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あの桜はもう咲かない  作者: 空蝉
3/8

巡り合わせは一歩の勇気

今日もあの子は誰かを待っているだろうか。

暁は思い切って、まだ何も知らない彼女と、向き合ってみることに。

時計の秒針が、這うように僕を責める。

死神も鎌を捨てて、泣いているような、そんな悲しみが闇を穿つ。


「暁、ちょっといい?」


階段の下で僕の名前を呼ぶ、お母さんの声。

まだ押し入れにしまうには早い、毛布を蹴飛ばして眠っていた僕は、ゆっくりと身体を起こす。

何か悪い夢を見ていたような気がするのだが。

脳裏の底にノイズが掛かって、それは一向に思い出せなかった。


「なあにー?」


大きな欠伸をしながら、一階に下りてきた僕。

お母さんが標的を捕えたと言わんばかりに、にんまりと笑って、バッグを突き出した。


緩めてあった靴紐を結び直し、僕は気だるげな土曜日の街を行く。

牛乳を買い忘れた、お母さんからのお使いを任された。

続けざまに家にいた家族に、ついでと称して、小腹を満たすためのスイーツやら何やら頼まれたから、『パシリ』のほうが正しいかもしれない。

僕は肌寒い空気を胸いっぱいに吸い込み、空を見上げた。

分厚い雲が、空いっぱいに渋滞していて。

まるで灰を被ったような色をしている。


「…あ。」


そのグレーに、僕は柔らかそうに風に靡いていた、その髪の毛を思い出していた。

待ちぼうけのあの子。

ポケットの中のスマホの、画面を指でなぞる。


「ちょうど、今ぐらいの時間だ。」


いつもの彼女の出没パターンが、しっかり頭に入っていることに、自分自身に対して、一抹の気持ち悪さを感じるが。

もしかして、今日も居るのだろうか。

気になって仕方なくて、僕は店に着いてからも、本来の用事は上の空。

レジでお釣りを受け取るのを、忘れそうになったくらいだ。


曇っているため、いつもより暗くなるのが早く感じる。

広場の舗装されていない、砂利道を踏みしめる頃には、夜が一足飛びに頭上を満たしていた。


「結局、来てしまった…。」


頭をポリポリと掻く僕の頬を、桜の花びらがふわっと掠めていった。

何だか「おいで」と言われているみたいで、それは迷っていた僕に、少しだけ勇気を与えてくれた。

桃色の欠片に誘われて、僕は一歩一歩、広場の奥に入っていく。

突風に一瞬の呼吸と、視界を奪われて。

そうっと目を開けると、見事な夜桜に寄りかかって座る、あの女の子がいた。


「え、えっと…その…。」


初めて、目と目が合って、僕はしどろもどろになっていた。

彼女もまた、突然の来訪者に、凛とした瞳を少し見開いていた。


「そこ…寒くない?」


触ろうとしたわけでもないのに、僕は何故か両手を変に上げて。

恥ずかしさからか、熱くなっていく顔で言葉を絞り出した。

女の子はフッと口元を緩め、顔に掛かった長い髪の毛を、指先で退けた。


「さっきまでは、寒かったですね。」


今は寒くないのだろうか。

僕は女の子のそばに、おそるおそる歩み寄る。

警戒されてはいないようで、彼女は僕から逃げたりはしなかった。


「僕、神田暁。

昔はこの街に住んでたんだけど、お父さんの仕事の都合で引っ越して。

最近、こっちに戻ってきたばかりだから、まだ近所のこととかもよく知らないんだ。」


「私は、小鳥遊美空です。

実は私も、この辺のことはあまり知らないんですよ。

身体が弱くて、入退院を繰り返してたので。」


この街でまともに話をしたのは、あなたが初めてかもしれない。

そう言って笑う美空ちゃんは、遠くから眺めてた時に感じた、冷たい目なんてしていなかった。


「いつもここで、誰かを待ってるの?」


「…そうですね。

待ってると言うよりは、私が勝手に期待しているだけなんですが。」


目を細め、遠くを見つめている美空ちゃん。

どれくらいの風と時間が流れただろう。

美空ちゃんは、白くて華奢な足で、静かに立ち上がる。


「私はそろそろ帰りますね。

お話してくださって、ありがとうございました…、暁くん。」


彼女に名前を呼んでもらうと、心の奥がじんわりと温かくなった。

また会いに来るよ。

そう言うと、美空ちゃんは小さく会釈をして。

桜吹雪と調和した、暗闇の中に消えていった。

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