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デリートマン  作者: わいんだーずさかもと
18/33

第18話 ~デリートマンの友達⑨~

「びっくりしたわ、久しぶりに大阪帰ってきたら、『しげきち』がオシャレなバーになってたから」


こっちのセリフだ。いきなり現れるな。


「田坂さん、東京でしたよね。もう帰ってこられたんですか?」


麻里は突然の田坂の登場に驚いてはいたが、冷静を装った。


「いや、一時的にやねん。先月に大阪帰って来て、来年の2月くらいにはまた東京戻るよ。残波、もらえるかな?」

「ただでさえバタバタする年末年始の時期に、移動って大変ですね。田坂さん、ロックですよね?」


「まあ、一人やしそんなこともないけどな。うん。ロックで頼むわ。それより、しげさん、ほんまに残念やった。オレ、聞いたとき東京おって帰ってこられへんかってんけど、麻里ちゃんも大変やったんやない?」


(きた。でも、大丈夫だ。冷静に)


「はい。突然のことだったんで。主人を失ったときは、どうしていいかわからなくて…でも、1年経って、だいぶ落ち着きました。あの人も、私がいつまでもくよくよしてると、悲しむだろうって思いますし」


ロックグラスを田坂の前に置く。田坂は、じっと麻里の目を見ていた。


(きっと、私の言葉なんか聞いてない)


麻里は心の中をのぞきこまれているような気がした。


「この店は、いつから?ずいぶん『しげきち』とは雰囲気が違うけど」


(この男は労いの言葉一つもかけられないのか?いや、わざとそうしているのか)


「半年ほど前です。実は、お店の改装は主人の生前から一緒に考えていて、主人も賛成してくれてました。だから、主人が亡くなってもお店の改装だけはしようと思ったんです。主人の願いでもありましたので」


(ほんとに賛成してくれてたんだ。あんたが余計なこと言うまではね)


「しげさんの願い?う~ん、しげさんのねぇ」


田坂はロックグラスを煽り、お店をぐるっと見渡した。


「しげさんの好みやない。いや、好みやないどころか、真逆な気がするな」


「お店の改装の案は私が出したんです。確かに、最初は良い顔をしなかったんですが、ほら、大正って沖縄のお店が多いじゃないですか?その中でオシャレな沖縄のバーをするのもいいかもしれないって、主人も思うようになってくれて、それで賛成してくれてたんです」


「メイク」


「は?」


「メイク、派手になったな」


(コミュニケーション能力がないのかこの男は。会話が支離滅裂だ)


さっきの話も終わってない。あの程度の説明でこの男が納得するはずがない。疑っているなら、もっといろいろ聞いてこなければおかしい。必要以上に話すべきではないかもしれないが、麻里自身が気持ち悪かった。


「あの、主人の話、納得していただけました?お店の改装に賛成だって」


「したよ。しげさん、ほんまは反対やったってことがよくわかった」


(この男なんなんだ)


「なぜでしょう?」


「しげさん、『オレは自分の料理が好きや。沖縄の店増えてきて沖縄料理が好きなお客さんも増えてきたけど、おれは自分の料理を出し続ける』っていうてたから。口では賛成してたかもしれんけど、あんたがうまいこと言いくるめたんやろ」


どうやら、自分で納得したから必要以上に聞いてこないらしい。

そして、麻里ちゃんから、あんたに呼び方が変わっている。なるほど、この男が店に来た時から嫌な予感はしていたが、どうやら当たりのようだ。


(この男は私を疑っている)


しかし、今さらだ。


(来るのが遅かったね)


今さら、何も出てこないのだ。


「そうなんですか?主人がそんなことを。もしかすると、気を使わせないために私にそう言ってくれたのかもしれません。優しい人でしたから」


主人が反対していたことを認めないほうがいいだろう。まあ、この男には何を言っても同じだと思うが。


「その派手なメイク、しげさんが見たら、なんて言うたかな」


(なぜそんなにこだわる?)


確かに、麻里は主人の前ではメイクはほとんどしなかった。主人が派手なメイクを嫌っていたからだ。


「そんなに派手ですか?確かに、あの人の好みではないと思います。あの人が亡くなって、気持ちが沈む日が続いたんです。それで、せめて外見くらいは明るくしようって。そうすれば、心もついてきてくれるんじゃないかって。メイクを変えて、仮面をつけているような気がしました。でも、意味のないことかもしれないけど、生きていく気力がなくなってたから、何かを変えないと、やっていけなかったんです」


「今はもう大丈夫?」


「おかげさまで。1年という月日が、私を徐々に前へ進めてくれました。もちもん、今でも主人を思い出して、悲しくなることもありますけどね」


「やめればいい」


「は?」


「1年経って心も大丈夫になったのなら、元のしげさんが好きだった、ほとんどメイクをしなかった顔に戻せばいい、それが仮面だというなら、取ればいいじゃないか」


(こいつ、顔が…こんなに冷酷な顔してたか?)


