蛇姫の眼光
……まったく、何を企んでいるのでしょうか?
リューミナル侯爵家令嬢リーシャは最近、多くの男性に近づいてお姫様を気取っているフェリクス男爵家令嬢のミラーナ嬢とその取り巻きの男性達に取り囲まれています。
その取り巻きの中には私の婚約者のロークライド伯爵家次男エイリークとこの国の第1王子であるセイヴェル=ミスティン様の姿が見えます。
「私がミラーナ嬢に嫌がらせをしたと? エイリーク、あなたもそう思うのですか?」
「蛇姫と言われるお前なら、やりかねないだろう? そんな、お前と婚約などしてられない。この婚約は破棄する」
彼らの言い分としては彼らの大切なお嬢様であるミラーナ嬢を気に入らない私が彼女に嫌がらせをしていると言うのです。当然、私には身に覚えがありません。
くだらないと鼻で笑うと目を細めて婚約者であるエイリークへと視線を向けます。彼は私を睨み付けながら私の事を『蛇姫』と呼びます。
自分で言うのもなんですが自分にも他人にも厳しい人間で……簡単に言えば同年代で鼻っ柱を高くしている者達の鼻を容赦する事なく叩き折ってきました。そのせいもあり、鼻っ柱を叩き折られた方達は逆恨みのように私を蛇姫と呼ぶのです。他にも原因があるのですが1番の原因はそれでしょう。まあ、その中で私を蛇姫だと大々的に言っている人間にも心当たりがありますけどね。
「婚約破棄ですか? それは家同士で決めた事ですから私から何かを言う事はできませんので両家でお話をしましょう。それより、エイリーク、あなたは本当に私がそのような事をすると思っているのですか?」
「お前ならすると思っている」
今度はにっこりとほほ笑みながらエイリークへと声をかけます。私の様子に彼の額には大粒の汗が流れて行きます。
彼は私の婚約者でリューミナル家の入り婿になる予定なのですから、そのため、リューミナル侯爵家の名に恥ずかしくないように私が厳しくしつけて来た時の事を思い出したのでしょう。
声は完全に震えているのですがミラーナ嬢にかっこ悪い姿を見せられないと思っているようで何とか反論してきます。そして、彼が私に逆らった姿を見てミラーナ嬢の取り巻きの男性達が活気づき、私を責めるように声を上げます……まあ、ただ1人、その様子を見て肩を震わせながら笑いをかみ殺している方もいますけど。
「そうですか……ミラーナ嬢、本当に私があなたに嫌がらせをしたとお思いですか?」
取り巻きの男性達の中で1人後方で笑いをかみ殺している方の手のひらで踊らされている気がしてなりませんが、この騒ぎの大元に笑いかけます。
彼女は声を上げる事無く、小さく頷きます。その態度は取り巻きの男性にエイリークを入れて起きたいようで婚約者の私を排除したいと言うのが明らかであり、呆れてすぐには言葉が出てきません。
ただ、彼女が私に明らかな敵意を見せてきている事はわかりません。爵位で人を差別するつもりはありませんが私達は国を動かす者達、そのような事を許せるわけがありません。
「そうですか……良いでしょう」
「認めたな?」
「違います。エイリーク、勘違いなさっているようですが私が本気で嫌がらせをする気になったのでしたら、この程度の事で済むとお思いですか?」
私が方針を決めた時に漏れた言葉に頭の悪い私の婚約者様は高らかに勝利宣言をします。
勝利宣言を即座に否定すると彼女達が言うような生ぬるい嫌がらせを蛇姫とまで言われるこの私がすると思っているのかと聞いてみます。
その言葉にエイリークと取り巻きの男性の中にもいる私に鼻っ柱を叩き折られた方達の頬が引きつりました……そして、完全にこの状況を楽しんでいる方が1人。後方で壁を叩きながら笑い転げています。
……まったく、あの方は何がしたいのでしょう。
彼の様子にため息が漏れてしまいますが今の問題はそれではありません。まっすぐとミラーナ嬢を見て微笑みかけます。彼女は取り巻きの男性達に隠れるように後ろに下がるのですが先ほどまで私を取り囲み、強気になっていたはずの方々の腰は完全に引けています。
「大声で私を蛇姫と言っているエイリークが1番、知っていると思いますが、もう1度、聞きます。私が本気を出したらあなた達が言う嫌がらせ程度で済むとお思いですか?」
