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辺境伯家の家令は忙しい  作者: 量産社畜型ひもにーと
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家令は宥め、奥方は我が道を往く

皆さまはいかがお過ごしでしょうか。


ディルモンド家のハウススチュワードを務めております、グスタフと申します。


ハウススチュワードとは主に仕える家の財産管理などを任される役目にございます。


私の仕事加減によってお家の盛衰が定まってくるとあれば、責任重大ながらもやり甲斐のある職務と言えるでしょう。


そして、もう一つ大事な仕事がございます。


それはお仕えする方々が日々を不自由なく過ごせるよう、気を配ることにございます。


基本的にハウススチュワードが気を配るのは当主のみとされておりますが、同じ家に住まうディルモンド家の方々を蔑ろにすることなど私には出来るわけもなく。


今日もこうして奥様に呼ばれ、終わらぬ愛を聞かせていただいております。


「それでね、リュールったらその女の前で言ったのよ!『私はソニアだけが大切なんだ。悪いが君とは一緒に行けない。』ってね!あの時リュールの目には私しか映っていなかったの!今も私だけしか映っていないのだけどね!」


「左様でございます。リュール様はソニア様だけを愛されております。」


「あら!やっぱりグスタフもそう思う?良かったわ。あなたが言うのならきっとそうなのだもの!」


嬉しそうにはしゃぐ奥様は今日も相変わらずだ。


こちらはソニア・ディルモンド様。


ディルモンド家の当主、リュール様の正妻にして元公爵家のご令嬢であった。


ご年齢にそぐわない容姿と性格をしており、ご息女のアリス様と並んでもどちらが年上なのだかわからない程の美貌をお持ちだ。


外では淑女然とした振る舞いをしてくださるようにはなったが、屋敷の中となると気が抜けるようで素の性格が顔をだす。


「あぁ、愛しのリュール。早く帰ってこないかしら。」


「旦那様は本日、町の商会頭と夏に向けての海産物などの輸出量について相談されております。恐らく夕刻までは帰宅されないかと。食事の用意も不要と申し使っております。」


「夕刻まで……?食事も不要……?……なぜ?」


途端に周囲の空気が張り詰め、ソニア様の顔は途端に表情を消されました。


お気付きのことと思いますが、ソニア様はリュール様を大変深く愛されていらっしゃいます。


それはもう、深く、深く、虚の穴のように深く。


「まさか、また他の女が私のリュールに近づこうとしているのでは……?この前もリュールに色目を使っていた宿屋の女がいたと聞きます。それにあの市場の果物商の女。あとあの教会の淫乱シスターもいましたね。私のリュールだと何度も忠告しましたのに……。こうなれば実力行使で……。いえ、むしろ私の権力を使いあいつらを……。」


なにやら物騒なことを呟いておりますが、このようなことは日常茶飯事。


そもそも、宿屋の女性はまだ子供、果物商の女性は老齢な方です。


唯一妙齢な教会のシスターは、男性経験が皆無でありますから美形なリュール様に憧れを持つのも仕方なきことではございます。


しかし、ソニア様にはそのようなことは関係がないのでしょう。


リュール様に興味を持つ女性。


それだけでソニア様にとって己の道を阻まんとする敵対者と認識してしまうのですから。


お二人の出会いはリュール様が王都の上級学校に通っていた時にございました。


皇太子殿下と大変仲が良く、家柄、容姿共に優れていたお二人は女学生の憧れの的でした。


そしてソニア様も男性に人気があり、様々なアプローチを受けていたと聞き及んでおります。


しかし、リュール様はこの頃放蕩生活を送られており、学業や公式の場ではボロは出さないものの、夜な夜な市街に遊びに出ては女性を口説き、それはそれは自由に過ごしておりました。