しげきちに来ていた頃は、いや、さっき店に入ってきたときは、こんなに冷たい表情ではなかった。それに、田坂の口調がどんどん変わってきていることに麻里は気付いていた。


「田坂さん、そうしてしまうと主人を思い出してしまうんです。あの人のことは大切でした。今でも心の中にいます。でも、私も前を見て生きていかなければいけない。そうするためには、あの人をふっきることも必要なんです。まだ、時間が必要なんです。田坂さんにはわからないでしょうね。本当に大切な人を失ったことなんか、きっとないでしょうから」


「なるほどね。でも、オレにはどうしても、あんたがそんな風には見えない」


「失礼な人ですね。あなたから私がどう見えようが関係ない。私は本当に主人をふっきろうと日々努力しているんです」


「違う。オレが言ったのは、ふっきる、ふっきらないの話じゃない。その顔の話だ。オレが言いたいのは、あんたのその顔が仮面じゃなくて、素顔に見えるってことだ」


(いい加減にしろよ)


「何が言いたいの?」


「おれがしげきちに通っていたころ。あんたはほとんとメイクをしていなかったけど、おしとやかとか、そういう印象をまったく受けなかった。当時はなんでだろうと思っていたが、今日、あんたに会ってその理由がわかったよ。よく似合ってるじゃないか、その下品なメイクが。それが素顔だからだよ。メイクは落とせても、顔に滲み出る腹黒さは落とせなかったんだ」


「最低。あなたには、人の心がないの?それが、まだ心の傷が癒えてない人に対して言う言葉?」


「人の心がない?それは、そっくりそのままお返しする。あんたは心に傷なんて負ってない、それどころか…」


田坂がこちらを見てくる、氷のように冷たい目だ。


(よく、そんな目ができるな。その目に、何が見えてるんだ)


「おれはね、あんたが…」


(目をそらすな)


「わたしが…なに?」


(冷静に、私は動じてない)


麻里は声が震えそうになるのをこらえた。


「あんたが、しげさんを殺したと思ってる。直接手を下したわけでないと思うけどね」


(落ち着け、想定内だ。証拠はないはずだ)


「あなた、本当に信じられない!わたしが、わたしが今までどれだけつらい思いをしてきたか!そんな人に向かって、よく、よくもそんなことが…」


声を詰まらせ、涙を流す麻里。


「やめろ。無駄だ。言っただろ。あんたのその顔が素顔だと思ってるって。その下品なメイクにしおらしい涙なんて似合わない。おれにはそんなもの効かない」


(そうみたいだね。よくわかった。じゃあ、応戦してやるまでだ)


「何を根拠にそんなこと言うの!わたしのことなんて、何もしらないくせに!」


「そうでもない。いろいろ知ってるよ」


「何をよ!」


「たとえば、このリフォームを担当した男と、必要以上に仲が良いこととか」


(中元!不倫をかぎつけたのか。でも、それだけだったら問題ない)


「担当してもらったんだから、仲が良くなってもおかしくないでしょ」


「ちゃんと話を聞いてたのか?『必要以上に』と言ったんだ」


「だから、そういう関係になったことも含めて『仲が良くなった』って言ってるの!」


「違う。あんたとはどうもかみ合わない。男と女の関係になったことを言ってるんじゃない」


(こいつ、まさか…)


「言ってる意味がわからない」


麻里の声が震えだした。そのとき、カウンターの奥で麻里のスマートフォンがなる音がした。メールがきたようだ。


「メール、来たみたいだぞ。緊急かもしれないし、みたら?」


メールの確認なんかどうでもよかったが、麻里は一旦、目の前のこの男から離れたかった。急いでカウンターの奥へいく。


(きっと、あいつは何かをつかんる。直接的な証拠はないはずだが、それでも何かを知っているからここへ来たのだ。今日、これ以上話すのはよくない。このメールを口実に、急用ができたことにして、店を閉めよう)


今日のお客は今のところ田坂の他にいなかった。

麻里はメールを確認した。


「ごめん、今日は…え?」


(うそでしょ…なんで)


スマートフォンの画面には


『しげちゃん』


と表示されていた。死んだ旦那だった。


「金城麻里、お前が思いついたやり方だ。まあ、メールを送ったのはお前じゃないけどな。このことだよ。オレが言ったのは。偽造メールを送ってくれるなんて、ずいぶんと仲よしじゃないか」


血の気が引いていく。今、自分はどんな顔をしているか、麻里は気になった。


「なに…を?なにを言ってるの?」


声が完全に震えている。麻里は自分でもはっきりとそれがわかった。


「とぼけるなよ。しげさんのお母さんに成りすまして、メールを送らせたじゃないか」


(こいつは、私のやったことを知っている。嫌だ…でも、嫌だ!今の生活を失うのは!)


「何が言いたいのよ!言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいでしょ!」


(誰か、この男を連れていって。必死になって手に入れた今のこの生活を失うのは、絶対に嫌。誰か…誰か助けて!)


そのとき、店の入り口が開いた。


「よく来たな、中元」


その光景を麻里は唖然として見ていた。


「いっぺいくん…」


そこには麻里の不倫相手、中元一平が立っていた。

今回も拙い文章に最後まで伝わってくださりありがとうございました!

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