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デリートマン  作者: わいんだーずさかもと
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第4話 ~デリートマン始動②~

「お久しぶり。おれ、人消す気になんかなってないけど、なんでまた出てきたん?」


既にログインは完了している状態だったので、すぐに送信した。


「田坂さま、お帰りなさいませ。本日もお仕事おつかれさまでした。

少し、心境に変化が出られたようですので、久しぶりに出てまいりました」


(こいつら、やっぱなんでもわかるねんな)


おそらく、藤木を消したことについて

(良いことをしたのではないのか?)

と思い始めた心境の変化を捉えたのだろう。

でもちょうどよかった。少し聞きたいことがあった。

(だから出てきてくれたのかもしれへんな)


「データ取ってるから気づいてると思うけど、藤木を消したことに対して罪悪感がなくなってきてる。こういうオレの気持ちってばれてるというか、把握されてるよな?」


「はい、把握しております」


「まあ、そやと思った。で、聞きたいことあんねんけど、オレが見えない部分での変化ってどんな感じ。たとえば藤木の奥さんとかはどうなってる?藤木の子供の周りは?子供は消えてるはずやから、その部分にも変化があるはずや。あと、藤木のご両親は?ご両親は消えへんけど、ご両親にとって藤木という子供は生まれてこなかったことになるから、当然変化があると思うんやけど。」


自分の見えない部分の変化について知りたかった。もし、見えない部分についても、すべての状況が好転しているのであれば、本当に藤木は「いらない人間だった」ことになるのではないのか?


「田坂さま、おっしゃられるようにご指摘の部分すべてに変化はあります。しかし、残念ですがその変化についてはお伝えすることができないのです。

お伝えすると田坂さまの心境に変化が生じます。それは避けたいのです。田坂さまご自身で見られて、感じられたことで判断していただき、行動していただきたいのです」


確かに藤木が消えたことで、実はとんでもなく悪い事が起こっていたりすれば、おれは落ち込んでしまうだろう。自分で質問しておいておかしいが、聞きたくないという気持ちもどこかにあった。


「そう。わかった。でも、そういう変化のデータって凄い量になるんやないの?

そんなん全部とって研究に使うん?」


「そうです。膨大な量になりますが、必要なデータとなりますのですべて蓄積します。加えて言いますと、田坂さまの心境の変化も重要なデータとなります」


(そうなのか)


確かに、1ヵ月前に比べると、かなり心境に変化が起きている。この研究員に対しても腹が立っていたが、今はそんな怒りの感情も消えている。


(そうだ、この研究員の名前だ)


「あんたさ、名前なんていうの?こっちは「田坂さま」って言われてんのに、オレはずっと「あんた」とか「おまえ」やから、名前聞いときたいなと思って」


「当然私も人間ですので名前はありますが、田坂さまが関わってきた方の中に同じ名前の方がいらっしゃるんです。ですので、いいですよ。今のままで。同じ名前ということで変に感情を持たれて、データに影響が出ると困りますので」


「徹底してんな。了解。あんたがいいなら「あんた」でいいです。それと、質問ばっかで申し訳ないんやけど、どうしても聞いときたいことがあんねん」


この1ヵ月、何回か考えたけどどうしても納得できないことだった。


「なんでしょう?」


「なんでオレなん?やっぱり、考えてまうわ」


「そうですね。詳しくは申し上げれないのですが、気にされるお気持ちもわかりますので、ヒントを差し上げます」


「遠慮せんと答えでいいのに」


「まあそうおっしゃらず。田坂さま、質問されているのはこちらなのですが、少し質問させてください。今回、藤木さんが存在しない過去になったことで、田坂さまの周りの環境には少なからず変化がありました。では、視点を田坂さま個人から、「東京」という広い範囲に移した場合、変化はどうでしょうか?」


「変わってないんやないかな。東京が良くなったとか悪くなったとかはないと思う」


「なるほど。では「この国」という視点ではどうでしょう?」


「それこそ、なんの変化もないやろ。」


「私もそう思います。

 何が言いたかったかというと、どこに視点を置くかで変化の見え方が変わってくるということです。たとえば、「この国」、とか「この街」という大きな視点で見た場合、変化は見えにくくなりますが、個人などに視点を絞ると変化は見えやすくなります」


「それはそうやろな」


「では、大きな視点で変化を起こしたい場合はどうしましょう。デリートサイトの仕様上現実にはできませんが、もし核実験を繰り返す国があったとして、その国の首相を消したらどうなると思いますか?核実験の行わない国になっている今があると思いますか?」


「いや、変わってないんやないかな。違うだれかが首相になってるやろうけど、その国の体質みたいなもんやろ?そういうの。簡単には変わらへんと思う」


「実際にデータがあるわけではないので何とも言えないのですが、私もそんな気がします。

広い視点で物事をみた場合、一人を消す程度では変化は起こしにくいと思うのです。ですので、首相や知事、市長などをどんどん消していってもそ、大きな変化が起こる可能性は低いと思うのです。もちろん、劇的な変化が起こるかもしれません。それはわかりませんが、個人という視点でみた場合の方が、変化が大きくなることは間違いありません」