そんな折、リュール様がたまたま遊び呆けている際に街で難癖をつけられ困っているソニア様を見て、颯爽と助けたそうです。


リュール様は下心満載でしたでしょうが、ソニア様はそんなことはつゆ知らず。


いまでさえ夢見がちな方がですから、お若い頃ならなおさら。


その流れで口説いたリュール様にかどわかされたソニア様はその後、ありとあらゆる力を使いリュール様とご婚約をされ、今に至ると言うわけでございます。


その愛の深さとリュール様の素行の悪さに、修羅場など日常茶飯事、何度か刃傷沙汰や進退問題にも発展しそうになったこともございました。


そして現在もその気性は変わらず。


夫婦仲睦まじいことは私としても良きことと思います。


しかし、ソニア様はその愛ゆえに他の女性を排除することに躊躇いを持ちません。


貴族とはずる賢い者が多い世界でありますから、ソニア様に誹謗される要因を作るのは控えてほしいと常々申し上げいるのですが。


ただ、気の多いリュール様の素行の悪さを正してくださったソニア様には感謝もしておりまして。


であれば円満になるようお手伝いをするのが私の務めと思う次第でございます。


ですので、思考の海に潜られているソニア様に現世に戻って来ていただきましょう。


「旦那様は奥様を世界で一番大切にされているのは明白にございます。今日の商談も輸出の拡大の話とは別に、奥様と初めて出会いになられて21年目の記念に王国では手に入りにくい宝石を受け取りに行くとおっしゃっておりましたので。」


「……お父様にお願いして……。えっ!?リュールったらしっかり覚えていてくれたの!?」


「はい。驚かせたいのでくれぐれも内密にと申し付けられておりましたが、奥様が心配なさっては本末転倒。私めが叱責される程度で奥様のお心がほぐれるのであれば、喜んで叱責をお受けする所存です。」


「まあ……。そうだったのね。平気よ、私からリュールに言っておいてあげるから。」


「それはそれは。奥様の慈悲深さには家臣一同、助けられております。」


「あら、いいのよ。でも代わりに……。」


「心得ております。旦那様に近づく者は全て奥様にご報告致します。」


「ふふっ、いつもありがとう。それにしてもリュールったら今朝あった時は何も覚えていないような顔していたのに、すっかり騙されてしまっていたわ。さーって、私たちの記念日に相応しい格好をしなくてはね。」


「それがよろしいかと。実はお出会いになられた年に作られたワインを使用人一同からプレゼントさせていただければと考えておりましたので、旦那様がお戻りになられたらサロンの方にお越しください。」


「まあ、皆にもお礼を言わなければね。早速着替えて来るわ。ビアンカは今どこにいるかしら。」


「はい。行ってらっしゃいませ。ビアンカはこの時間ならアリス様の講義のお時間でしょう。私がすぐに部屋に向かわせます。」


「そう。ならお願いするわ。」


そう言ってソニア様は上機嫌に部屋に戻って行かれました。


さて、ビアンカを部屋に向かわせた後、自室に宝石とワインを取りに行かなければ。


彫金は久々だが、大丈夫だろうか。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




いま私は世界で一番幸せな女性であると確信している。


リュールと二人きりで、一緒に同じソファに座り体を寄せ合う。


こうしているだけでも幸せなのに、その上このステキなネックレス。


王国では滅多に見ることのできない蒼色の黄玉をはめ込んだ精緻なつくりをしており、作るのに相当な時間がかかるものだろうと一見してわかる。


石の土台には私とリュールの名前が彫られており、今日という日のために随分前から時間をかけて、私のためだけに用意してくれていたことに他ならない。


今朝会った時はそのことについては何も触れず、いつもと同じように出かけて行くリュールを見てら覚えていないのではないかと心配になったものだが、愛しのリュールが忘れているわけがないのだ。


