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デリートマン  作者: わいんだーずさかもと
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第5話 ~デリートマン始動③~

待ち合わせは19時だったが、京子は15分前に着いていた。


田坂からのメールの内容は、要約すると「知りたいことがあるので、ご飯にでもいきませんか?」といったものだった。


京子も木岡の様子が知りたかったので、田坂からの連絡は驚いたが嬉しくもあった。


静かに話せるところがいいが、田坂が東京のお店をそんなに知らないということだったので、お店は京子が選んだ。青山にある落ち着いたお店で、その個室だった。ここなら落ち着いて静かに話せるはずだ。

メールをもらってから、そして今でさえも、田坂の知りたいこととは何なのか、京子は考えていた。

おそらく、木岡裕也のことだろう。田坂との接点はそれだけだ。しかし、


(なぜ今なんだろう?)


と思った。田坂と偶然再会してから、2年が経っていた。自分も木岡の様子が知りたくて田坂に連絡しようとしたが、できずに2年が経っていた。今さら連絡しようにもできなかった。

田坂は連絡してきた。2年も経ってから。やはりなぜなんだろうと考えてしまう。ただ、自分も木岡の様子を聞けるかもしれないと思ったので、この日を楽しみにしていた。

時計を見る、19時を少し過ぎていた。


(田坂がもうすぐ来る)


そう思うと、期待と不安の入り混じったなんとも言えない気持ちになる。メールをもらってからこの日のことを思う度に、そんな気持ちになっていた。

足音が近づいてくる。


(来た…)


「こちらのお部屋になります。」


そう言って案内係りの人が個室のドアを開ける。田坂智が立っている。京子の心臓が大きく飛び跳ねた。

 

「すみません。迷ってしまって遅れてしまいました。青山とか全然来ないので」


そう言って入ってきた田坂は2年前とそれほど変わって見えなかったが、表情が少し険しく見えた。なんというか、柔らかい雰囲気が消えていた。田坂もいろいろと大変な経験をしているのだろうと京子は思った。


「全然いいよ。それより、こっちまで来させてごめんね」


「とんでもないです。そんな遠くないし。それより、こちらこそお店取ってもらってすみませんでした」


「今、上野にいるんだっけ?」


「隣です。御徒町。いつも飲むのは御徒町のガード下なんです。だから、こんな青山のお洒落なお店緊張します。ただでさえ京子さんのような綺麗な方と一緒というだけでも緊張するのに」


木岡が「田坂はお洒落とか、ブランドとか全く興味ない奴なんだよ。酒飲むにしても焼酎と豆腐と焼き魚があればそれで満足する奴なんだ」


と言っていたのを思い出し、京子は笑いそうになった。


「そんな風に言ってくれて嬉しいけど、もうどんどんおばさんになってくよ。何飲む?」


「ウィスキーにしようかな。京子さんは?」


「私、ワインにする。そういえばビールそんなに飲まなかったね。」


田坂のことを思い出すたびに、木岡との思い出が蘇ってくる。

それぞれがオーダーする。


「あの、突然で本当にすみませんでした、しかも、旦那さんいらっしゃるのにこんな誘い方をしてしまって」


結婚していることはメールでのやりとりの段階で伝えていた。その時、田坂に離婚経験があることも聞いていた。


「いいの、気にしないで。あの人、私に興味ないから。外出することに対して何にも言わないの。どこに行く?とか、誰と行く?とかも聞かないんだよ。」


周りの友達は

「「どこに誰と行くんだ?」としつこく聞かれてうっとしい」

と愚痴ったりしているが、それを聞くたびに、(何も聞かれないのも寂しいもんだよ)と思っていた。まあ、それにもすっかり慣れたが。


「そうなんですね。でも、僕も…」


田坂がそう言おうとした時、飲み物が運ばれてきた。

田坂が言おうとしたこと。


「僕もそうだった」


そう言おうとしたのだと京子は思った。だから離婚したのだろう。十分に分かっている。もう自分たちの夫婦生活なんて破綻している。いや、破綻しているどころか、そもそも初めから成立していなかったのかもしれない。

何に対して乾杯するのかわからないまま、京子たちはグラスを合わせた。


「田坂くん、元気にしてた?」


何となくそう聞いた。

田坂は結婚してから現状に至るまでを話してくれた。田坂が結婚したのは、京子と木岡が別れてから少し経った頃だった。京子たちが27歳だったので、一つ下の田坂は26歳ということになる。

京子たちが別れたことを知ってから木岡とは連絡を取らなくなったらしいが、結婚の時期が重なったのも原因の一つだったのかもしれない。

田坂は29歳で離婚したらしく、結婚生活は3年程度だったらしい。離婚した翌年の30歳の時、今の会社に転職、その2年後、東京転勤が決まったとのことだった。

その時、久しぶりに木岡に連絡を取ろうとして、木岡の状態を知ったらしい。なので、京子たちが別れた後の木岡の様子は知らないのかもしれない。ただ、現在の木岡は社会復帰が難しい状態だということだった。それを聞いて京子は涙が出そうになった。

