V・A・R
智輝と向日葵が殺人犯をTKOしてから暫くして、街では昆虫コスプレの不審者の噂が流れていた。しかも、携帯で写真やビデオを撮影していた人が大勢いたにもかかわらず、どの携帯にもその痕跡は残っていなかったのである。各局の報道陣は、寄せられる多くの投稿に慌てていた。しかしながら、映像も画像も無い現状では、どうする事も出来ず、各局が血眼になって、昆虫コスプレ不審者を探していたのだった。
一方その頃、智輝達に倒された犯罪者達は、絶望の淵に立たされていた。それは……毎日、絶える事なく繰り返される悪夢にうなされ続けていたのである。窃盗犯は、毎日蟻に襲われる夢。殺人犯は、殺した筈の人が腐った身体で近寄ってきて、逃げようとしても蟷螂に邪魔をされ、どちらも殺しても殺しても死なず、執拗に追い掛けてくる夢に。
そして智輝達はというと……。実はこの二人、意外にも意見が合い、二人共ニュースや新聞関連には全く興味がなく、ノホホ〜ンとした毎日を過ごしていた。変わった事はというと、あのDream knightに攻撃を受けた横山が、あの日を境に無断欠席をしている事だった。しかしながら、誰もそれを噂する事もなく【勉強のやり過ぎで頭がおかしくなった】で片付けられていたのだった。
鈴置はというと、智輝達の観察がしたいのに、一向に動きをみせない二人に苛立ちを感じていた。とは言え、智輝と向日葵は全く活動していないわけではなかった。夢自我こそ出さないものの、【バーチャル・アタック・リアル】を使って戦いのコツを向日葵から智輝が学んでいたのである。智輝は、生まれてこの方スポーツというものをしたことがない。勿論のこと、格闘技などもっての他である。喧嘩は気合い。気迫で勝てば、あとはごり押しで勝てると決め付けていた。しかし、先日の向日葵の戦い方を見て思ったのだ。(このままじゃいけねぇ)と。
「智輝ぃ。また、その攻撃? それ、もう見飽きたわよ」
「クソォ!! 絶対ぇ、腕力じゃ向日葵より強ぇえ筈なのによ……」
「そんなの当たり前じゃない!! でも、その自慢の力も当たらなかったら、武器にすらならないわよね」
ひらりひらりと攻撃を避ける向日葵に翻弄されながら、空振りの攻撃を続ける智輝がいた。
「う〜ん。それにしてもタフねぇ……。普通だったら、既にバテてる筈なんだけど」
「へ! 鍛え方が違うからな!」
「でも、当たらなかったらダメージにはならないわよ! いくらタフでも、人間なら体力に限界は必ずあるんだから」
【New challenger battle character one】
突然、世界が赤く点滅し始めたと思うと、智輝のキャラクターの前に体格の大きなレスラーのような姿をしたキャラクターが現れた。
「な、なんだ?」
「乱入チァレンジャーね。しかも、この人、智輝をご指名みたいよ」
「乱入チァレンジャー?」
「え〜と〜。バトルポイントは、っと……。うん。初心者ね。智輝を見て、同類だと思ったんじゃない?」
「く! ムゥ……」
「でもまあ良かったじゃない。相手が初心者で」
笑って話す向日葵に腹立たしさを感じながら、智輝は目の前のキャラクターに注目した。
(さあ! どっからどうくる!?)
ファイティングポーズは崩さず、相手を警戒し続ける。先に手を出すのは間違いだと教えられたからだ。(いい? 睨み合いになったら、先に攻撃しないこと。攻撃を仕掛ける時のモーションで、必ず隙が生まれるわ。大小、差はあるけど確実にね。その隙を的確に狙って攻撃するの。智輝なら力があるから、相手を浮かせて連続コンボなんてのも可能かもね。まあ、当たればの話だけど)向日葵の言葉を思い出す。
「なんやお前、いっちょまえにカウンター狙いか? じゃあ、カウンター狙ぅたまま沈めや!!」
男の一言が聞こえた途端、男の拳が目の前に迫ってきた。が、智輝は動体視力については、かなりの自信があった。もし、眼球直前まで来ても避ける事が出来るとわかっていた。そしてギリギリまで男の拳を直視したところで、智輝は男の懐に潜り込むと、みぞおち目掛けて強烈なアッパーを叩き込んだ。「うぐ!」と声を上げて、その巨体が少し浮いた瞬間、智輝は連続でその巨体を殴り、少しずつ、少しずつ、巨体を地面から離していった。男は「う!!」「ぐぅ!」と苦しそうな声を出していたが、システムの【K・O!!】のアナウンスにより、グッタリと力を無くすと、スゥ〜と姿を消した。
「やったわね智輝!!」
向日葵が喜んだのも束の間、【Next challenger battle character two】とシステムが声を上げたのだ。
「クソォ!! 野郎の方が弱いと思ぅたのに、強いやんけ!! そんじゃあ、そっちの嬢ちゃん相手してくれよ!」
先程の男が、また乱入してきたのだ。「いや、止めといた方が……」そう智輝が小声で呟いたのだが、既に遅かった。システムの【Fight!!】のアナウンスと共に、向日葵は男に突進したかと思うと、スライディングで男の股の下をくぐり、男を後ろから抱え上げると、そのままバックドロップに持ち込んだ。しかもそれだけでは終わらない。後頭部を強打しフラフラになっている男に、蹴りを連打で浴びせ掛けると、もうダウン寸前の男の顔面に渾身の正拳突きを決めたのだ。勿論……【K・O!!】の声が至極当然のように響き、乱入男は、乱入直後三分と待たずして姿を消した。
「マ、ジ……?」
智輝は、その凄まじい戦闘力の前に呆然と立ち尽くすしかなかった。
「弱い!!」
向日葵の叫び声に隠れて、「お前はバケモノか……」と智輝は呟くしかなかった。と、その瞬間だった。
【New challenger battle character one & two】
システムが声を上げた。
「え!? 二人同時!?」
「二人……同時ぃぃ!!」
二人の目の前に、一人の白い青年が立っていた。しかも、その表情には笑みさえ見える。そして、二人に対して、手の甲を下にして、手招きしたのだ。
「ふ、ふざけた事してくれるじゃない!?」
興奮状態でファイティングポーズに入った向日葵を見て、智輝は直感的に違和感を感じ、「ちょっと待て!」と叫んでいた。




