序章 龍炎 誕生 7
「ハイ、そうです。なので、誰にも相談することもできませんし……。ましてや、さっき申し上げたとおり、祖母にも『人様に言うな』と言われてきたことでしたわけですし……」
他人が見えないモノが見える。そのこと自体が他人には理解されないことである、ということを女は間違いなくきちんと自分で理解している。
他人には見えないモノが、自分が好いた相手の後ろやそばで、ちらちらと見え隠れしているのだから、余計に相手のことが心配なのだろう。
誰に相談することも出来ず、かといってこのまま放置できることではないので、色々聞いて回ったり、探し回ったりしていたに違いない。
やっとの事で見つけたここで、何とかなりそうだということを感じたのだろう。
自分が、他人に見えないモノが見える退室であることに気付いてくれたこの男に一筋の光を見いだした女は、言葉とは裏腹に、かすかに笑みを漏らしていた。
「ふむ。で、あれば、黒い影とやらを、直々に拝みに行くしか方法はなさそうだな?」
と言った龍炎に、女は手を逢わせてお辞儀をした。
「お願いいたします。この通りです。仰るだけのお代は払えないかも知れません。でも、あの人が元に戻ってくれさえすれば、後は私、なんとでもします。この通りです!」
笑みを浮かべていた顔から一変して、龍炎をじっと見つめる女に、龍炎は思い出したように尋ねた。
「そう言えば、そなたの名前を伺ってはおらなんだな。遅くなって済まぬ。名前は、なんと仰るのだ?」
「あ、はい。美津、と、申します」
「ほぉ。お美津さんか。いい名前だ。で、今から俺が会いに行く男の名前は? どこにいるのだ?」
「はい、大工をしています源治、と言います。住まいは北野天満宮の近く。仕事がなければ、近くのそば屋にいるか、もしかしたら甘いものを食べているかも?」
龍炎は笑いながら身を乗り出し、こう言った。
「ふぅむ。その、源治とか言う男は、酒も甘味も、両方いける口か?」
「あ、はい。源さんは、たぶんどちらもすきだと……」
美津に言われ、龍炎は立ち上がって支度を始めた。
先ほど川魚を捕ってきた妖も、龍炎が支度を始めたのを見て、近寄ってきた。
「良いところに。済まぬが、先に行って、源治という男の居場所をさがしておいてくれぬか? そば屋か、甘味処か。天神さんのそばにおるそうじゃから。もし、おらなんだら、大工の仕事をしておるのじゃろう。そうなると、こちらが聞いて回るしかなくなるので、そのときはわしの所に戻ってきてよい。頼んだぞ?」
龍炎にそう言われた妖は、一回宙返りをすると、美津にも頭を下げ、そのまま北野天満宮の方角へと駆けていった。
美津は、それを眺めていたが、
「あの人の見た目とか、何も伝えなかったのですが、大丈夫でしょうか?」
と言った。それを聞いた龍炎は、納得した感じで頷くと、
「確かに。だが、心配はいらぬよ。あいつにだって、そなたと同じモノが見えるのだ。どんな態をしていようと、ついている黒い影さえ見れば、これほど確かなことはないであろう?」
そう言って笑って答えた。