序章 龍炎 誕生 6
龍炎は女をみていた。
『見える力』があるのに、ここに来た、と言うことは、どういう事か。
「遅くなって済まぬ。茶を入れよう。」
腰を下ろしたところなのだが、また立ち上がり、茶を入れる用意をし始めた。
「あ、いえ、そんな。お気遣いいただかなくても……」
そう言う女に、ぶっきらぼうに茶碗を差し出しながらこう言った。
「まぁ、そう言うわけにもいかぬ。そなたは、ここに来た『お客様』だからな?」
一瞬だけ、にこりとした龍炎をみて、女のほほが薄く色づいた。
「で、そなた、何を見たのだ? 見えた相手は誰だ?」
真面目な表情に戻った龍炎に聞かれ、女は慌てて答えた。
「はい……。私の幼なじみなのですが、このところどうも様子がおかしいと感じることが続いていて。それで、ある時、彼を見たらその後ろになんか黒い影のようなものが見えて……」
ふむ、と頷いた龍炎は、女の言葉を頭の中で繰り返した。そして、こう言った。
「何か黒い影のようなもの、と言うことは、はっきりとした姿を見たわけではないのだな? 様子がおかしいのに気付いたのは、大体いつ頃で、どんなことでか、おぼえているか?」
女は腕組みをして、しばらく考えていた。
記憶の糸をたぐっていたのだろう。
「最初にそう思ったのは、一ヶ月ほど前でしょうか。見かけたときに声をかけたのですが、返事がどこか上の空でした。それから一週間位して、見かける度に声をかけるのですが、そのときも『あぁ』とか、『うん』とか中途半端な返事ばかりなんです」
「ほォ。一ヶ月前……。まぁ、それほど日が経っていないのは幸いだな。で、その黒い影、のようなものの、形は分かるか? 何かに似ていたりはしなかったか?」
しかし、この問いかけに女は明確な返事ができなかった。ただ、首を横に振るばかり。
「だろうな。まぁ、仕方のないことだ。で、さっきも言ったが、その黒い影、のようなものは、そなたの周りにいる、他のみんなには見えていないワケだな?」