1 始まりの日
「本当に……本当に申し訳ない事をした。この通りだ!」
「「「申し訳ありませんでした!!」」」
「はあ……どういたしまして?」
見た事もないような綺麗な部屋の中、私は大勢の魔族達に頭を下げられていた。
魔族だよね? 羽が生えてる人や、灰色の肌の人族には出会った事がないし。
「あなたには危害を加えていない。勿論、女性に対する下品な事もしていない」
一番前で謝っていた男性が片手を上げると、透き通るような白い肌の美女が私の側までやってきた。
うわぁ、こんな美女は初めて見た。まつ毛長いし、お肌もツルツルだし胸も大きいし……髪の毛もサラッサラだわ。
ここまでの差があると嫉妬心は沸かないのね。
「ヴァンパイアの誇りにかけて誓います。あなたは処女です! この匂いは間違いありませんから、ご安心を」
「はい……その通りです……はい」
『おおおお』という歓声と拍手が上がる。
ヴァンパイアさんは匂いでそれが分かるのね……って、そうじゃないわよ!
何これ……公開処女宣言とか、新手のイジメなの? 謝ってた人がこの仕打ちとか、完全に油断してたわ!
「これで我々があなたに無体な事をしていないと理解してもらえたかな?」
「ああ、その為でしたか。でも、こんな私にそんな事をするような酔狂な人は居ないと思いますが……」
自分で言うのも悲しくなるが、私は非常にモテない。
同年代の近所の子よりも幼く見えるこの容姿に、この胸だ……こんな女を好き好んで襲う人は居ないでしょうね。
実際、男の人から告白なんてされた事もないどころか、私を見ると逃げ腰になる程だもんね。そんなに魅力がないのだろうか……止めよう、涙が出てきた。
「そんな事はない! たくましい胸板に、安定感がある腰! 何より、プルプルの脱皮した後のスライムのような二の腕は最高だぞ!」
「……はぁ。それは、ずん胴で……しかも、胸ではなく胸板のような小ささで、幼児体型って意味ですか?」
ケンタウロスさんが褒めてるのかけなしてるのか分からないフォローをしてくれる。
一番のチャームポイントが『脱皮したスライムのような二の腕』だなんて……スライムマニアの人なら好みのど真ん中なのかしら?
いやいや、そんな人とは付き合いたくない。
私を人間として見てくれる人がいいなぁ……やだ、理想が低すぎるじゃない!? 悲しくて涙が止まらないわ……。
「女の子に胸板って、あなたは馬鹿なの?」
「これだから馬なんだよ」
「魔族の恥さらしが……庭でも走ってろ」
心配したヴァンパイアのお姉さんが、真っ白なハンカチで涙を拭いてくれる。
ベッドに座っている私の隣に座って頭を撫でてくれているのだが、並ばれると余計に惨めになる。
あの胸は同性でも凶器ね。意味合いは違うけれど。
「あんな馬の言う事は気にしないでね? 私の経験から言うと、あなたみたいな子が大好きな人って居るものなのよ? だから安心して」
「お、お姉さん……」
それなら、私にもチャンスがあるの? そうなのね!?
「でもね? そんな人に付いていったら駄目よ。だいたい部屋に監禁したり、奴隷にしたりされるから逃げるのよ?」
「お、お姉さああああああああん」
それじゃ、私は結婚出来ないじゃないですかああああ!!
せめて、普通の結婚はしてみたい。そんな私の悲しみを込めた涙は止まらない。
「通じ合ったんだな」
「いい話だなぁ」
「俺、妹を思い出して泣けてきた」
どこかピントがずれた発言を聞きながら思った。
やっぱり魔族って人族とは考え方が違うのね。今度から近寄らないようにしましょう。
「感動の最中に済まないが、これだけは伝えておきたいのだが……」
これが感動の涙に見えるらしい男性が話しかけてきた。
さっきの先頭に立っていた人みたい。
「実は、あなたの師匠に貸した金を返して欲しくてな……手紙に召喚陣を刻んでいたのだが、まさか他人が手紙を開くとは思わなかったのだ。ちゃんと家に帰すから、心配しないで大丈夫だぞ?」
師匠……あなたは魔族にまで借金があるんですか? 最近、ようやく村長さんに借金を返したと思ったらこれですか?
旅に出る前に、私に言いましたよね? 『財産と店はお前にやるから好きにしろ』って!
負債も財産とか、完全に罠じゃないですか! 馬鹿師匠!!