結婚生活についても尋ねてみた。田坂はいろいろと話してくれた。結婚生活だ。いろいろあって当然だ。しかし、田坂に結婚生活について尋ねられた時、京子には話すことがなかった。


(私の結婚生活ってなんなんだろう)


ここでも、そんなことを思い知らされた。

もちろん、離婚について考えなかった訳ではない。しかし、旦那は認めないだろう。自分のキャリアに傷がつくのを何よりも嫌う人だし、彼は離婚を「傷がつく」と考えるに違いなかった。


「悠々自適な生活ができてるだろう。何が不満なんだ?」


そう聞いてくる彼の姿を容易に思い浮かべることができる。自分の思いを彼にぶつけたところで理解してもらえるわけがない。


「悠々自適な生活を選んだのはお前じゃないか」


そう言われたら反論できないし、確かにそうなのだ。


(あのとき…)


と考えてしまうが、


(これが自分の選んだ現実だ)


と考え、自らを納得させるしかなかった。


「田坂くん、結婚したこと後悔してる?」


そう聞いてみた。


「いえ、後悔してませんよ。離婚するんだったら結婚しなければよかった。とか考えたこと一度もありません」


京子は、結婚したことを後悔していた。田坂にも「後悔してる」と言って欲しかったのかもしれない。


「京子さん、今、幸せですか?」


不意に聞かれた。見透かされてるような気がした。


「幸せに見える?」


「いえ。見えません。失礼ですみません」


やっぱり、見透かされてる。


「最近ね、私は結婚に何を望んでたんだろうってよく思う。結婚前の私が今の私を見たら、完璧に成功してるように見えるはずなのにね。なぜ私が幸せじゃないと思ったの?」


「二年前に偶然会ったとき、京子さんは木岡さんについて僕に尋ねた後、僕の連絡先を聞いてきました。もし京子さんが結婚生活に満足してるなら、木岡さんに申し訳ないという気持ちがあっても、僕の連絡先なんて聞かないと思います。京子さんが今でも木岡さんのことを想っているから、僕の連絡先を聞いたんです。何より、幸せなら僕の誘いに応じて今ここにいるはずがありません」


その通りだ。


「そう言われると、そうだね。私の行動は自分が幸せじゃないって言ってるようなもんだ」


「僕は離婚できたから結婚したことを後悔してないんだと思います。結婚して、理想と違うことなんて当たり前のようにあると思うので。もちろん、離婚を望んでも、現実的にできない人だっていっぱいいると思います。だから、僕は離婚できて幸せだと思います」


(離婚できて幸せか)


「別れた奥さんも同じ思いなのかな?」


「それはわかりません。もしかしたら僕なんかと結婚しなければよかったと思っているかもしれません。ただ、僕は別れた奥さんに感謝してます。今、どこで何してるかも知らない。知りたいとも思わない。でも、感謝はしてます。彼女との結婚がなければ、今の僕はありませんので。」


(やり直せるから言えるんだよそんなこと)


そう思った。確かに、離婚できて幸せなのかもしれない。


「離婚の決め手って何だったの?」


「結婚って、愛情というか関心がなくなったら終わりだと思うんです。お互いが思っていた現実と違うとなっても、お互い我慢して譲り合って結婚生活を続けるのは、相手に対して愛情があるからだと思うんです。僕は子供がいなかったので、子供がいる場合はまた違うんでしょうが。」


そこで田坂の話が一旦途切れた。


「続きは?」


「言いにくいんですが、相手に関して完全に関心がなくなったんです。それこそ、外出すると聞いても、どこに誰と行くとか全く気にならない。正直なところ、浮気されてたってわからなかったと思います。知ろうともしなかった。もう、関心がなかったんです。その時、一緒にいる意味ないんじゃないのかなと思ったんです。」


心に突き刺さった。


「今の私たちかな」


「少ししか話を聞いてませんが、同じ印象を受けました。もちろん、僕は普通のサラリーマンなので、成功されてる方の結婚に対して考えの及ばないところもありますが」


一緒だ。悠々自適な生活をさせてもらってるから、あなたの気持ちが私になくてもなんとも思いません。とはならない。それに気づいた。


「私は、バカだな。東京でなりたかった自分になれて、大切なことに気づいたけど、もうどうしようもない。」


「京子さん、こんなこと聞いてはいけないと思います。それはわかってます。でも、これを聞きたくて連絡しました。木岡さんと…」


田坂の表情が変わった。こちらをじっと見てくる。これを聞かれると思っていたが、実際に目を見て聞かれると、田坂の目を見れなかった。


「ゆうくんと?」


目を伏せてしまう。


「はい。何があったか教えてほしんです」


聞かれるのはわかっていたことだ、京子はすべてを話した。木岡との結婚を決めておきながら、東京でのセレブ生活を選んだこと、そして、今はそれを後悔していること。田坂は静かに聞いていた。


