発現
「お前なぁ……。こういう事は、もっと相手をよく知ってから……」
そんな事、言われなくてもわかってるわよ。でも、仕方無いじゃない。
「ちょっと待って!! 私だって、凄くドキドキしてるんだから!! ちゃんと説明するから!! ……ちゃんと……ちょっと……待って……」
今頃になって、爆発しそうな胸を押さえながら、そう言うのがやっとだった。
暫くの間、沈黙が続いたが、このまま黙ったままだとコイツが何をするかわからないので、キチンと話をする事にした。そうでなきゃ、私がこのバカにバカだと思われてしまうだろうから。
「じゃ、じゃあ説明するわよ! わ、私がしたのはキスじゃないからね!!」
「いや、キスだろ……。しかもディープの……」
「うるさい、うるさい! キスじゃないったら、キスじゃないの!」
「何をムキになってんだよ?」
「あんたがキスっていうからでしょ!!」
「いや、実際キスだし……」
あぁダメだ。気が付いたら、完全にコイツのペースにハマってんじゃない。キスって言われたら、ダメだ。どうしても、反論したくなっちゃう。どうにかしないと。
「だからね、キスみたいだけど、キスじゃなくてプラグinなのよ」
「キスみたいじゃなくて、キスそのものだろ? どう考えても……。しかも、プラグinって何だよ?」
(よし! 釣れた! プラグinに食い付いた!! よし、このままプラグinで話を引っ張って……)
「プラグinってのはね……」
「プラグinか何か知らんがよ、キスは簡単にするもんじゃねぇんじゃねぇのか?」
「だからキスっていうな!!」
あ、しまった。もう!! どうしてキスの話題に戻すわけ!? コイツは!!
「恥ずかしくないのか? 初対面の相手にキスするなんて……」
「恥ずかしいに決まってるでしょ!! てか、キスの話題に戻さないでよ!」
「いや、今はキスの重大性が問題だと思うんだけど……」
ぁあ!! キスキスキスキスキスキスって!! キスっていうな!! プラグinの説明が出来ないじゃない!
「ほうほう、かなりスムーズにプラグin出来たみたいじゃないか。うん。予想外だ。かなり」
突然後ろから声が聞こえたので慌てて振り向くと、そこには、どう見ても先輩らしき男子生徒がいた。
(この人は!! ……誰?)
「お、お前! この前はよくも!!」
(あれ? どうしてコイツこんなにキレてるわけ?)
「いやぁ、すまない。この前は悪かった。君には、夢自我発現の素質があるようだったからね。ちょっとした実験に付き合ってもらったんだよ」
「何が実験だ! 変な薬飲ませやがって!!」
(あれ? 知り合いってわけでは、ないようね。でも、知らない仲ではなさそうだし……)
「おい! 鈴置、この前の薬の正体教えろよ!」
「ああ、あのカプセルか。あのカプセルは……、秘密だ。と言ったら、君に殴られそうだな。しょうがない、教えてあげるよ。アレはね、夢自我の発現を促すカプセルなんだよ」
「また夢自我か……。だいたい、夢自我って何だよ! コイツといい、お前といい。しかもコイツは、初対面の俺にキスしやがるし……」
「キス言うな!!」
「まぁまぁ、お二人さん落ち着きなさいな。先ずは葛城君、君に飲ませたカプセルは、夢自我発現の為のカプセルだと説明したよね? そして君は、見事夢自我を発現させた。しかし、夢自我を意識的に操る事は出来ない。違うかな?」
鈴置さんは、覗き込むようにして、コイツの顔を見ている。
「もしかして、夢自我ってアレか?」
「そうアレだよ」
「お前、アレって何かわかってんのかよ!?」
「蟻のような怪物……。違うかい?」
「う!! バレてるのか!?」
「当たり前だよ。そうでなければ、彼女が君にプラグinする理由がわからない。プラグinとは、夢自我を意識的に操る技術。とはいえ、夢自我は君の夢の登場人物が具現化した存在。それを君以外の人間が、君に意識的に操るように促すんだ。そう簡単に出来る事ではない。そこでだ、プラグinという儀式を行う。君の体液を、プラグ体である彼女の体内に取り込む事により、君と彼女の深層意識を共有化させる。しかしながら、夢自我は字の如く、夢の自我。それを完全に彼女が掌握する事は出来ない。結局、君が寝ている状態でないと発現は不可能だ。しかし、発現させられたはいいが、身体が自由に動かせないとなると、せっかく発現させたのに、百パーセントの能力が出せないという事になる。これでは、Justice hero dream計画が本末転倒になってしまう。だからこそ、プラグは絶対的に必要不可欠だった。そして、彼女が君のプラグとして適任だと判断した。彼女は……? あれ? 誰だっけ? この僕が名前を忘れるなど、あり得ないのだが……」
そりゃそうでしょう。部室に入った途端、「プラグ決定!!」って説明書貰っただけなんだから。だいたい、私、この人知らないし。
「私、冬野 向日葵って言います。心理研究部に入ろうとしたら……」
「ああ!! 思い出した!! 名前、知らなくて当然だ!」
何かに気付いたように、左手の掌を右手でポンと叩くと、ウンウンと頷いている。
(なんなの? この人……)
「彼女はプラグだ。名など不要。プラグは夢自我の本体とプラグinする事により、夢自我の制御を可能とする。したがって、彼女に名はいらない。夢自我の制御、それは、夢自我を自在に発現することが可能となる行為。彼女が君の夢自我を発現させれば、君は、いつ何処であろうとも、眠りにつき夢自我を発現させる。そして、ほぼ無敵に近い夢自我を使いheroとなる事が可能となる。これが嘘か否かを知りたいという顔をしているな。葛城君もプラグの彼女も。そうだな、それでは、ここでデモンストレーションといくか。プラグの君、確か冬野君だったな、葛城君の夢自我をここに発現させたまえ。なぁに、やり方は簡単だよ。君が葛城君の意識下に潜り込むようなイメージをすればいいだけだ。それだけで、葛城君の夢自我は発現する。そう、今ここに」
「ちょっと待て鈴置。お前の言っている事がよくわからない。ジャスティスなんたらってのもだ」
「そ、そうよ。私だって、プラグinの方法は読んだけど、それからの事は……」
二人で反論しようとしてみたけど、この人の耳には届いていないみたいだった。もう、リアルに体感する事だけが、この奇妙な出来事の証明であると、そう言わんばかりに、不敵に笑みを浮かべているだけだった。
「もう!! こうなったら、ヤケクソよ! わかったわよ! プラグとして、夢自我を発現させればいいんでしょ!?」
「ちょ! ちょっと待て! ちょっと待てって!!」
コイツの「待て」に構っている暇はないわけ。私はコイツの顔を見ると、心の中を覗こうとしてみた。そこは、深い深い水の中で多くの藻を掻き分けて行くような……。と、突然、コイツが床に倒れこんだ。(え!? 寝たの? 死んだの?)と思っているのも束の間の事だった。
「待てぇぇぇぇ!!」
大声を挙げて、コイツの身体から飛び出してきたソイツは、今朝の強盗をぶっ飛ばしたあの黒い蟻のような奴だった。




