3 接客を終えて
「あああああ、疲れたあああぁぁ」
「あらあら、女の子がそんな声を出しちゃダメよ?リアナちゃん」
「ううぅ、だってぇ……」
「そんなにかわいい言い方をしてもダメなものはダメ。そんなに酷かったの?」
あの駄馬のプロフィールと希望の相手を聞いて私は疲れ果てていた。
だって、あの野郎ときたら……。
「聞いてくださいよ、ルアンさん! あのお馬さんとんでもない変態さんなんですよ!?」
「変態って……若い女の子がそんな事言わないのよ? ……それでどんな内容なの? お姉さんに話してごらんなさい。ご飯でも食べながらね?」
そう言えば夕食がまだだったわ。
店から居住スペースに戻ってすぐにテーブルに突っ伏したけど、奥からはいい匂いが漂ってきている。
まさかルアンさんが作ってくれたの?
私は下準備の途中までしかしてなかったのに。
「ありがとうございま……あれ? ルアンさんが作ったって事は、まさか隠し味に血が入ってたりとかはしないですよね?」
「料理に血を入れるとか、どこの野蛮人よ。ヴァンパイアを馬鹿にしてるの?」
キッとお姉様に睨まれたけど、これは私が悪いのだろうか?
だってヴァンパイアって血を飲むイメージしか無いのだけれど……。
「ご、ごめんなさい。じゃあ、血は後で別に飲むんですね!」
「え? ご飯を食べたら飲まないわよ。太っちゃうじゃない」
「そうなんですか……」
「そうよ。最近は運動不足だから、お野菜を多めにしてるんだから」
ヴァンパイアさんもダイエットをするのね。
これは新しい情報だわ。
それに食事をすれば血を飲まなくていいなら、一緒に暮らしていくのだから安心出来る。
朝目覚めたら、血を吸われてましたとか怖すぎるものね。
「特に今日のは自信作よ! これを食べながらお話を聞かせてちょうだい?」
女の私でも一瞬で見とれるような笑顔のお姉様。
その手に持った料理も、普段の食卓には絶対に並ばないだろう輝きを放っていた。
「すごくおいしそう……私の今までのごはんとは何だったのかしら……」
誰ともなしに出てしまった独り言。
あれが普通の夕食だと言うのなら、私が作っていたのは『エサ』としか呼べない。
あれ? もしかして私ってお料理下手なの!?
「うふふ、そんなにおだてなくてもいいわよ。今日は時間がなかったから手抜き料理なのに恥ずかしいわ」
「……手抜き……以下の私……」
自分の中の何かがガラガラと音を立てて崩れていくのを自覚しながら、乾いた笑いと共においしい匂いの食事へと手を伸ばすのだった。
「それで、どんな内容だったの?」
「んぐっ……そうですよ、聞いてくださいよ!」
手抜きとは何だったのかと問い詰めたい豪華な夕食に小躍りしながら挑みかかった。
我ながら上品とは言えない様子だっただろうに、ルアンさんは小動物を愛でる女神のような微笑みで見守ってくれた。
……余計に惨めである。
しかし胃袋は正直で『このうまいメシをもっとよこせ! 早くよこせ!』と指令を出す。
ようやく人心地ついて、デザートの果物を食べている時にそう聞かれる。
「あのお馬さん、物凄く理想が高いんですよ!」
「聞いたのは私だけど、ごめんなさいね? それ食べてからでいいわよ?」
「……」
その視線の先にはフォークに突き刺したうさぎさんリンゴが……恥ずかしい。
これじゃあ完全に食いしん坊キャラじゃない。
それでも食べ物は粗末にしてはいけないと、シャクシャクと食べきる。
と同時に出てきたお茶に女子力の違いをまざまざと見せつけられたのだった。
「クッ……ご、ごちそうさまでした。それで、お馬さんなんですがね?」
「おそまつさまでした。うんうん、どんな希望なの?」
結婚相談用のお客様メモを取り出して読み上げていく。
何回もお客様に聞くのは失礼だし、手間だもの。
ここだけは聞いておかないとマズイっていう部分を一覧の質問形式にして用意している。
師匠のアイデアだけど、これは本当に便利ね。
「まず、大前提がありまして。それが何と『相手は人族もしくは人族の外見に限りなく近い事』なのです」
「ふぅん……意外と普通じゃないかしら?」
そう。
これが他の相談者様ならば普通と言えるわ。
でも、今回はお馬さんである。
あえて繰り返すがお馬さんなのだ。
「ケンタウロスさんが相談者様なんですよ?」
「ああ……そうだったわね。そうなると厳しいのかしら? 当然、同じ種族でもいいのでしょう? それでも魔族ってだけでハードルが……」
「いいえ、ルアンさん。残念ながら同種族のケンタウロス族は全滅……全員趣味じゃないそうです。許容範囲はエルフさんとか、ヴァンパイアさんはギリギリセーフ。サキュバスさんは羽でアウトだそうです」
「……は?」
そうなのだ……私も最初は油断していた。
魔族のお客様相手なら、その紹介相手も魔族なのだろうと。
まさか最初からこんなハードルを上げてくるなんて想定外過ぎる。
「ですから、本当に『限りなく外見が人族』じゃないといけないそうです」
「そう……それはなんとも……あ、ワイン飲む?」
