天使
どうして学校の授業というのは、こんなにも退屈なのだろうか。黒板の前に立っているオッサンやオバハンは、何やら訳のわからない事を呪文のように唱え、意味不明な言葉や数列を黒板に書き込んでいる。当の教室の中は殺伐としたもので、授業をマトモに聞いてる奴なんていない。俺は授業を受けていても、意味がわからんから、窓の外をボ〜と眺めていた。
と、その時、何やら殺気を感じて後ろを振り向くまでもなく、頭目掛けて飛んできたシャーペンを右手で器用にキャッチすると、飛んできた方向に誰がいるかの確認もせず、シャーペンを指でクルッと回すと投げ返した。
「止めてくれよ葛城君」
突然声が聞こえて振り向いてしまった。……って、アレ? 殺気を感じたと思ったんだが、殺気ではなくどう考えても殺意だ。声を掛けてきたのは横山 和作、何故この学校に来たのかわからない程の勉強好き。毎回、テストで学年トップをキープしている。しかもほぼ満点。このバカばっかりの学年で。どうして、コイツはこの学校に来たのだろう。
「葛城君、君が授業を受けないのは勝手だが、僕の授業の邪魔だけはしないでくれたまえ。君は頭も悪い、言葉も悪い、顔も悪い、と……良いところなど無い人間だが、他人の邪魔だけはしない人間だと思っていたのだが、僕の考え違いだったかな?」
言いたい事だけ言って、またノートを書き始める。暫く横山を眺めていたが、授業を真面目に受ける男をジッと見ている自分があまりにも気持ち悪くなり、目をまた窓の外へ向けた。途端、全身に鳥肌が立つような殺意、いややはり殺気を感じ、もう一度横山の方を見た瞬間、丁度、横山が俺目掛けてカッターを投げたところだった。
(ちょ、ちょっと待て。そ、そんな物を。そんな物を投げて、もし当たったら、いや、もし俺が避けたとしても、別の奴に当たったら……。よ、横山? お、おい……。ちょっと、待てよ……)
固まったまま動けないでいると、目の前まで飛んできたカッターが止まった。目に刺さる寸前で止まった。
(え? 何?)
横山が投げたカッター。目の前で止まったカッター。この至近距離で止まったカッター。それよりも何よりも、この白い影はなんだ? 横山が見えなくなった。横山からは俺が見えてるのだろうか?
「な、な、な、な、何だ貴様は!!」
横山の声が聞こえる。どうも、戸惑っていて、驚愕しているようだ。何に怯えているんだ?
「我が名は、Dream knight悪を殲滅する者。小さき罪も大罪も、大差無し。罪は罪。罪は贖罪を持って償え!」
今の声は、この白い影が喋っているのか……。
「な、な、何が、Dream knightだ!! その姿は何だ!? どう見ても、天使じゃないか!!」
横山の声が震えている。この白い影を見て、横山の声が震えている。
「罪には罰が与えられる。小さき罪にも罰。大罪にも罰。小さきも大きも無い。罪は罪。罪には罰が与えられる」
「罰って何だよ!?」
「罰とは罰。我が与えし罰。貴様に与えし罰成り」
「だから!! 罰って!!」
横山が叫び、更に何か言おうとした瞬間、「我の翼が意図して触れた者へと、万死に値する罰を与える。我が与えし償いに苦しめ」と声が聞こえ、白い影がクルッと向きを変えた。そこにいたのは天使。美術の教科書から抜け出たような天使がいた。そして、チラッと横山にその天使の翼が被さったのが見えた。
(どうなるんだ? 何が起こるんだ?)
ワクワクしていた期待に応えはなかった。率直にいうと、何も起こらなかったのだ。変わった事といえば、横山から殺意が消えた。俺に対する。何故、俺が横山の殺意の対象になったのかは不明だが。横山の殺意が消えたのだ。そして横山は……、突然立ち上がると授業中だというのに、鞄を持って教室を出て行ったのだ。
(何が罰なんだ? 何が贖罪なんだ? 何が起こったんだ? 意味がわからん)
俺の思考などとは関係無く、白い天使は俺の前からスゥ〜と消えてしまった。そして、教室の床に、カッターの落ちる音が空しく響き渡った。
(Dream knight? Dream knightって言ってたな? 俺の蟻面と同じようなもんか? でも違うよな……。カッター、触れてたし……)
ふと気が付くと、異様な視線がまとわりついているいた。クラスの全員、いや、先生までもが俺を凝視しているのだ。あたかも俺が何かをしたかのように。微動もせず、俺だけを凝視している。
(ちょっと待て。何故俺を見る。いや、何故俺を見ている。俺が何をした? 俺が何かをしたか? 俺はどっちかというと被害者だぞ。俺も被害者なんだぞ。横山じゃないか……。って、何故俺を見る? 何故俺を見るんだよ!!)
「陽哉。な、俺は何もしてないよな?」
「何を言ってるんだ? 智輝? 今の見えなかったのか?」
「今のって、あの白い天使の事か?」
「それ以外、何がある?」
やはり、見えていたんだ。でも、どうして俺を見ているんだ。コイツらは……。俺に何かあるのだろうか……。しかし、それを知る術は俺には皆無だった。今は……。




