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雨色  作者: 森本泉
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第一話

とある無気力な男がとある運命的な出会いをするところから始まるお話です。人と人が連鎖のように出会っていく様子を描きたくて書きました。

読む方にも、きっとこんな出会いはあるのではないでしょうか。

僕の名前は河上仁名と言う。カワカミヒトナ。これはそのまんま「ひとのなまえ」という意味だ。何故こんな無意味な名が着いたのか。

 僕が生まれた時、両親は僕の名前について思い悩んだ。決めかねていたのだ。自分たちで決断できない結果両親は、あかんぼの僕を連れて近所に住んでいる和尚さんだか神主さんだかとにかくそういう人の元を尋ねた。命名相談である。その人は寝たからと言う事で座布団の上に放置されているあかんぼの僕を、しげしげと見てこう言った。

「この子にはあまり意味のある名前をつけると良くない気がする。流れをつけてやると押し流されるような相になっている。意味の無い名前をつけるといいだろう。」

 と、けっこうあんまりなことを言われたのだ。そして両親と言う人達がそれに素直に従った。考えた末、僕は仁名と付けられたのである。

 だからと言うことでもないだろうが僕のパーソナリティには欠落しているスペックがいろいろあった。パッションというそれである。僕は今年30になったんだが、今まで生きてきて熱意とかモチベーションを感じた記憶が一度も無い。本当にただの一度もない。のらりくらいとやってきた。僕の基本スタンスは、それは実に

「なんとなく」

 である。世界は象が動かしているのではない。なんとなく動いているのだ。小学5年の時に清掃委員会の書記になったのもなんとなく。高校の時に書道部に入ったのもなんとなく。大学の卒論でパレスチナ問題を取り上げたのもなんとなく。そのどれもが僕が自ら熱く望んだ内容ではなかった。

 先生がやれというから書記になった。先輩が勧誘していたから部活に入った。ゼミの教授が「こんなんどう」というので論文を書いた。みんな誰かしらに操作されている。自分で望んだわけじゃない。僕の欲求には色が無いのだ。僕と言う人間の志向は、無色透明なのだ。

 だから当然なんだけど、就職する時僕は非常に苦労した。僕は大学4年の4月の時点で、自分が将来何をしたいのかというビジョンについて詳細がゼロだった。真っ白だったのである。要領のいい同級生ならその半年前には内定をもらっている時期にまったく致命的なことだった。働くことはいやではなかった。しかし何をして糧を得るかと言うことになると僕はものすごく迷った。

 僕は考えた。営業、事務、編集。ウェイター、清掃スタッフ、ヘルパー。運送屋、公務員、教師。コック、手品師、マスコミ。伝統工芸氏、リラクゼーションセラピスト、ファイナンシャルプランナー。

 どれ1つとして興味が湧かなかった。しかし興味が無くてもとりあえず就職だけしてみるか、と僕は思っていた。どうせみんな熱意を持って面接に向かっているわけじゃないのは知っていた。とりあえず何処かに雇われることが重要なのであって、そこが運送会社なのか広告代理店なのかは同級生の誰にとっても深い意味を持っていなかった。それは僕にしてみても同じことだった。

 同じことだったはずなのに、何故か僕だけがすべての面接にあっさり一次ですっ飛ばされた。あっという間にその年の暮れになっていた。

 卒業論文を書き上げてサークルの「追い出しコンパ」に参加するころ、僕はともかくも今年就職することは諦めようと思った。無理なのだ。何せ、一社も受からなかったのだから仕方がない。

 しかし父親からは卒業の3月で仕送りを打ち切るとあらかじめ通達されていた。実家に帰ればそんな両親と兄弟がやれニートだなんだって僕をいじめるに決まっている。だから僕は、なんとかこのままこの街に住み続けて、家賃と光熱費と生活費を捻出する方法を得なければならなかった。となると、バイトだ。

 大学を卒業した年の4月1日から、僕は家の近所のコンビニで週に5日、一日8時間働く口を見つけた。それだとちょっと厳しいので朝刊の配達もやっていた。朝3時に起きて新聞を配って回り、うちに帰ってちょっと休んでから8時にコンビニに出勤した。仕事が終わるのは4時で、バイトだから定時に帰れた。けっこうくたくたになるからうちに帰ったらビール飲んで風呂に入るくらいで、やりたいことをするとか将来の展望について考えるとか、そういう余裕は全くないまま数年が過ぎて行った。

 しかし展望という点ならそう悪いことも無く、僕はコンビニに勤続5年目で正社員になった。のらりくらりやっていたのに、なんか、いつのまにか就職に成功してしまったのである。君ももう長いんだし、良かったら試験を受けてみないかとオーナー会社の部長さんに言われたのがきっかけだった。このときもやはり僕が自ら望んで社員になったということではなく、あの時部長が受験を打診してこなかったら僕は今でも3時起きで新聞配達をしていただろう。社員になったら固定給なので新聞配達は辞めてしまった。

 それから3年。僕はコンビニ本社の研修を受けていくつかのライセンスを取得した。このままやって行ったら最終的には店長になれるというポジションになった。今のところ店では女性の店長がつつがなくすべてを運行していたので、僕が今すぐにトップになるということは無いのだが、いずれ彼女の役職が更にステップアップした際の後釜は、間違いなく僕だろう。そういう毎日だった。ちなみにその彼女と僕は月に何度かは仕事の後ホテルに行って無表情にセックスをするという、もはや付き合っているんだかいないんだか分からないようなだらしない関係を3年ほど続けている。

 つまらねえ人生だな

 と我ながら思う。でも僕は、だからといってどうしたらいいのかについて常にノープランだ。これ以上どう生きて行ったらいいのかが全く分からない。

 そもそも熱意が無ければ生きていけないのかという疑問も感じている。早朝4時に住宅地の中にある公園に行って見るといい。よれよれのスウェットを着て打ちひしがれてカップ酒を呷っているおじさんが一人くらいいるはずだ。彼は熱意を持って生きているのか。そもそもその背景にどんなストーリーがあって朝の4時に住宅地の中の公園で安酒をくらうのか。分からない。分からないがその人は朝の公園のその世界の中に定着している。そのひとの存在を否定してしまうのは神じゃなきゃ無理である。

 どっちみち僕は存在していくのだ。考えられるアクシデントはオーナーが負債を抱えてコンビニを閉めてしまう事か彼女を妊娠させてしまうか突発的な天災くらいのもので、それ以外のトラブルならたいして努力無く対処できていくはずだった。それにもともと生きていたいという欲求すら希薄な僕だから、生半可なアクシデントを畏れる心は初めからないのだった。

 あの人に会うまではね。


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