何が言いたいのか、何となくわかってきた。


「なるほどね。おれは小さな視点で物事を見てるのか」


「極めて局所的です。田坂さまが「何かを変えたい」と考えることがあったとしても、その場合の対象はご自身の周りのことに限定されているはずです。

具体的に言いますと、「この街をよくしたい」とか「この国をよくしたい」といったことは決して考えないと思うのです」


確かにその通りだ。自分の周りのことにしか興味がない。


「確かにそうかも。でも、あらためて言われると自分が凄い小さな人間のような気がして、なんか嫌やな」


「それだけで小さな人間ということにはならないと思いますよ」


「ただ、私どもにとっては「自分の周りにしか興味がない」というのは好都合なのです。もちろん、それだけで田坂さまをデリートマンとして選んだ訳ではありませんが、大きな選定理由にはなっております。以上がヒントとなります」


(デリートマンには小さな人間が好都合か…)


「選ばれた」というフレーズを聞いてこんな残念気持ちになったのは初めてだ。


「そうなんか。なんで自分の周りにしか興味ないヤツが向いてるのかはわからんけど、聞いても教えてくれへんやろし、他の選定理由もどうせ教えてもらわれへんやろから、もう聞きません。けど、自分の周りにしか興味ない人間ですが、人を消す気にはなれてへんよ。だからやっぱりデリートマン失格やないかな?」


藤木を消した罪悪感は消えていたが、また人を消そうという気にはなれなかった。


「一つ、言わせてください。以前も申し上げましたが、「消す」ことは「殺す」ことではありません。消した人は存在しなかったことになります。ですので、過去が「その人がいなかった」場合の過去になります。その結果、現在の状況も変わります。ここまではご理解いただけてますよね?」


「それはよくわかってる」


「では、デリートサイトで「人を消す」という行為ですが、これは過去を変えて、そして今を変える行為ということにはならないでしょうか? 」


理解はできる。ただ、ひっかかる。


「頭では理解できるけど。でも、人を消した場合、その人には申し訳ない気持ちになる。取り返しのつかないことをしたとも思う。だからやっぱり消されへん。あと、疑問に思ってたんやけど、なんでおれの記憶もみんなと同じにならへんの?

藤木を消したとき、みんな「藤木が存在しない世界の記憶」しかなかった。藤木が存在してたことなんて、誰も覚えてなかった。なんでおれだけその部分の記憶がある?

同じように消してくれてたら、オレも罪悪感とか感じることなかったのに。

あんたらが集めてるデータ、どんなデータ集めてんのか知らんけど、どうせ藤木を消す前のデータと消した後のデータ両方集めてんねやろ?

他にどんなデータ集めてるんかわからんけど、おれの記憶をみんなと同じにして、おれの記憶の中からも藤木を消したとしても、あんたらの収集データに影響ないと思うんやけど」


「おっしゃられるように、藤木さんを消す前のデータと消した後のデータ両方集めております。このデータに関しましては、田坂さまがおっしゃられる通りです。田坂さまの記憶をみなさまと同じにしても影響はありません。ただ、そうしてしまうと重要なデータが取れなくなってしまうんです」


「重要なデータ?なにそれ?」


「先ほど申しました田坂さまの心境の変化です。このデータと、さらに重要なのは田坂さまご自信の評価データになります。さきほど、田坂さまはおっしゃられました。人を消したとき、

「消してしまった人に対して申し訳ない気持ちになる」と。

「取り返しのつかないことをした気持ちになる」と。

では聞きます、藤木さんに対して、今そのような気持ちはありますか?」


藤木に対する罪悪感は完全に消えていた。


「正直に言うと、もうない」


「なぜだかわかりますか?それは、田坂さまが「藤木さんがいた世界」と「藤木さんがいない世界」を比べて「藤木さんがいない世界」の方が良い世界と評価されたからです。

良い世界どころか、「藤木さんがいた世界」の良かった点を一つも見つけれずにいる。

なぜ、藤木さんに対して「申し訳ない」という気持ちがなくなったか。藤木さんがいない世界で目に見えるすべてが好転していたからです。

なぜ、「取り返しのつかないことをした」と思わなくなったか。取り返す必要がないからです。シンプルにわかりやすく言いますと、

田坂さまは「藤木さんは不要な人間だった」と評価された。

だから、完全に罪悪感が消えているのです」


何かに触れた気がした。


この人たちが何をやろうとしているのかはわからないままだが、今、この人たちがやろうとしていること、その端っこに少し触れた気がした。


「あんたの言う通りかもな」


「田坂さまは過去を変えて、現在を好転させました。これはまぎれもない事実ですが、素晴らしいことだと思いませんか?

田坂さまは「人を消す」ことにフォーカスを当ててしまいがちですが、「過去を変え、今を変える」ことにもっとフォーカスを当てても良いのではないでしょうか?

