかなりの勉強家である。
特に戦術論では界隈で一目置かれる存在であり、すでにいくつかの論文が高い評価を受けているとのことだ。
「本当その頭どうなってんだよ…。魔法幾何学の記述問題とかあれ博士課程の問題だったぞ。」
「あぁ、確かにあの問題は難しかったですね。私も危ないところでした。」
「危ないってなんだよ?」
「今回は優秀な家庭教師を雇いまして。事前に対策を立てていなければ落としていたでしょう。」
私は客観的に見て優秀である。しかし、完璧ではない。私はあの家では全て三番目だった。
剣では父上に敵わないし、四番目の妹の見た目には敵わない。
魔法は末の弟がとてつもないし、策謀に関しては姉上が天才的だ。
母上ほど行動力があるわけでもなく、三番目の弟程人望もない。
そして我が家にはその全てにおいて勝る者がいる。
そのことが悔しく、また幸運だった。
ここまで腐らず努力してこれたのはそのおかげだ。
こちらを導き、行先を示してくれる。
まるで師匠のようだなと思い、その表現があまりにも的確過ぎて思わず笑ってしまった。
「なんだよ、いきなり笑い出して。」
「なんでもありません。」
「またなんか企んでやがんのか…?まあいい。ちなみにその家庭教師とやらは俺も雇えるのか?」
「それは難しいでしょう。」
「ケッ!優秀な人材は外に出したがらないってか?」
「いえ…そういうことではなく…」
そこまで言ったところでふと、試験の記述対策で教わった事を思い出した。
曰く、記述問題とは問題の本質を読み取り、相手がどういう答えを欲しているか答えるものだとか。
「殿下、宜しければこの後お時間いただけますか?」
「は?なんだよ急に。」
「その家庭教師を雇うことは無理ですが、会わせることならできます。」
「へえ、それは面白い。会いに行くか。」
なんとなく、会わせてみたくなったのだ。
「どこに行けば会えるんだ?」
「まだ私の屋敷におります。」
「ふむ、ならこれから行くとするか!」
「は?いえいえ殿下をお迎えするならそれ相応の準備がございますので…」
「固いこと言うなって!ダチの家に遊びに行くのに歓待なんかいるかよ!」
「…ダチですか?」
「あん?何今更なこと言ってんだ?つか思ってたんだが、口調固過ぎだろ。もっと砕けていいぜ?」
「いえいえ、流石に恐れ多いです…」
「カーッ!俺がいいっつってんだからいいんだよ!おらさっさと行くぞ!」
「あ、ちょっ…待ってください!」




