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1話 餅は急いで食べちゃダメ

コンコンと玉座の間の扉を叩く音が響いた。


「魔王様、第一線から戦況報告がございます。」


「うむ、聞かせるがよい。入れ。」


玉座の間はとても広大で、それでいて歴代の魔王の威光を示すかのごとく豪華絢爛であった。その入り口にある扉は様々なレリーフがあしらわれており、平均的な魔族の五倍ほどの高さはあるのが見て取れる。


 扉がゆっくりと開くと姿を現したのは魔王軍の伝令役であった。



 伝令は玉座へ続くレッドカーペットを半分ほどまで進むと、左足と右こぶしを床につき、視線を下げた。


「恐れながら申し上げます。今回、新たに魔王軍第一線は人間界にて中立都市カナンを攻め落としました。湾岸都市マルキド、城砦都市カシールに続き、これが三カ所目となります。現在、ウィルバ峡谷にてクラン聖王国の騎士団長の軍勢と交戦しております。戦況はこちらが多少有利といったところです。というのも奴らは地の利を活かして圧倒的に勝る我が軍の部隊を苦し紛れの抵抗をしているのですがそれも時間の問題かと。」


「うむ、伝令役まことにご苦労であった。では引き続き任務に励め」


 伝令役はスッと立ち上がると失礼しますといい深々にお辞儀をして玉座の間を後にした。


 魔界と人間界は現在非常に重要な時期に差し掛かっている。ついに、何代もの間に渡って着々と進めてきた計画が花開こうとしているのだ。あと一歩というところで亡くなってしまった先代魔王である父上のことを思うと絶対に悲願を達成しなねばと青年魔王は心に決めた。


――人間界の侵略


 それが我々魔族の希望であった。



 とはいえ数の暴力とさえ言えるほどの兵力に差があったので、既に人間界も手中にあった。その差、こちら八千万に対し、敵は五百万。集団リンチといっても過言ではない。


 なぜこれまでになるほどの戦力差でありながら、人間界に攻勢をかけられなかったかというと、それは現在魔王を担っている俺が生まれなかったことが原因だ。時期魔王候補が生まれるまでは下手に動けなかったらしい。


 父上が魔王に就任して六百年弱もの間、励んでいたにも関わらず母上とまったく子宝に恵まれなかった。母上は不妊症だったらしい。最終的に人工授精による代理出産という方法をとり、俺は生まれた。



 俺がこの世に生を受けて六年。俺は立派な時期魔王としてすくすくと育った。魔族は人間より四倍成長速度が早いため、五歳で成人を迎える。そして永い間かけてゆるやかに年をとり、だいたい千年を生きると天寿を全うする。最近では年々平均寿命が伸びており千五十三歳となっている。(創世歴百六十六万六年 魔界国勢調査局調べ)



 六百六十六歳という若さで亡くなった父上は世間的にも若すぎる死だった。俺が生まれて六歳になると父上は人間界の侵略へと着手することを決意。しかし、父上が決意したタイミングは残念なことに年末だった。


 魔界の民は非常に季節を重んじる。年の瀬だと年末決算総セールやクリスマス、忘年会、初詣、初売り等々。おまけに父上の魔王就任六百周年アニバーサリーともモロ被りしており、戦争するのは二月からでいっか、ということで閣議決定した。



 また、父上は生まれつき身体が弱かった。具体的に言うと喘息持ちで胃腸が弱い。年に三十日は床に臥せているし、朝の会議で急にトイレに駆け込むのもしばしばだ。そのかわり計略や指揮など軍事にかかわることはエキスパートでカリスマ性もあり、国民からの支持も厚かった。父上自身も絶大な量の魔力貯蔵量を有しており、ステータス極振りここに極まれり、といったところだった。



 さて、事件は一月四日までさかのぼる。三が日が終り、次のイベントは父上の魔王就任六百年記念アニバーサリーの記念式典だった。式が始まるとおせち料理は振る舞われた。だが、今回のメインはそれではない。そう、正月といえばお雑煮だ。


 場を盛り上げるために余興として歳の数だけ餅を食べるというイベントを運営が用意していた。


 誰が食べるのかって?


 父上である。


 とはいえ魔族の胃袋は大きい。魔界オリンピックでは六千六百六十六個もの餅をたいらげたという記録もあり、魔界ギネスブックにも記載されている。魔族にとっての餅六百六十六個といえば人間の胃袋でいうと寿司十貫ぐらい、と考えてもらうとおおむね結構だ。


 父上による餅六百六十六個企画は、みなアルコールが入っていることもあり序盤は大盛況だった。四百を超えたあたりから次第に拍手が少なくなり、五百を超えた時に来賓の席で赤んぼうが泣きじゃくりはじめ、六百手前になるとの私語が目立ち始めた。



 それを察した者が気を利かせたのだろう。どこからか叫んだ。


 今考えるとそいつの首をはねてやりたいくらいなのだが。


「魔王様頑張ってください、あと六十六ですよ!そ~れいっき!いっき!」


 それにつられてか会場内のいっきコールはだんだんと大きくなっていった。父上はすこし辛そうだったので俺は心配していた。


 六百五十で下を向きながら父上が苦しそうにしていたので、俺は企画を中止させようと立ち上がろうとした。それを見た父上は右手を伸ばしジェスチャーで、何もするな、と告げた。


 わざわざ来てくれた来賓を盛り下げることはしたくなかったのだろう。


 そして最後の餅を飲み込もうとした時、父上が突然倒れた。

 

 餅をのどに詰まらせたことによる窒息死(享年六百六十六歳)


 それが司法解剖による父上の死因だった。


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