リュールはいつも私を見てくれているし、一番大切にしてくれている。


あの時も、そして今日も。


学園の先輩にとてもステキな二人組がいると聞き、通りかかったところを見たことがありました。


怜悧で堂々とした皇太子殿下と、その横で爽やかに微笑む辺境伯家の後継。


たしかに、絵になるとは思ったし周囲が騒ぐのもわかる。


しかし、私は公爵家令嬢だ彼らとも何度も顔を合わせたことはあるし、皇太子殿下に至っては婚約の話も出ていたほどでした。


でも、自分が恋をしたり結婚をしたりするイメージが出来ず、公爵家令嬢の立場もあって両親が決めるのだろうと、どこか人ごとのように考えていた。


貴族家の女性は後継にはなれないが、政略結婚という大切な使い道がある。


両親は私の意見を尊重すると言ってくれていたが、公爵家令嬢としてそれはいけないことだと理解していた。


小さい頃からそういうものだと教えられていたから。


でもその時の私は知らなかったのだ。


この世には運命としか考えられない劇的な出会いがあるのだということを。


その日は学園のお友達と、最近王都で流行りの演劇を観に行ったのだ。


もちろん、護衛のものはついていたし、私を公爵家令嬢と王都の人間なら誰でも知っている。


しかし、その日は運が悪かったのだ。


いや、結果的には良かったと言えるのかもしれない。


劇場の入り口で公演のチケットを渡して入ろうとしたのだが、こちらの手違いでお友達と少し席が離れてしまっていた。


劇場の方にお願いしてみたものの、席は埋まってしまっておりどうしようもない。


とても楽しみにしていたので、このまま帰るのは残念だし、私が帰ると言えばお友達も帰ると言うだろうがお友達にも申し訳ない。


そんなに長い舞台ではないし、舞台の警備は万全なこともあり、出口で待ち合わせする約束をし、私は席に向かいました。


隣の席には恰幅が良く、派手な身なりのおじさまと若い男女の恋人でした。


舞台が始まり、楽しい舞台を堪能していたのですが、途中から隣のおじさまが品のない言葉で野次を飛ばし始めました。


本来であれば、警備の方が外へ連れ出すはずなのですが、後ろに控えた警備の方は制止するか迷ったような表情でソワソワしているだけ。


このままでは舞台が止まってしまうと思い、私が小声でおじさまに注意いたしました。


すると、おじさまは顔を赤くしながら私を罵ったのです。


私は尚も抗議し続けると、逆上したおじさまが私に掴みかかろうとしました。


触られる!と強く目を瞑りましたが、いつまでたっても衝撃がきません。


そして、おじさまのくぐもった呻き声が聞こえてきました。


恐る恐る目を開けると、隣に座っていた若い男性がおじさまを床に押さえつけている姿が目に入り、警備の方をよんでおりました。


目まぐるしく展開される場面についていけず、惚けていた私を見たその男性は私の手を取りながらこう言ったのです。


『お怪我はないですか、お姫様?少し目立ってしまったので一緒に出ましょうか。この舞台よりもさらに楽しいところにお連れしますよ?』


とても爽やかな中に、少し挑発的な口調で微笑むその姿がとても凛々しくて。


私はあまりの出来事に反応できず半ば強引に手を引かれ劇場を後にしました。


その後は、先ほどの事件も劇場に置き去りのお友達や護衛の方のことも忘れて彼と話していました。


家のことや学校のこと、将来のことなど。


こんな誰ともわからぬ初対面に等しい相手にいろんなことを話しました。


そして時間が経ち、そういえば彼が恋人を連れてきていたことを思い出し、あの方はよろしいのですかと聞いたところ、


『僕はあの時、彼女よりもあなたのことを大切にしたいと思ってしまったのです。彼女の恋人としては失格でしょうが、ぼくはあなたを選びたかったのです。」


少し情けなさそうに、でも自信を持って言った彼の表情を見たとき、先ほどの心が沸き立つような感情を覚えました。


そして、唐突に理解したのです。


これが、恋をするということなのだと。


これが誰かを愛する気持ちなのだということを。


しかし、幸せな時間は長く続かず、遠くから私を探す声が聞こえます。


彼は、またお会いしましょう。と言い残し、去っていかれました。


その後は息を切らせた護衛の方が迎えに来て叱られたり、心配するお友達を宥めたりと大変でしたが、私はずっと彼のことを考えていました。


そして大事なことを聞き忘れたことをひどく後悔しました。


彼の名前を聞いていなかったのです。


でも、彼とはすぐに再開できました。


学園で皇太子殿下と並んで歩く辺境伯後継の彼とすれ違いざま、私に耳打ちしました。


『さっそく再会できましたね、お姫様?』


ハッとして振り返ると、悪戯を成功させた子供のような無邪気な顔で笑う彼を見て、自分の顔が紅潮していくのがわかりました。


それからの私は、自分でも信じられない程精力的に動きました。


彼と結婚するために、両親を説得し、外堀を埋め、彼に相応しい淑女になるべく厳しい花嫁修行をこなし。


私の努力が実り無事彼と婚約に至り、そのまま結婚。


辺境伯領に移り住み、彼との愛の結晶を育み、毎日を幸せに過ごしております。


リュールは時々他の女性に目移りしてしまう悪い癖がありますが、それ以上に私のことを大切にしてくれています。


目移りするなど許せることではないので、グスタフを始め使用人達に協力してもらい、リュールに近づく虫がいないか見張っております。


グスタフに任せておけばその辺りは問題ないでしょう。


私が婚約した後から、グスタフは様々な情報を届けてくれました。


女性関係はもちろんのこと、リュールの好きなものや嫌いなもの、今どこで何をしているか、外で何を食べたのか、今日は何人と話してその内何人が女性なのかなど。


リュールは、私とグスタフからは一生逃げられないのよ?

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