幽霊?
美空と仲良くなった暁。
二人の時間と形に、不思議な安心感を抱いていた。
だけど、お母さんに聞かされた怪談話に…。
それから、僕と美空ちゃんの不思議な関係が始まった。
学校やバイトが終わると、家に帰るまでの隙間時間を見つけては、彼女に会いに行って。
何処となく、浮き足立つ僕の笑顔に、お母さんは「暁に恋人ができた。」と冷やかしてくる。
「今日は家庭科の調理実習で、ハンバーグを作ったんだよ。
…黒煙を噴いて、炭に変わったけれど。」
美空ちゃんへの手土産に、お持ち帰りしようと目論んでいたが。
あの目も当てられない失敗作を、こんな儚げな少女の口に入れるわけにはいかない。
バッチリ、他界させる自信がある。
そう言うと、美空ちゃんは指先を口に当てて、クスクスと笑った。
「ちょっと食べてみたいですね。」
「いやいや、アレはダメだよ~。
いつかある程度、料理が上達した頃にでも、味見係を頼むよ。」
僕らが出会ってから越えた夜は、まだ数えられる程度。
なのに此処には、妙な安らぎの温度があった。
「嗚呼、ずっと美空ちゃんと此処にいたいや。」
零れるように、心の声が音を持つ。
美空ちゃんはすうっと目を閉じた。
その暗闇の中で、彼女は何を見つめているのだろうか。
「過去と今を天秤に掛けて、より幸せなほうは、私には決められない。
だけど私は、まだ忘れないのです。」
触れたら心地よさそうな髪の毛が、風を纏って振り子みたいに揺らぐ。
「ふふ…、なあに、それ?
小説の台詞か何かかな?」
「さて、どうでしょう。」
安心感というものは、時間と約束の積み重ねだと思う。
電話番号、彼女が帰っていく家の場所。
美空ちゃんのことを、僕は何も知らないけれど。
それでも彼女と育んでいるのは、確かに『安心』だったのだ。
家に帰ると、キッチンのほうから良い匂いが漂ってくる。
今日の夕飯はカレーかな。
「おかえり、暁。」
お玉で鍋の中を掬っている、お母さん。
ふと、僕の肩に手を伸ばす。
「桜の花びらが付いてたわよ。」
小さく笑いながら、僕の手のひらに淡い桃色を乗せる。
美空ちゃんとの時間の欠片がついてきたみたいで、僕にも思わず笑みがこぼれる。
「桜と言えば…。
よく、『桜の木の下には、死体が埋まってる。』なんて言うわよね。」
お母さんの話に、飲み干そうとしたコーラが気管支に入りかける。
ケホケホと噎せながら、袖で口元を拭う。
「えっ、何その物騒な話。」
結構、有名な怪談話らしく。
お母さんが子どもの頃には、その話にこんな尾ヒレも付いていたのだとか。
「満月の夜になると、死体が桜の木の下から出てきて。
自分を殺した人を、捜し回るとか何とか言われてたわ。」
まさかのゾンビ化。
さっきまで、桜の木の下にいた自分。
日が落ちていく、窓の外を吹き渡る風が、急に不穏なものに感じられた。
そうして臆病になった心情が、美空ちゃんとその怪談話を、嫌でもくっつけようとする。
青白い肌、長い髪、よく分からない素性。
「まさか、幽霊…?」
ポツリと呟いてみて、温かいはずの家の中で、寒気を感じた。