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雨色  作者: 森本泉
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第十二話

3月、僕はすっかり常連になって豊穣記へ向かうために自転車に乗っていた。来週の木曜日に丸鶏のいいのを分けてもらえることになったから、運が良かったら鶏の照り焼きが食べられるかもよ、と三浦さんが先週に言っていたからだ。食べ物に釣られてやっていくようで恥ずかしかったんだが、三浦さんは料理人なんだし食べ物に釣られるというのはむしろ褒め言葉だ、と思って僕はその日自転車に乗っていた。

 豊穣記は丸鶏目当て、ということも無いだろうがそこそこの人が入って混んでいた。

「ヒトナくん、ほんとに来てくれたんだ。」

 三浦さんが湯のみに入ったお茶を持ってきながら嬉しそうに笑った。

「この人達ね、実はみんなこのあたりでお店やっている友達なの。今日のお昼は問答無用で鶏鍋なんだけど、いいかな。」

「あれ、照り焼きだったんじゃなかったんですか?」

「照り焼きがいい?出来ないこともないけど、丸鳥って言ってもね、ほんとは捌いたのもらったの。ガラつきで。だから今ガラスープとって鶏ちゃんこ作っているの。みんながそれ待っているから、一人だけ照り焼き定食食べてると寂しいわよ。」

「じゃあ僕も、鶏鍋にします。」

 こんな風に、三浦さんの料理は結構あてにならないことがあった。でもそれが三浦さんの持ち味だったし、みんながそういうところを気に入っても居たから、豊穣記はこんなんふうに繁盛しているんだと僕は思った。

「君も一山あてよう会のこかな?」

 と隣のテーブルで新聞を読んでいたおじさんが僕に声を掛けてきた。

「え、いや、違いますけど。」

「あ、そうなの。」

 と言ってその人は読んでいた新聞を畳んで湯のみのお茶をずずずっと啜った。

「僕はこの近所で店をしているんだけどね。三浦さんのお陰で最近この辺にも若い人が集まるようになってよかったなと思っているんです。そのお陰で一山あてよう会なんてのも発足してくれたんですしね。いや、すばらしいと思いますよ、彼らは。」

「西くんたちを知っているんですか?」

 僕はその人に問うた。

「あれ、君は知らないの?西くんたちの一山あてよう会は正式に活動を始めたんですよ。ねえ、三浦さん。」

 そう言ってその人は自分のテーブルから立ち上がると、レジ横のチラシやフライヤーが置いてあるコーナーから一枚紙を持って僕のところに戻ってきた。

「最初は月に一回らしいですけどね、この近くの空き店舗を借りてイベントをするんだそうです。第一回目はライブだって、ほら西くん。」

 本当に西くんたちの一山あてよう会は具体的な活動を開始したらしかった。手芸とか音楽とか焼き菓子とか、何でもやりたいことがある人が集まってそれでお金を稼いでみよう、という集まり。手始めにライブ、西くんの単独と言うことではないようだったが、演者の中にはしっかりと西くんの名前も書かれていた。

「この辺もすっかりさびれてしまったからねえ。」

 申し送れました、この近くで本屋をしています。と言って、その人は自分の財布の中から名刺を一枚出して僕にくれた。

「私の店にもね、もうほとんど人なんて来ないですよ。数年前にインターネット販売を始めたりして、古本を売ってなんとかやっていますけどね。西くんたちのように若い人達がこの商店街で何かをやってくれるというのは非常にありがたい。

 もっと年寄りの人はね、いい顔をしていません。実のところを言うとね。若いもんが何を適当なことをって。みんな自分たちが苦労してきていますからね、若い人達にはやっかみたいんですよ。ところで君はどんな仕事を?やっぱり何か作っているの?」

「いえ、違います。」

 僕は慌てて自分が単なるコンビニ店員だと言うことを本屋さんに説明した。

「そうですか。なんだか君もいかにも芸術肌に見えますけどね。」

「そんなことを言われたのは初めてです。」

「失敗はね、すればいいんですよ。そのダメージが全部自分に返ってくるんならね。確かに活動資金を親御さんや公に頼りっきりで自分たちは痛くも痒くもないっていう無責任なひともいるでしょう。でも西くんたちは違いますからね。

 失敗はしないといけないんです。最初から全部旨く行くなんてのはどちらかと言うとマイナスなんですよ。失敗しないと何が間違っていたのか、何処を見直せばいいのかが分からなくなりますからね。ここ近年はね、学校が悪いんだと私は思ってるんです。正解を出すだけの教育ですからね。誤答することはマイナスでないことをもっと子どもに分からせないとね。

 西くんたちはきっとそういうことを分かっているでしょう。最低限赤字が出ないようにするために、みんなで何ヶ月もアルバイトして頑張ったそうですから。」

 ああ、すいません。初めての人にこんなに喋ってしまって、と言って、本屋さんは恥ずかしそうに笑った。

「どうも、すいませんね。喋りたがりの中年は嫌われるって言うのにね。」

「いえ、そんなこと無いです。僕も西くんたちが今どうしているか分かってよかったですから。」

「みなさーん。できました!鶏ちゃんこ。今日は700円でおかわり自由です。」

 と言って三浦さんはストーブの上に大きな鉄鍋をどっかりと乗せた。

「私がよそいますから、どうぞ割り込み無しで並んでください。」

 というと、待っていたお客さんたちが次々と静かに列を作り出した。僕は一番最後に来たのですぐには立ち上がらずに待っていた。人々は互いに譲り合って列に並び、三浦さんの持っているお椀に鍋の中のものをよそってもらうと、それぞれの席に戻って湯気の立つ食べ物をほおばり始めた。

「はい、ヒトナくん。お待たせ。たくさん食べて行ってね。」

 と言って三浦さんはちゃんこを僕のお椀にもよそってくれた。白味噌仕立ての鶏スープの中に白菜や大根ニンジン、茸などの野菜、それから骨付きぶつと鶏の肉団子が入っているようだった。お店に集まった人達はそれぞれ熱いものを食べているせいか無言のままむくむくと箸を動かしていた。

 僕はさっきの本屋さんにもらった一山あてよう会のチラシを見ながら、絶対この日にライブを見に行こう、そうだ、西くんたちにお花を送ろう、と思って余所見をしながら食べていたため、白滝が顔に跳ねて物凄く熱かった。


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