第1章 *7*
ウェール城の大時計台が、夜明けの鐘を鳴らす頃――。
豪勢な調度品に囲まれた室内で、その部屋の主に呼びつけられた青年は片膝を折り、恭しく頭を垂れていた。
窓辺から眼下に広がる庭園を眺めていた人物は、「つまらない風景だ」と独り言をつぶやくと、ゆっくりと踵を返した。
振り返った瞬間、灰藍色の髪が射し込んだ朝陽に照らされ、かすかに輝く。
――と、早朝にも関わらず、廊下から聞こえてきた家臣たちの慌しく行き交う足音や話し声に、その紅い瞳が剣呑に細められた。
「まったく、朝から騒々《そうぞう》しい。『彩逢使』の到着が遅れるくらいでガタガタと……。父上の容態は落ち着いているのだから、《《そうなる》》とは限らないだろうに……茶番だな。どうせ、すべては母上の仕業なのだろう?」
「はい、証拠はありませんが」
「証拠など、やり方次第でいくらでも作れるものだよ。例えば、これ――」
膝をついていた青年は、わずかに顔を上げ、男の手のひらに乗せられていたモノに目を瞠った。
「それは……種?」
「ああ、ただの種じゃなくて、『託宣の種』だ」
「本物、でございますか?」
「まあね。昨夜、母上の部屋に呼ばれた時に、こっそり偽物とすり替えてみたわけだけど……さて、これをどうするかな」
男は口元に微笑を浮かべながら、薄紫色の小さな種を手のひらで転がし続ける。
廊下を騒がせている問題のひとつに、実はこの件も含まれているのではないかと青年は思ったが、あえてそれは口にしなかった。その代わり、種を見せられて思い出したことを報告することにした。
「ヴァンゼス様、実は昨日、非常に興味深い人物を見つけたのですが……」
「へぇ、どんな?」
「彩逢使の力を持った少女で、名をサミル=シルヴァニアと」
「シルヴァニアというと……まさか彼の血縁者?」
「それはまだ何とも。お調べ致しますか?」
「ああ、頼むよ。とすると……この種の行く先はそれで決まるかな?」
ヴァンゼスと呼ばれた男は、転がしていた種を握り締めると、ふと息を吐いた。
「ところで、彼の様子はどうだい?」
「……あんなに楽しそうに過ごされているのを見たのは初めてです」
「ほう……それは私も見てみたいものだね」
報告している青年の目元が嬉しそうに細められたのを、ヴァンゼスはどこか羨むように見つめていた。