「だから、ゆうくんがああなったのは私のせい。私のこと恨む?」


「違う先輩から、木岡さんは京子さんと別れてからおかしくなったと聞きました。その理由がわかりました。でも、恨みません」


「私がゆうくんと結婚してたらああはならなかったよ、それでも?」


「確かにそうかもしれません。でも、男女のことなので、どちらかが100%悪いということはないと思っています。いえ、そう言い聞かせてるのかもしれません。今回のことは、京子さんの身勝手だと思います。でも、京子さんのことを嫌いになりたくありません。だから、もう聞かないでください」


「田坂くん、私、やり直せるものならやり直したいよ」


京子の目から涙が落ちた。


「離婚して、やり直す選択もあると思います」


「簡単にいかないよ。自分が望んだ結婚だし、あの人は付き合ってる時と結婚してから変わったわけじゃない。私が期待してただけ。これは私が望んだ結婚なんだよ。それに、」


京子は地元を思い出した。何とも言えない気持ちになる。


「私の地元ってすごい田舎なの。そういう田舎ってね、「あそこの家の◯◯は都会に出て結婚したけど離婚したとか、◯◯は良い年してまだ嫁に行けてない」とか、そういう話が大好きで、すぐに広まるの。ゆうくんとのことも多分広まってる。「ゆうくんを廃人にしたのはあの家の京子だ」って多分なってる。これで都会のエリートと離婚でもしようもんなら、もう魔女扱いだよ。エリートをも捨てた魔女ってね。私の実家を指さして、「あそこが魔女が生まれた家だ」ってなるよ。私はいい。ひどいことをしたのは事実だし。でも、両親に申し訳がない」


実家にはしばらく連絡していないが、木岡が廃人になっていることで自分の両親はすでに後ろ指を指されているはずだ。それを考えると、心から申し訳ない気持ちになる。


「両親にも、ゆうくんにも本当に申し訳ない」


田坂がこちらをまっすぐ見てくる。


「京子さん、旦那さんにまだ愛情はありますか?」


なぜ今旦那のことを聞くんだろう?不思議に思った。


「ないよ。それだけははっきり言える」


「やり直したいですか?」


「できることならそうしたい。でも、どうやっても無理だから」


その時ふと、田坂はなぜ2年経った今、連絡してきたんだろうと京子は思った。聞きたかっただけ?それとも、何か別の理由があるのか。


「田坂くん、どうして今さら連絡くれたの?2年も経ってるのに、ゆうくんとのこと知りたいだけだった?でも、どうして今なの?」


田坂はじっとこっちを見つめていた。


「京子さん、旦那さんは大きなIT会社の役員ですよね?社名を教えてもらえませんか?」


「いいけど、どうして今連絡くれたのかの答えを聞けてない」


「後で言います。社名を教えてください」


何がどうなっているのかわからないまま京子は社名を告げた。田坂がスマートフォンを見る。おそらく、旦那の会社のホームページを見ているのだろう。


「京子さんの今の苗字って堀越ですよね?」


「そうだけど」


何してるんだろう。そう思って田坂を見たとき、ぞっとした。田坂が今までに見たことのない険しい表情でスマートフォンを見つめていた。まるで別人だった。それは悪魔のような表情にも見えた。


「田坂…くん?」


声が震えていた。


「京子さん、なぜ2年経った今連絡したかですが、木岡さんと京子さんの力になれるかもしれないと思ったからです。そして、力になれると確信し、力になろうと決めました」


言ってる意味がわからなかった。


「どういうこと?」


「京子さん、また飲みましょう。次は木岡さんも含めて3人で」


ますますわからない。


「田坂くん、何言ってるの?ゆうくんはもう…」


「いえ、必ず3人で飲めます。昔のようにみんなで笑顔で飲みましょうね」


そう言うと田坂は会計を告げた。田坂が支払ってくれ、二人で店を出た。


「田坂くんご馳走さま。話の内容でわからないことがあるから少し聞きたい。まだ時間ある?」


最後の田坂の言葉の意味がわからなかった。


「いえ、今日はやることができたので帰ります。今日は会えてよかったです」


「そう、じゃあ次会った時、言葉の意味教えてね。次はいつ頃会えそうかな」


「明日にしましょう」


「明日?」


明日は土曜日だが、予定があった。しかし、今日会ってるのに明日とはどういうことだろう?


「明日なの?明日は予定があって無理なの。別の日でもいいかな?」


「大丈夫です。明日、その予定は無くなってますので。では明日、連絡します。今日はこれで」


そういって去っていく田坂の背中を、京子はポカンと見つめていた。


相変わらず更新が遅くなかなか思うように進みませんが、少しづつでも進めて行こうと思います。

今回も拙い文章に付き合ってくださりありがとうございました。

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