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雨色  作者: 森本泉
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第二話

曜日。いい天気だった。冬の晴れ間である。僕はコンビニの仕事を終わって晩飯の買い物でもしようと近所の商店街に自転車を走らせていた。地方都市であるこの街でも商店街は閑散としていた。錆びたシャッターのびっちり降りた店舗というのもいかにも寒々しい。

「わたしはすべての権利を放棄する」

 という無言の意思が伝わってくるようだ。しかし営業している店でも大概やる気の無い風体である。鎌や鉈などの荒物屋や、理解に苦しむ婦人服を売っている店なんかくらい。ドライアイスがだんだん空気に溶けていくように、この商店街もあと50年くらいしたら跡形も無く消えているんじゃないかと思うのだ。

 四つ角にある公園で、変なものを僕は見た。思わずペダルを漕ぐ足を止めてしまった。

「こんにちは。」

 とその人は言った。にこにこと笑うその顔は人懐こく明るかった。彼女はキャンプ用の折りたたみ椅子に腰掛けて、携帯ポットから注いだ温かい飲み物(なんだろう?)を啜りながら僕の反応を待っていた。彼女の前には大きな布が開かれて、何かこまごまとしたものが並べられていた。

 針金細工みたいだった。

「見て行ってくださいね。全部手作りなんです。」

 と彼女は言った。しかし僕が見ていたのは申し訳ないのだが針金ではなかった。彼女は、ちょっと他では考えられないような奇妙なニット帽を被っていたのだ。被る?頭に乗せているというのか。びっくりするような紫色で、ふとくとぐろを巻いているその姿はまさに、

「うんこ、」

「巻貝です。」

 間髪いれずに彼女は言った。にこにこ笑いながら。

 僕は自分の脳内で「巻貝」の画像を検索した。やしの木の海岸と潮騒もヒットした。そのデータと彼女の頭の上のものを検証してみた。しばらく掛かった。やっぱり言った。

「うんこ。」

「巻貝です。」

 彼女は今度はやや強めに言った。僕はまあまあ、という意味で両手のひらを彼女に見せながら、

「申し訳ない、どうみてもうんこにしか見えないんです。何故貴方は街中でうんこを頭に乗せているんですか?」

 と聞いた。

「だーから。巻貝ですってば。ああ、もう。今日6人の人と話しましたけど6人が全員うんこって言いましたよ!貴方で7人目です。なんでかなあ。うんこに見えるのかなあ。」

 そういうと彼女はその巻貝?を頭から下ろしてまじまじと見るのだった。

「一体どこに売ってるんですか、そんな帽子。」

「これですか?編み物作家の友達が作ってくれんたんです。かわいいでしょ?」

 かわいい?

「その帽子を選んだセンスには興味があります。」

「看板代わりなんです。インパクトのある格好してると道往く人達が振り向いてくれるでしょ?現にあなただって。手持ちの帽子の中で一番パンチが効いているのがこれだったのです。」

「こんなところで何をしているんですか?」

「手作りのアクセサリーを売っています。」

 確かに針金で出来ているのはチェーンに下がったネックレスや、ピンのついたブローチだった。多くのモチーフは鳥かごの様な形をしていたが、しかしその中に収まっているものは何故か鳥ではなかった。

「『雨を閉じ込める』っていうシリーズなんですよ。」

 と彼女は言った。のみ終わったカップの口をティッシュで拭いてポットの蓋を閉める。僕は興味を魅かれて自転車から降りた。

 細い針金で編まれた古体な鳥かごの中には、しずくのような形ときらきらのものがゆらゆらと揺れている。

「なんか。いいっすね。きてますね。なんで鳥かごの中に雨を閉じ込めているんですか。」

「せっかく鳥かごのモチーフにするんだから、中に入っているのが鳥だったらつまらないなと思ったんです。何か思っても見ないようなものが鳥かごの中に入ってたら面白いなと思ったんです。」

 僕はネックレスの1つを手に取った。中のきらきらは薄い青色をしていて、雨と言うよりは単体なら涙にも見えた。

「1つ彼女に買っていこうかな。」

「彼女がいるんですか。」

 彼女か。どうなんだろうな。はっきり言ってあの人と感情の交換をした記憶はなかった。でも対人関係の円滑の為に時々プレゼントくらいしてもいい関係では、あるにはあった。

「これをください。」

「ありがとうございます。700円になります。」

 僕はネックレスを手にとってその人に渡した。その人は僕が買った物を茶色い紙袋に入れながら、

「一応名刺もありますから一緒に入れておきますね。」

 と言った。僕は、

「名刺ですか。今読ませてください。」

 と言った。彼女から名刺を受け取る。

  

  針金細工  no no


 とまるまるとした文字で書かれていた。下に名前が書いてある。

「高丘清野さん、ですか。綺麗な名前ですね。」

「甥っ子はきよの、が難しくて言えなくてののたんののたんって言うんですよ。だからブランド名もノノです。」

「ノノさんですか。覚えやすいですね。」

「良かったらお名前聞いてもいいですか?」

 とノノさんが言った。

「僕は仁名っていいます。」

「ヒトナさん?どんな字を書くんですか?」

 僕は携帯のマイメニューを開いてノノさんに見せた。

「やさしい人になるように、っていう意味ですか。」

「違います。」

 僕は自分の名前の意味を手短に説明した。

「だから小学校の頃のあだ名はじんめいでした。」

「かっこいい。いい名前ですね。」

 とノノさんが言ったから僕は驚いた。

「本当ですか。そんなこと言われたのは初めてですよ。」

 そうなのだ。実は僕は自分の名前のことでちょっといじめられていた。じんめいだってよ、変な名前。なまえっていう名前なんだぜ。他にやりようも無かったので親を憎んだりしていた。

「だってこんなきてれつな名前、なんにも考えずに付ける親なんていないですよ。とってもよく考えてヒトナさんの人生を考えて着けたんですね。」

 ノノさんの方向からぶわっと何かが吹いてきて僕にぶち当たってそのまま何処かへ逃げて言った。これは一体なんだ。その時の僕には分からなかった。分からなかったんだけどとにかく僕は一瞬にしてよたよたしてしまって、よれっと立ち上がると自転車に乗り直した。

「また来て見ます。」

 と言ってしまった。

「はい、ありがとうございます。ヒトナさん。」

 そういってノノさんは手を振っていた。


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