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第4章 *3*

 翌日、セオはいつものようにシェルスの用意した食事を取り、後から起きてきたサミルが市場いちばで朝食を済ませるからと慌しく出て行くのを見送った。

 さて自分もそろそろ想伝局へ行こうかと、シェルスと共に家を出て路地を歩き出したその時だった――どこからともなく現れた、群青色ぐんじょういろの制服に身を包んだ王立警備局員おうりつけいびきょくいんたちに二人が取り囲まれたのは。

 周囲に一般人の姿がないのを確認し、瞬時に剣のつかに手を伸ばしたシェルスを、セオは無言で制すると、まったく動じることなく警備局員たちを見回す。

「これは一体、何事だ?」

 眉をひそめ、状況を問うセオに向かって、一人の警備局員がニヤニヤとだらしのない笑みを浮かべながら前に歩み出てきた。その襟元えりまとについている徽章きしょうの色は銀。王立警備局内ではそれなりの役職についている者らしい。

「これはこれは、《《リゼオス様》》。我が国の第二王子ともあろう御方おかたが、このような下町で何をされておったのです?」

 待ち伏せて取り囲んでおきながら、なんともしらじらしい言いようだ。

 セオは、《《知られているはずのない》》自分の正体を知り、本当の名を呼んだ彼らに、冷ややかな視線を向ける。

貴様きさまらには関係のないことだ」

「ほう? 関係がない、ですか? 犯した罪が明るみに出る前に、逃げ出そうとしていたのではありませんか?」

「……言っている意味がわからないな」

「では、質問を変えましょう。昨日さくじつの午後、貴殿きでんはどちらにおられましたかな?」

 その問いに、セオの目が剣呑けんのんに細められた。

 まさか、サミルと共に創生の大詩樹の見える丘まで散歩していたなどと答えるわけにはいかない。そもそも、想伝局員の二次審査を受けていたこの一か月余り、自分はずっと『ウェール城にいた』ことになっているのだ。

「……ずっと、自室にいたが?」

「では、それを証明する者は?」

 当然ながら、そんな者などいるわけがなかった。

 シェルスがとっさに「自分が」と言いかけたのを、セオは手で制する。

 なぜならシェルスが昨日、実家に帰っていたことは、調べればすぐにわかることだからだ。簡単に嘘だとバレる言い訳など、つかない方がましだ。

「ふむ……答えられないですか。それはそうでしょう。事件の直後、我々が貴殿の部屋を訪れた時、そこには誰もおりませんでしたからなぁ」

 事件という不穏な言葉にセオとシェルスが眉をひそめていると、警備局員は懐から取り出した書状を開き、不敵ふてきな笑みを浮かべてこう言った。

「では、ウェール国第二王子リゼオス、貴殿を第一王子ヴァンゼス殿下でんか暗殺未遂、および『託宣たくせんの種』の窃盗容疑せっとうようぎ拘束こうそくさせていただきます」

「……バカな! 俺が兄上を暗殺? 託宣の種を盗んだ? 一体なんの冗談だ」

「冗談などではございません。抵抗するようでしたら、力ずくでも構わないので連行するようにと、《《リリシア王妃殿下》》に命じられておりましてね」

「――なるほど、義母上ははうえの命令か」

 その名を聞いた瞬間、セオは諦めたようにため息をつくと、それまで見せていた強気な姿勢をいた。

「そういうことなら抵抗する気はない。サッサと連れて行け」

「ほう、随分と聞き訳がよろしいようで、結構なことですな」

「セオ様っ!?」

 抵抗の意思を一切見せないあるしの様子に、隣にいたシェルスはが目と耳を疑った。

「シェルス、これでお前も心置きなく、兄上のところへ行けるな」

「セオ様、誤解ごかいです! 私が忠誠を誓っているのは――」

「黙ってサッサと行け。ああ、もしお前の気が向いたら、サミルたちには『俺はもう戻れない』と適当に言っておいてくれると助かる……」

 そう言い、引き止めようとしたシェルスの腕を振り払ったセオは、満足げな表情を浮かべている警備局員に向かって歩き出す。

「セオ様っ!」

「おっと、そちらのシェルス殿にも、念のため確認したいことがあるので、ご同行願いたいのですが?」

 その言葉には、セオがとっさに抵抗の色を見せた。

 一瞬だけ振り返ってシェルスに告げる。

「――シェルス、これに構うな。お前は行け」

「……ですが、セオ様」

「いいから、サッサと行け!」

 めずらしく声を荒げたセオに、シェルスは覚悟を決めて駆け出した。掴みかかろうとしてきた警備局員たちを華麗にかわし、風のように包囲網を抜けていきながら、己の無力さに唇を噛んだ。

「……セオ様……リゼオス様、御身おんみは必ずやお救い致します!」

 決意を込めてつぶやいたシェルスは、細い路地へと姿を消していった。


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