「いただきます」
師匠を見てきたからダメな大人というものは理解している。
でもこんな時には飲んでもバチは当たらない筈よ。
ルアンさんが慰めるような目で用意してくれたそれをグイッと飲み干した。
ああ……おいしい……こんな時じゃなかったら、心底おいしいと喜べたのに。
「よかった、これは私もお気に入りなの。それで?」
おかわりを注ぎながらそう問いかけるルアンさん。
まだ続きがあるんでしょ? そんな笑顔で。
そうですね、現実逃避はまだ早いですよね。
「ええ、話しますとも。更に要望があり、『自分を手足のごとく扱える武勇があるもの』だそうです」
「…………」
返事もしないで並々注いだワインを一気飲みするルアンさん。
考えることを放棄し始めたようね。
「とどめに出た条件がまた凄いですよ。『私に乗るときは鞍を付けないで乗ってもらいたい。勿論、手綱は許すつもりだから心配はいらぬ』っていい笑顔で言ってました」
私が言い終わるとルアンさんはテーブルの上にあったワイングラスを片付ける。
そして出てきたのは水を入れておく為のピッチャーだった。
そこにたっぷりとワインを注いでくれた。
飲めという事なのだろう。
チビチビと飲んでいたのでは間に合わないのだ……脳の処理が。
「魔王様に言っておくから。ね?」
「はい。お願いします。切実に」
確かに私は借金のカタに結婚相手を紹介すると約束した。
だが、あくまでも『結婚できない魔族』を対象にしたものであり『結婚するのが絶望的なポンコツの面倒を見る』とは言っていない。
ものには限度というものがあると思うの。
「結婚相手のケンタウロスに騎乗できて……しかも鞍無しで? あげくに武勇があり外見は限りなく人族の女性ね……ごめんなさい、魔族でもちょっと想像ができないわ」
「奇遇ですね、私達人族もです。ルアンさん」
無言で見つめあいワインを飲む。
暑い……上着を一枚脱ごうかしら?
「さすがにそんな条件の相手を探すのは無理でしょう? 安心して、魔王様にはちゃんと……」
「え? いえいえ、探すのは探しますよ。居るかどうかは別ですが」
「そうよね、やっぱり……え? 探すの?」
若干汗をかきはじめたので、上着を脱ぐ。
そうすると肌着一枚だけど……女同士だしいいわよね?
脱いだ上着を椅子の背もたれに引っ掛けて、私は魔法の準備をする。
「探しますよ。それがお仕事ですもの」
なぜかキョトンとしているルアンさんの目の前で魔力を集中する。
これは私だけの個人魔法。
師匠に教わった魔法とは別の、いつの間にか使えていた魔法だ。
「発動……導きの天板」
私の呼びかけと共に、頭上へと浮かび上がってくる薄い板。
両手を目の前に差し出せば、そこにゆっくりと降りてくる。
大きさはいつも私が使っている『お客様質問一覧』と同じくらい。
手の平を並べたのと同じくらいかな?
そんな程度の大きさだ。
「あら。初めて見る魔法ね、個人魔法かしら?」
「はい。これは私の個人魔法です。これがあるからこそ、結婚相談所を営めるんですよ」
「へぇー。そうなの」
さほど驚いた様子の無いルアンさんは、カパカパとワインを飲み続けている。
個人魔法と言っても千差万別で、魔法使いが100人居たら一人は使えるって師匠が言ってたし。
そこまで珍しいものでもないか。
「さて。じゃあ早速……条件を設定……検索!」
導きの天板に検索条件を設定するのは簡単で、私の頭の中で考えれば反映されて文字として浮かび上がる。
そして『検索』と声をかければ、その条件に合う人が居る場所・名前・年齢などが表示されるのだ。
「あ、すごいすごい! ルアンさん、お一人見つかりました! どうやら領都に居るみたいですよ!」
「ふふ……いいのよ無理しないで。魔王様にはちゃあんと言ってあげるからね?」
あ、これは信用されていないパターンだ。
そっか、私の個人魔法を説明してなかったものね。
「見てください、ルアンさん! 私の導きの天板は条件を設定すれば、その条件に合う人物がいればこうやって表示されるんですよ、ほら!」
そうして天板に映し出された金髪ポニーテールの女性を見せる。
だが、返ってきたのは返事ではなくワインであった。
「ぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
「きゃあああああああ!! な、何するんですか! ルアンさん!」
口に含んでいたワインを盛大に吹きかけられて、さすがに文句を言う。
しかしルアンさんは、そんな私の怒りをものともしない。
そう……まるで獲物を見つけた蛇のような血走った目で私を見つめていた。
「リアナちゃん? ちょっとお姉さんにその個人魔法の事を詳しく教えてくれない? 大丈夫よ、怖くないから。ね? うふふふうふふ」
一瞬で対面に座っていた筈のルアンさんは私の事を抱き上げていた。
そして椅子に座るとその膝の上に抱きかかえる。
うん、逃げられません。
わかりました、話しますから……顔を拭かせてください……。