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第4章 *1*

 ウェール国とヒエムス国の境、名もなききり深き森に、猫兎族ねこうぞくの小さな集落があった。

 豊かな自然に囲まれたその地で、サミルは母親のシエルと二人、静かで穏やかな生活を送っていた。父親のガレスは、想伝局広域配達員として詩樹大陸しきたいりく各地を駆け回っていたが、年に一度、冬が終わる頃になると、一人娘の誕生日を祝うために帰ってきた。

 サミルは、その『年に一度』のわずかな期間を、何よりも楽しみにしていた。

 外で剣術を教えてもらったり、近くの川で魚釣りをしたり、一緒に採りにいった果実や木の実を使って家族みんなでケーキを焼いたり――色んなことをした。

 夜になると、様々な土地を巡っている父親が、その一年の間に見てきた街や村、出会った人々、食べた料理や面白い話などをサミルが眠くなるまでたくさん話して聞かせてくれた。

 そうしてサミルが八歳の誕生日を迎えた年のある日、手紙を届けた時にお客さんにとても喜んでもらったという話を聞いた夜のことだ。

「私も大きくなったら、父さんみたいにカッコイイ想伝局員になれるかなぁ?」

 ベッドの中で父親の話に耳を傾けていたサミルは、ふと尋ねてみた。

「おや、嬉しいことを言ってくれるね。そうだなぁ……サミルがうんと勉強して、運動もして、身体が丈夫になったら、きっとなれるよ」

 ガレスはそう言って嬉しそうに目を細めると、サミルの頭を優しく撫でた。

 その温かくて大きな手が、サミルは大好きだった。

「私、頑張る! だって、私も色んな村に行ってみたいわ! それで、色んな人に大切な想いを届けて、たっくさんの笑顔を見てみたいの!」

「ああ。でも、頑張り過ぎちゃあダメだぞ。お前はすぐに無理をして、自分が持っている力以上のことをしようとするだろう?」

「そんなことないもん!」

「そうかい? でも、あんまり無茶して、母さんに心配かけたりしたらダメだぞ」

「えー……いつも母さんに心配かけてるのは、父さんの方だよー」

 まさか娘に指摘されるとは思っていなかったガレスは、驚いて苦笑した。

「そうだな。いつも心配かけてばかりでごめんよ。ああ、でもいつかサミルと一緒に配達の仕事をできる日が来るの、楽しみだなぁ」

「あっ、それじゃダメよ!」

「え?」

「だって、私と父さんが二人一緒に配達に出ちゃったら、母さんがひとりぼっちになっちゃうもの。そんなのダメよ。私が想伝局員になったら、父さんの分もいーっぱいお仕事するから、父さんはずぅっと母さんのそばにいてあげるって約束して!」

 そう言うと、サミルは自分の細い小指を、ガレスの太い小指にからめた。

 サミルは不思議そうな顔をしたガレスに、これは隣の家に住む姉のように慕っている友人に最近教えてもらったばかりの『約束のおまじない』だと説明して、短い歌を口ずさむ。

「……わかった。約束するよ」

「絶対ぜーったい、約束よ?」

「ああ、絶対だ……」

サミルはその言葉を胸に刻み、温かい布団の中で目を閉じたのだった――。

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