こんな事になるなら、あの書類にサインなんてしなければよかったわよ……。
「も、申し訳ありませんでした。借金は私がお支払いします。あの馬鹿師匠は旅に出て行方が分かりませんし、財産は私が相続してしまったんです……」
「いや、大魔導士と呼ばれた彼女の事だから心配はないと思うが……そうか、行方がなぁ……相続!?」
よく見ればイケメンの魔族の男性。こんな人にまで迷惑をかけて……命の恩人じゃなければ、師匠を見捨ててるわ。
孤児だった私を拾って育ててくれた師匠には、感謝している。
魔法を使えるように仕込んでくれたし、勉強も教えてくれた。
最高の恩人だと、胸を張って言える人だ……この、借金クセがなければ……。
「はい、師匠の財産を相続してしまったので……書類上は私の借金だと思います。それでおいくらなのでしょうか?」
「なんと……そんな手段をとったか……あの女狐め」
「おいおい、悪魔みたいな奴だな」
「止めろ、悪魔族が気を悪くするぞ?」
「弟子に借金を押し付けるなんて、人族って怖いわね」
ヒソヒソ話のつもりらしいが、図体が大きい魔族達の声は大きい。私の耳にはしっかりと聞こえてくる。
恥ずかしい……人族って大きなレベルでまとめたら、私もあの師匠と同じ種族なるだろう。あんな生き物と同じ種族ってだけでも死にたくなるが、厳密にはエルフである師匠と人間とのハーフだろう私だから少しはマシなのだろうか?
いや、そんな言い訳じみた事の前に大事な事を確認しなければ。
「それで、いかほどの金額なんでしょうか? 出来れば分割でお支払いをしたいのですが」
「金貨換算で……100万枚だな」
「あのぅ、私は金貨一枚で一年間生活しているのですが……100枚ですか?」
「我が城の一角を吹き飛ばした修理費なのだ。残念だが100万枚だ」
「……城? 100万枚?」
最早、話が大きすぎて理解が追い付かない。
村長さんに借りた金貨5枚を必死になって返したのに、そんな大金は店の品物を売り払っても全く足りないわよ。
そうよ、これは夢なんだわ! そうに違いない!
「そうだ、店を引き継いだのなら……あの仕事も引き継いだのだろう?」
「ふぇ? ああ、はい。よくご存じですね」
現実逃避していた私をイケメンの魔族さんが現実に引き戻す。
「なら、決まりだ。骨董品屋の稼ぎでは返せないだろうが、あの仕事を並行してやってもらえば我々も助かる。それで徐々に返してくれ」
ウンウンと一人、納得した様子の男性。でも、そんな事でいいのかしら?
普通に考えて、そんなに金額が高い仕事じゃないわよ?
「あのぅ、本当にそれでよろしいのですか? 私が言うのもあれですけど、紹介料はそんなに高くないですし……」
「ああ、構わない。我が領地でも問題になっているのだ。それを解消出来るのなら、安いものだ」
わ、我が領地? え? もしかして、この人って……。
「魔王様、あの仕事とは? 金貨100万枚に匹敵する仕事を、この小娘が出来るとは……」
「ま、魔王様ですって!?」
全身黒の金属鎧を着こんだ女性が、心配そうな声色で言ったセリフに反応してしまう。
思わず声に出ちゃった……魔王って、あの魔王なのかしら? マ・オウさんって名前の魔族さんでありますように。
改めて黒い鎧さんを見る。女性よね? 声は女性だけど、魔族の性別って詳しくないし……男性なのかしら?
胸は男性みたいで親近感を覚えるけど……違う! そんな事を考えてる場合じゃないわ、しっかりするのよ私!
「ふふ、あの女狐は骨董屋だけではなく……とある副業をしていたのだよ」
「副業ですか? あの大魔導士が?」
あまりの展開で、混乱状態の私に近付く魔王様。
そして、私にニッコリと笑いかけてポンポンと肩を優しく叩くと、振り返って魔族の方々に声を上げる。
「あの大魔導士の副業は……『結婚紹介所』だ! これでお前達も結婚出来るぞ!」
「やった! 俺、一回でいいから結婚したかったんだ!」
「金貨の100万枚程度では足りません。予算を別につけましょう」
「ちょっと、故郷の行き遅れの妹に手紙書いてくる」
「地獄のお母さん、私もようやくお婿さんを見付けられます」
大盛り上がりの魔族さん達だが、待って欲しい。
あくまでも人族の結婚紹介所なんですが、魔族の方はちょっと……。
でも、これを断ったら……金貨100万枚か……うん、無理ね。返せないわ。
こうなったら、やるしかない……。
「せ、精一杯、頑張って紹介させていただきます」
「「「うおおおおおおおおおおおお!!」」」
その後、魔王様の指示で大宴会になりました。
魔族さん達は、結婚相手が見付からないで大変なんだそうです。
こうして自分の結婚すら危うい私は、この魔族さん達の結婚の為に働く事になったのです。
時間は稼ぎますから、師匠……早く帰って来て下さい……。
飲めや歌えやの大騒ぎの中、私は震えながら祈るのでした。