田坂さまに「変えたい今」はございませんか?

ある場合、田坂さまにはそれを実現する力があるということだけは覚えておいてくださいね。もちろん強制はしません。強制はしませんが、今回の藤木さんのケースを良く考えていただき、行動していただければと思います」


「わかった。少し考えてみる」


「ゆっくりお考えください。それでは、本日の削除はなさそうですので、このあたりで失礼させていただきます」


「うん。ほなね」


デリートサイトが閉じられ、いつものノートパソコンに戻る。


(「変えたい今」か。)


真っ先に思い浮かんだことがあった。


(木岡さん…)


大好きな学生時代の先輩だ。

大阪の大学で一つ上の先輩だったが、東京で就職が決まったので卒業してすぐ東京へ行ってしまった。しかし、関係が途絶えることはなかった。東京に遊びに行ったときはなからず木岡さんのところへ寄ったし、社会人になってからも東京出張の際など、必ず木岡さんのところへ顔を出した。

彼女ができて、大阪に連れてきてくれたりもした。女優のようにキレイな女性だった。あの頃の木岡さんは本当に幸せそうだった。

彼女は京子さんといった。京子さんはとても人当たりの良い方で、後輩のおれたちともすぐに打ち解けてくれた。それからは木岡さんと遊ぶとき、いつも京子さんが一緒だった。


「京子と結婚しようと思う」


そう電話をもらったとき、自分のことのように嬉しかった。それなのに…詳しくは知らない。別れたことを知ったのはずっと先だった。

「結婚する」という電話を最後に先輩からの連絡がなくなったので、久しぶりに連絡してみた。


「京子とは別れた」


とだけ告げられた。いろいろと聞きたいことはあったが、木岡さんはとても話せるような状態ではなかったように思う。それから、なんとなく疎遠になってしまった。

その数年後、今の会社に転職した。そして入社2年が経ったころ、東京転勤が決まった。転勤が決まった瞬間、おれは真っ先に木岡さんのことを思った。


(また昔のように遊んだり、飲んだりしたいな)


そう思いすぐに連絡したが、繋がらなかった。電話しても出ない、メールも返ってこない。おかしいと思い、木岡さんと仲の良かった他の先輩に連絡してみた。


「重度のうつ病で入院している」


という話をそのとき聞いた。


(あの明るくて、優しくて、誰からも愛される木岡さんがうつ病?)


信じられなかった。東京に出た際、すぐに病院へ駆けつけた。入院を教えてくれた先輩も付き合ってくれた。そこには変わり果てた木岡さんがいた。

初めは誰だかわからなかった。認めたくなかったのかもしれない。しかし、時間が経つにつれ、木岡さんだと認識せざるをえなかった。

帰り道、


「社会復帰は難しいらしい」


そう先輩が教えてくれた。先輩もうつになった原因を詳しくは知らないみたいだったが、京子さんと別れてから様子がおかしくなったとのことだった。


(何があったんだろう)


詳しく知りたかったが、当人たちにしかわからない問題もあると思い、詮索するのをやめた。

東京に出てきて1ヵ月が経ったころだった。街で不意に声をかけられた。振り向くと、そこには昔とかわらない美しい京子さんが立っていた。そのとき、彼女から木岡さんのことを尋ねられた。

京子さんは木岡さんの病気のことを知らなかったらしい。病気のことを告げると、彼女はショックを受けている様子だった。

病院での木岡さんを思いだしたが、京子さんを責める気にはなれなかった。何があったかはわからない。でも、京子さんだってそんなこと望んでなかったはずだ。

京子さんは自分と別れてからの木岡さんの様子を知りたそうにしていたが、そのときはお互いの連絡先を交換して、それ以上は話さなかった。おれの連絡先を聞いてきたのは、きっと別れてからの木岡さんの様子が知りたかったからだ。

あれから2年経ったが、彼女からの連絡はない。自分から連絡しようかと何度か思った。少しでも木岡さんがああなってしまった原因を知りたかった。しかし、京子さんは結婚しているだろうし、気が引けた。何より、自分が連絡したって何が変わるわけでもない。そう思っていた。


(でも、今なら…)


変えることができるかもしれない。廃人のようになった木岡さんを、元の明るく優しかった木岡さんに変えることができるかもしれない。

京子さんも木岡さんのことを気にかけているはずだ。だからおれの連絡先を聞いてきた。もし、木岡さんに何の感情もなければ、おれの連絡先なんか必要ない。


(もしかして、京子さんも今に満足してないのか)


そう思った。2年前の話だが、確認しなければいけないと思った。


(まず、聞くんだ。二人の間に何があったのか)


スマートフォンに手を伸ばす。ふいに木岡さんと京子さんの笑顔を思い出した。


(取り戻さないと。笑顔の木岡さんと京子さん。みんなが幸せになるなら、そのためなら…)


スマートフォンを握る右手に、いつのまにか力がこもっていた。


今回も最後まで拙い文章に付き合ってくださりありがとうございました!

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