そう昔から私を蛇姫と言って回っているのは婚約者であるこのエイリークなのです。このお話を続けるのに辺り、彼を中心に進めて行くのが1番かと思い改めて聞きます。
ですが、すでに彼は昔からの私の教育を思い出しているのか完全に顔を青くして脂汗を流しています。
「勘違いされている方達もいるようですが、貴族の名に恥じない行動をしている方達以外には忠告はしていないはずですが? セイヴェル様、私の記憶違いでしょうか?」
「いや、まったく、リーシャ嬢の言う通りだ。俺が知る限り、ミラーナ嬢と違い、おかしな因縁を付けて他者を排除するような事をした事はないな」
いつまでも笑われているのは気分が悪いため、今回の騒ぎを操っているであろう黒幕のセイヴェル様に声をかけます。
彼はすでに笑い声を隠す事無く、私の言葉を全肯定すると取り巻きで1番の有力者の彼が裏切っていたと知ったミラーナ嬢の顔が引きつりました。
「……セイヴェル様、何がしたかったのですか?」
「何、有力貴族の子息に近づいて、好き勝手している娘がいると聞いたからな。近づいて何をしているか探ろうと思ったんだ」
「それで、近づいた結果はどうだったんですか? ……聞くまでもありませんね」
セイヴェル様の言葉にミラーナ嬢はゆっくりと逃げ出そうとするのですがすでにセイヴェル様の手の者が逃げ道を塞いでおり、彼女と数名の取り巻きの男性達を捕まえて連れて行ってしまう。
エイリークや取り残された者達は何が起きたかわからないようで唖然としています。
「そうだな。思った以上にひどかった。まあ、この国の汚い部分を一気に排除できたから良しとしよう」
「……巻き込まれる側の事も考えてくださいませんか?」
「何を言っている? リューミナル家の娘は巻き込まれるのが仕事だろう」
どうやら、ミラーナ嬢とともに連れて行かれた者達は家も含めていろいろな悪事をしていたようです……まあ、知ってはいたのですが。
今更、言うのもなんですがリューミナル侯爵家は王族直属の内偵を統べる家であり、娘である私も入り婿予定だったエイリークもリューミナル侯爵家の仕事は知っています。蛇姫と呼ばれている理由の中には家のお仕事を手伝うために若輩ながらも動いたと言う経験があるからです。
「……確かにそうですが、納得はできません。それにそれなら、このような騒ぎを起こす前に事前に教えていただきたかったのです」
「それも考えたのだけどな。今回の騒ぎを起こせば君のバカな婚約破棄を言い出すと思ってな。期待通りの結果が出来たわけだ」
「う……」
セイヴェル様はくすりと笑った後、エイリークを睨み付けます。彼はセイヴェル様の視線に完全に腰が引けてしまいます。
まったく、何か言い返すなりできないのでしょうか? 情けないです。
婚約者の態度にため息が漏れてしまうのですがセイヴェル様は何かあるのか私をまっすぐに見ます。
「エイリークは君との婚約を解消したいようだから、この俺が責任を持って君を幸せにしよう」
「お断りします」
「な、なぜだ?」
セイヴェル様は私を自分の婚約者にするのに動くと宣言しますが私はにっこりと笑い、その答えを拒否します。
断られるとは思っていなかったのか、彼は一瞬、呆けた後、振られた理由を聞いてくるのです。
「申し訳ありません。私、どうやら、ダメな男性が好きな変わり者のようです」
「その答えは予想できなかったな。俺が入り込む隙間はなかったと言う事か。わかった。君の事は諦めよう」
「セイヴェル様、ありがとうございます……エイリーク、今回の事でお話があります。もちろん、両家での話し合いです」
「は、はい」
エイリークに聞こえないようにセイヴェル様にお断りをした理由を話すと彼は納得してくれたようで苦笑いを浮かべてくれます。
非礼を詫びた後、バカな事をした婚約者様へと冷たい視線で見下ろします。彼は今まで私から受けた教育の数々を思いだしたようで顔を真っ青にしながらも頷きます。
まったく、次期国王様の言葉より、こんなに可愛い婚約者の言葉に恐怖するとはどういう事なんでしょうか?
リューミナル家当主になるのです。そのためにしっかりと教育しなければいけませんね。